第40話:胃袋をつかめ!花嫁修業?

蝶姫チョウキは、大姉ダイシ京香ケイカ)に、「普段どのような料理を作り、どうやって作るのか?」と、こっそり聞いて、料理を習う機会を伺っていた。特にホウの事をよく知る大姉なら、豊の好物を知っているはずだから、まずはそれを作りたいと思った。


たまたま香織カオリが「弟と一緒に過ごしたい」と言ってきた日があったので、これさいわいと豊を香織に任せ、蝶姫はまゆと『胃袋をつかむ』とはどういう事なのか…と話しながら、大姉のいる京香殿ケイカデンに向かっていた。



蝶姫「書籍に『胃袋をつかむ』事が大切って書いてあったわね」


まゆ「はい、その通りでございます、お嬢さま。意中の殿方をモノにしたいのであれば、その殿方の胃袋をつかむのです」


蝶姫「…。男の子って、そういう生き物なのかしら?」


まゆ「…」


蝶姫「…」


まゆ「…。(ハッ。お嬢さまがお料理をされた姿を見た事がないわ。料理が苦手?いいえ料理をした事がない?きっと、料理の“さしすせそ”も分からずに、砂糖と塩の分量を間違えそう。お嬢さまの“気”の性質のような、禍々まがまがしい闇の料理になりそう…。でも、あの仔犬にはちょうどいいかも。ふふふ。お嬢さまのお料理が最期の晩餐ばんさんとなる…。闇鍋…。塩分過多…。絶命…。ふふふ)」


蝶姫「…。(男の子って、胃袋をつかまれても痛くはないものなのかしら?すごいのね…)」


まゆ「…。(いえいえ、お嬢さまの事ですもの、きっと文字通りの方を考えている?物理的にあの仔犬の胃袋を鷲掴わしづかみする!?胃をぐしゃりと…。どちらにしても、私には朗報となる結末)」


そして二人は顔を見合わせる。


蝶姫「想像するだけでゾクゾクするわね。大事おおごとなのね」


まゆ「えぇ、まったくですとも。想像するだけで、ゾクゾク(ワクワク感の方ですが…)してきますね。うふふ」


蝶姫「あら、まゆ、随分と楽しそうね」


まゆ「ええ。このまゆ、お嬢さまに“期待”しております」



そして二人は京香殿に着いて、大姉に声をかける。そして、中に入る。



蝶姫は大姉に、「豊が好きな物を作ってみたい」と料理の教えを乞う。一方、大姉は、「花嫁修業を兼ねて色々と都合が良い」と思い、快諾する。



大姉「あの子が一番好きなのは牛の肉を焼いたもの。帝都のあの肉料理屋にもあったものよ。牛の肉を焼くだけの簡単な事だけれど、火加減が大事。あと、肉だけではなく、人参や馬鈴薯ばれいしょ(ジャガイモ)、玉蜀黍(とうもろこし)、などを炒めて、一緒の皿に盛るの。あと、お肉を焼くときに迷迭香マンネンロウ(ローズマリー)などの薬草を添えると、肉の臭みがなくなり美味しくなるわ。そしてお塩と胡椒を少々まぶす。ね?簡単でしょ?」


蝶姫「…(なんの呪文かしら?バレイショ、マンネンロウ…。きっと、あの文献に書いてあった、『おいしくなぁれ!もえもえキュン』というあの格式高い呪文のようなものかしら?)」


まゆ「…(ヒト族はそういった手の込んだ料理をして、日々食べるのですね。京香様は、「簡単」とおっしゃっていましたが…、お嬢さまにとっては難しそう…。がんばってくださいね、お嬢さま)」


蝶姫とまゆは、再び顔を見合わせる。首を縦にも横にも振れなかった。



大姉「じゃあ、さっそく今夜の晩御飯はそれにしましょう。今から始めましょっ」


大姉はルンルンと京香殿の外に出た。蝶姫とまゆは、それぞれ異なった思いのもと、各々おのおのドキドキした。



蝶姫「京香、あそこにいる牛を斬ればいいのかしら?」


まゆ「お嬢さま、さすがです。実に美味しそうな牛ですね」


大姉「…。調理場に、既にある程度処理された牛肉があるから、それを使いましょう」


蝶姫「…」



調理場に着く三人。


大姉「まずは手を水で清めて…っと。あそこの空いている調理台を使うわよ」


そして、必要な食材を食糧庫から手際よく取り出す大姉に、蝶姫とまゆは「!!」とビックリした。その手早さから二人は「神業かみわざ!“食の女神”!?」かと思った。




大姉「この牛肉の塊をいつも食べているくらいの大きさ、薄さで切るのです」


蝶姫「分かったわ。まゆ、私の薙刀を持ってきてくれる」


まゆ「お、お嬢さまっ!?」


大姉「蝶!?この包丁で切ればいいのよ」


蝶姫「そういう事なのね」


まゆ「…。(お嬢さま…。『私の薙刀を持ってきて』と仰いましたが、お嬢さまは薙刀をお持ちではございません…。でも…。でも、このまゆの薙刀でよろしければ、いつでもそれを『私の薙刀』として、お嬢さまご自身でお使いくださいまし…)」



