第39話:蝶姫、実家?に帰る

蝶姫チョウキはしばらくの間、この愛しいヒトの子が言っていた「姉上のご飯、だ~いすき」という言葉が頭から離れなかった。


ヒト族は、よく食べ、よく物を作る。そして、貪欲どんよくにも、さらに美味い物を求め、同様により素晴らしい物を作り上げていく。蝶姫自身もそこに魅かれて帝都によく足を運んでいた。そんなヒト族のさがに蝶姫は改めて深い興味を示した。


そして、ホウが自身の胸元でスヤスヤと眠っているのを見ると、左の手のひらから、あのあでやかな蝶を出しては、「まゆ、ちょっと来て。急がなくてもいいけど、今すぐに…」と話しかけるのである。


すると、突風と共にドタンバタンと蓮月殿の扉が慌ただしく開閉する。


まゆ「おっ、お嬢様っ。お急ぎなのか、ゆっくりでいいのか、分かりませぬ…」


蝶姫「まゆ、ちょうどいいところに」


まゆは、服装を整えてから、蝶姫の言葉に耳を傾ける。



蝶姫「ヒト族の日常について調べて来て欲しいの。日常生活…。特に、食事について。お願いできるかしら?」


まゆは、蝶姫の胸元でスヤスヤと眠るにくきライバルを見て、ため息をついた。


まゆ「お嬢さま?それは、そこにいる仔犬こいぬの為でしょうか?」


蝶姫「仔犬?」


まゆ「はい。お嬢さまのペットのその仔犬です」」


蝶姫「仔犬ね…。…」


まゆ「…(やばい、怒らせてしまった!?)」


蝶姫「そうね、仔犬のようにかわいいわよね。ふふふ」


まゆは、ホッとして話を進める。。

まゆ「書庫にたしか、ヒト族の実生活に関する最新の資料があったかと。それをご覧になってはいかがでしょうか?」


蝶姫「わたくしが行って見るの?」


まゆ「はい、そうです、お嬢さま。残念ながら、私は、その仔犬が好きではありません。ゆえに、私がその書籍に目を通しても、何も興味が持てず、お嬢さまにお伝えする事が出来なくなります。お嬢さまご自身でお調べになる事をおすすめいたします。」


蝶姫「…。そうね。たしかに。興味を持つ者が調べ、気付ける情報量とその質は、興味を持たないで調べた場合に比べると、雲泥うんでいの差ですものね…。わかったわ」



蝶姫はもう一度、豊の様子を見る。一緒に連れていくのか、迷う。そして空を見る。


蝶姫「下弦かげんの月が上ったばかり。夜はそんなに長くはないわね。今夜はサッと行って、サッと帰ってくるだけにしましょうか…」


まゆ「では、その仔犬はここに置いていかれるので?」


蝶姫「いいえ、連れていくわ」


まゆ「しかし、向こうではこういう動物には…」


蝶姫「大丈夫。私が“気”をまとえば、短時間なら大丈夫。でも心配だから、このかたにはしっかりと眠っていたままでいてもらいましょう。そして肌身離さず、この胸でおとなしくしていてもらいましょう」

と、言い、右手で豊に何かをした。


まゆ「(…。そのまま永遠に眠りなさい…仔犬よ…。もしくは、向こうで…あわよくば…、ふふふ)」


蝶姫「??何をニヤニヤしているの?」


まゆ「いいえ、なんでもありません。こほん。では、お嬢さま、行きましょうか?」


蝶姫「えぇ、参りましょうか」

と、胸に抱くそのヒトの子を見つめながら言う。



天の下弦の月は、雲に隠れてその晩は過ごそうとした。



“実家”では、夜にも関わらず、“家の者達”は起きており、口々に何か言う。


「あらあら、お嬢さまったら、珍しくペットをお抱えになっていらしているわ」

「あれは、下等なヒト族の子ではありませぬか…。なんであんなモノを…ふふふ」

「それは、お嬢さまの“気まぐれ”でしょ?精魂喰い尽くして、あとはポイよ」

「あぁ。確かにおいしそうな子ですものね。ふふふ」

「吸い尽くした後であっても、その残骸から余韻を愉しめそうだわぁ」

「お下がりをいただくの?、私も欲しいわ」

「仔犬のような従順なペット奴隷。いいわね~。ふふふ」

「ふふふ、よく“働いて”くれそうね…きゃはは」

「けなげにその腰を振って?ふふっ」

「精が尽き果てるまで?ふふふっ」

「いいえ、尽き果てても。ふふふふっ」


そんな口うるさい“家の者達”を蝶姫は冷ややかににらむ。すると、その“家の者達”は慌ててどこかへと姿を消していった。


書庫でまゆに手伝ってもらい、興味深い資料に目を通す。蝶姫は“気”を張っていないと、そのヒトの子がダメになるので、気を付けながら、書物を読む。しかし、そろそろ朝日が昇る時刻となる為、まゆに後片付けを頼み、急いで“実家”をあとにした。



蓮月殿に帰ると、まだ日は暗く、みな寝静まっていた。初夏が近づいてきているとは言え、夜はまだ肌寒い。蝶姫は、大切なヒトの子を肌で温めながら、朝を待った。いや、そのヒトが目覚める時をゆっくりと待つのであった。


そして、寝室の窓から外を見上げる。


油断して顔を出していた下弦の月は、慌ててその姿を再び隠した。



「『胃袋をつかめ…』なのね…」と、つぶやく蝶姫。




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