第35話:ボクの馬、私の馬

再び女神達?の声がうっすら聞こえてくる。

「…」

「…」

「…」


すると突然元気な女児じょじの声がホウの左耳から全身にビリビリっと響き渡る。


未央ミオ(みおみお)「おはみーお!」


豊「おっ、おはみーお!(あれ?なぜこの言葉が、無意識に…。前にも同じような事があったような…)」


未央「やあ、ヒトの子よ。よい返事じゃな。ムイ・ビエンよいぞムイ・ビエンよいぞエスタス・ビエンだいじょうぶ かい?」


豊「び、びえん…」


未央「ふむふむ。よきかな、よきかな。じゃぁ、お嬢、帰るっ。アディオス、アミーゴさらばだ、友よ



蝶姫「…。騒がしいわね、みおみおはいつも…。…。あなた、おはよう。お加減はいかがかしら?」


豊「び、びえん…」


蝶姫「…。みおみお…。術があらいのよ…」


豊「じゅつ?」


蝶姫「なんでもないわ。ねぇ、あなた、今日は天気も良いから一緒に歩く練習をしましょう」


豊「うん。コパンとクマ吉のお店で、また甘い物を買いたいし、お出かけもした~い」


大姉ダイシ「じゃあ、おねーちゃんもついて行っちゃおっと」


豊「うん、そうだね姉上!久しぶりに姉上と、お出かけ…。!?って、姉上っ?」


大姉「なあに?そんなに『姉上』、『姉上』、『姉上』って、いっぱい連呼しちゃって…。そんなにおねーちゃんの事が大好きなの?」


豊「ちがう、ちがう。いや、ちがくはないけど…。あれ?…。ちがう、ちがう。そうじゃなくって、姉上、お仕事は大丈夫なの?」


大姉「ビエンだいじょうぶ

と、わざと未央語?異国の言葉?をマネしてふざけた。


大姉「おねーちゃん、お休みを取っているの。それに、律香リッカがいるから、大丈夫。ビエン、ビエン。ふふっ(未央様の言葉、ついついマネしちゃうわ)」


豊「姉上、それって職権乱用しょっけんらんようじゃないの?」

と覚えたての言葉を使ってみた。


大姉「あらあら。そんな難しい言葉を使いこなすだなんて…。もう、街の学舎ではなく、高等学舎に入学かしらね?」


豊「うぅ…。急に頭が痛くなってきた…」


大姉「ふふ。それは、確かに『頭が痛くなる』話ですものね、あなたにとっては…」


豊「にゃふっ(あれ?また自然と変な返事を…)」



大姉「蝶、どうするの?このお部屋で歩く練習をしてから、お外に行く?」


蝶姫「えぇ、そうしましょう。あなた、わたくしがお支え致しますゆえ、ゆっくりと起き上がり、一歩一歩、歩いてみましょう」

と言い、豊をゆっくりと起こし、寝台から立ち上がらせる。


フラフラとするが、蝶姫に導かれるように、一歩、そして一歩、また一歩と歩けるようになっていた。



豊「あれ?思っていた以上に歩ける…。もしかして、さっき、みおみおちゃんが、ボクに何かしてくれたのかな?ビリビリって感じがしたし…」


蝶姫は、首を縦に振った。


豊「そっか~。不思議な女の子だよね~、みおみおちゃん。さっきも、一瞬で消えたように見えたし…」


大姉「…」


蝶姫「はい、あなた。今日はここまでです」

と言い、豊の両手を手に取り、ゆっくりと抱き寄せる。


蝶姫「一度に頑張りすぎると、身体がおいつきません。毎日、調子が良ければ、少しずつ今のをやりましょう」


豊「うん。蝶のおねーちゃん、ありがとう」


大姉は、弟の歩く姿を見て、目が潤んだ。「よくここまで回復したものだ…。ありがとうございます」と、心の中で“彼女たち”に感謝する。



大姉「じゃあ、準備をして、もふもふ街道に行きましょう!おっかいもの~。あっまいもの~」


豊「なにその『もふもふ街道』って…」

と、笑いだすが、まだ薄っぺらい腹筋がヒリヒリして少し痛かった。


蝶姫「『もふもふ街道』…。よい響ね」


大姉「でしょ~。蝶は良く分かっている~」


豊「あれって、京北道ケイホクドウでしょ?」


大姉「そうでしたっけ?おねーちゃん、たまに忘れちゃう…」


豊「ちょっと…、もうふざけすぎ~」


姉は、元気になった弟とのやり取りを心の底から喜び、楽しんだのであった。


蝶姫は、その姉弟のやり取りを見て、微笑んだ。



蓮月殿レンゲツデンの外に出ると姉が少し困った顔をした。


大姉「あらら、どうしましょう…。わたくしは自分の馬があるのだけれども…。豊?あなたは蝶と一緒がいいわよね?」


豊「うん。もちろんだよ」


大姉「いつもあなたは、おねーちゃんと一緒か、香織と一緒に馬に乗っていたじゃない?…。自分の馬に乗ってみる?」


豊「えっ、ボクの馬?用意してあるの~?」


大姉「…。えぇ。ただ…」


豊「ただ…?」


大姉「私の馬もそうなのだけれども、あなたの馬を含めて、私たち姉弟きょうだいの馬は、お父様とお母様が乗っていた馬の血を継いだ馬なの…。よい子達なんだけれど、ちょっと気性が激しいのよね…。香織なんか、何度も馬から落とされたもの」