そしてその包丁を蝶姫が右手で持とうか、左手で持とうか、まごつく。


大姉「蝶?あなたは右利き?それとも、左利きかしら?もし左利きでしたら、左利き用の包丁が別にあるわよ」


蝶姫「京香…、困ったわ。私、どちらが利き手なのか、分からないわ…。まゆ、分かるかしら?わたしの利き手がどちらか…?」


まゆ「…。そう改めて言われてみますと、お嬢さまの利き手がどちらなのか、私も分かりません。意識して見た事がありません」


大姉「あらあら…。う~ん、世の中のおよそ9割が右利きと聞きますから、右手で持ってみましょう」


そう言われて、包丁に蝶姫の右手が触れると、包丁は木っ端微塵こっぱみじんに砕け散った。


大姉「あらあら…」


蝶姫「…。長年使っていた包丁だったのかしら?」


まゆ「…。も、もう少し頑丈な包丁の方がよろしいのかもしれませんね(わ、忘れていたわ。お嬢さまは…。お嬢さまは…。…)」


大姉「…(蝶特有の術か何かだったのかしら?包丁を持った時に、蝶の“気”の感じが違ったわ。…。いつも豊を抱き寄せているけれど、豊は大丈夫なのかしら?いつか、先ほどの包丁みたいに、哀れな姿に…!?)」


蝶姫は自分の両方の手のひらを広げて見つめる。


まゆ「…(あの仔犬も、あの包丁のように…ふふふ)」



大姉「じゃあ、こちらの大きめの包丁を。あと、少し殺気立っていたわよ、蝶。これはお料理なのよ。大切な家族の為に毎日思いやりを込めて作る料理。愛する人に永遠なる愛を込めて作る料理なのよ」


蝶姫「か、家族…。あ、愛を込める…。え、永遠なる愛を込める…(ドキドキ)」


まゆ「…(あのお嬢さまが、もごもごしてお話をされている。初めて見ました。なんて愛らしい光景。初々ういういしいです、お嬢さまっ)」


大姉「そうよ~。気持ちを込めて、お肉やお野菜を切り、いためたり、煮たり、いたり、焼いたり、蒸したり、揚げたり、えたり、漬けたり…」


蝶姫「京香っ、ちょっと待って。その術式、長すぎる呪文だわ…」


まゆ「…(大丈夫ですよ。お嬢さまなら覚えられます。むしろ、いつもの無詠唱むえいしょうでいけますよ)」


大姉「蝶って、本当に箱入り娘なのね。ふふふ」



再び右手でやさしく包丁にさわり、お肉もやさしく触る蝶姫。


蝶姫「いつもの大きさ…。いつもの厚さ…。えいっ」


すると、包丁でまな板と調理台が真っ二つになった。


大姉「あらあら」


蝶姫「…。長年使っていたまな板と調理台だったのかしら?」


まゆ「…(よく切れました。お上手です、お嬢さまっ)」


大姉「あなたはもっと力と気を抜かないといけないわね。じゃあ、隣の調理台で、もっと力と気を抜いて切ってみて」



こうして一刻一刻と過ぎたが、“食の女神”の指導の甲斐あって、ついに蝶姫は“食材を切る”能力を手に入れた。



大姉「よし、下ごしらえは大丈夫ね。次にお肉を焼くのと、今日はお野菜を蒸す事にしましょう」


蝶姫「ふふ。“焼く”のは得意よ」


まゆ「…(お嬢さまであれば、あの帝都ですら秒で燃やせて、次の秒で灰に出来ますよ。火力十分でございます)」


大姉「…丸焦げにならないように気をつけてね」


蝶姫「…」


まゆ「…」


そして、蝶姫は、深呼吸をした。


蝶姫「鳳凰ほうおうよ、今こそお主の火の力が必要じゃ。わらわのもとにまい…」


大姉「ちょっとまって、蝶姫さ~ん。鳳凰ですって?そんな伝説級の方位四神を呼んでしまっては、この肉どころか、国が丸焦げになっちゃいます。蝶、落ち着いて」


蝶姫「京香、わたしは落ち着いているわよ」


まゆ「…(そうですとも。お嬢さまは常に沈着冷静。幾年も変わらず冷静…、そう、あの仔犬めに出会うまでは…。ちっ)」



大姉「蝶、こうやって火をおこすのよ。もしくは、他のかまどで既に火がついていたら、そこから分けてもらうのよ」


蝶姫は、首を縦に振る。


大姉「じゃあ、次はね…」



そんな“食の女神”と2人のやり取りを、咲いたばかりの牡丹ぼたんの花が見守る。



日暮れ前に、まゆは帰り、その日の晩は、蝶姫、豊、大姉、香織の4人で食卓を囲んだ。


愛おしいあのヒトの子は、

「めっちゃ美味しい!火加減が良い感じ~」

と、お肉をいつもよりたくさん食べるのであった。


そして、一番上の姉に、

「こら~、豊!もっとお野菜も食べなさい!って、お野菜を全然食べてないじゃないっ」

と言われ、いつものやり取りが蝶姫の目の前で展開されていくのであった。


蝶の姫は、あたたかく見守る。そして、心の奥底で再び“ドキドキ”が鼓動するのであった。



ドキドキ、ドキドキ。




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