豊「えっ、あの香織ねーちゃんが馬から落馬!?」


大姉「ふふっ。いまの、律香リッカが聞いていたら『馬から落馬って、頭痛が痛いと言うのと同じ“重言じゅうげん”になりますよ!』って言われちゃいますよ。ふふ」


豊「にゃんと!?(あれれ?また言葉が変に出る)」


大姉「なぁに?その反応(かわいいかも…)」



豊「香織ねーちゃんは、どうやってその馬を乗りこなせるようになったの?」


大姉「馬の正面に立ち、にらめっこしたの。そうしたら、『ヒヒ~ン』って馬が降参したみたい。それで、乗れるようになったの」


豊「そっかー。香織ねーちゃんににらまれたら、怖いだろうなぁ~。…。う~、想像しただけで、ゾクゾクしてきたぞぉ~」



大姉「今日は、実際には蝶に豊の馬に乗ってもらう事になるのだけれども…。あの荒っぽい馬を手懐てなずけられるかしら…?」


蝶姫「“手懐ける”のは得意よ」


それを聞いた大姉は、なぜか豊の方を見て、そして納得した。


大姉「そうね。手のかかる弟をこうも容易たやすく…」


豊「??」



そして、大姉は近くにいた女中達に、豊の馬を連れてくるように頼んだ。



大姉「蝶、本当に気を付けてちょうだいね。この馬はまだ誰もその背に乗せた事はないの。そして、エサの用意や厩舎きゅうしゃでお世話をしている女中に対しても、よく暴れるの…」


蝶姫「大丈夫」



そして、綺麗な真っ白な馬がやって来た。


豊「うわぁ~、きれい!姉上がこの前お話ししてくれた、母上の白馬みたい…。わ~い」


無邪気に喜ぶ弟に対して、その白馬はドンと構える。


大姉「この子は、お母様の馬の血が一番濃く受け継がれているのかも…。だとしたら…、一筋縄ひとすじなわではいかないわよ」


豊は、“母上が単騎で男どもに立ち向かう”という話にあった場面を思い出し、武者震むしゃぶるいした。


すると、蝶姫がすーっと白馬に近寄り、

蝶姫「大丈夫」

と馬の耳に声をかける。


白馬は「ヒヒ~ン」と大きくうなり、「ぶるるんっ」と静かに鳴いた。


蝶姫「いい子ね。わたくしと、あのかたを乗せてくださる?」


白馬「ぶるるんっ」

と、答えた。


豊「にゃんと!?蝶のおねーちゃん、馬とお話が出来るの?」


蝶は、首を…振らなかった。



豊「姉上っ、この子、名前はあるの?」


大姉「いいえ、まだ名付けていないわ。豊が決めて良いわよ」


豊「じゃぁ、キミは白いから、ブロンで!(あれ?なんで白だからってブロンだと思ったんだろう…?みおみおちゃんに会ってから、なんか変なんだよね…。知らない言葉が出て来る…。いけない、人のせいにしてはいけなかった。きっと怪我のせいだ。頭がちょっと変なのかも…)」


ブロン「…」


豊「えぇ~っ。そこは、『ひひ~ん』とか、『ぶるるんっ』って言うところじゃないの?」


ブロン「…」


豊「…」



蝶姫「じゃあ、あなた。一緒に乗ってみましょう」

と、年上のお姉さんがそう切り出し、豊を抱っこしたまま、またヒラリとブロンに乗った。そう、あの帝都からの帰り道でも見せたように、いともかろやかに、そして華麗に乗るのであった。


ブロンは、「ヒヒ~ン」と従順な感じで鳴いた。


大姉「さすがね。蝶」



大姉も自分の馬を呼び寄せ、

大姉「おねーちゃんの馬にも、名前をつけて欲しいなぁ~」

と、弟にお願いをする。


いつもながら見事なまでにも真っ黒な毛並みであった。


豊「ノアール…」

と、思わずつぶやいた。


大姉「まぁ、ステキ。ノアール。今日からあなたはノアールよ」


大姉が馬をなでてあげると、馬は素直に喜び、飛びねて鳴いた、「ヒヒ~ン」っと。



こうして三人は、もふもふ街道の始まりである北門を目指して馬を歩かせる。




街では早咲きの桜の木に新緑の葉が顔を出し始める。

緑とピンクの合唱は、美しいハーモニーを奏でている。



お酒を切らした“三人の神様”。

“お酒の神様”が、酒を買いに酒屋へ向かう。

“美髯の神様”は、とても心配そうに義弟を見送る。

“人徳の神様”は、その二人の様子をあたたかく見守るのであった。



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