第32話:救世主・未央、ふたりの涙

外がまだ薄暗い頃であった。

姉は弟の様子がおかしいと肌で感じ、睡眠途中で覚醒する。



弟の身体はとても熱く、全身に高熱をびていた。包帯からは大量の汗と共に血がにじみ出ていた。その光景は、まるで帝都の事故後に見た治療中の弟の姿を連想させるものであった。


しかし、姉は冷静になる事を心がけ、女中じょちゅうを呼び、湯と水、そして新しい包帯を用意させた。そして、豊が持ち帰った荷物を手元に持って来させた。



大姉ダイシ「この子ったら…。あるじゃない、薬が。なぜ、言わなかったの?飲まなかったの?」

と言い、その小さな薬の箱を開ける。


すると激臭が部屋を襲う。


姉は、「…。これじゃあ、さすがに飲まないわよね…」と思い、持って来させた湯にその薬を少し溶かして弟に飲ませようとするが、弟は案の定「オエッ」と言って吐き出す。


大姉「ねぇ!この薬はどうやって飲んでいたの?」

ホウ「ちょうの・・・、おねーちゃん。くち…うつし・・・」


弟は、ぼんやりしながらもそう答える。


姉は唖然あぜんとするものの、“オンナは度胸!”と思い、その不味まずくて苦そうな薬を少し指ですくいあげ、自分の口に入れる。「にがいっ!このニオイは、なに?」と思いながらも、抱き起した弟の口にそれを流し込む。うまく舌を使って、トロりと。弟は朦朧もうろうとしながらも、その耐え難い苦みを感じたが、大好きな姉が頑張ってしてくれた事だったので、弟もそれにこたえるように頑張ってその薬を飲み込んだ。その後に、白湯さゆを少しずつ飲む。姉の口移しで、何度も、何度も。失った体液をうるおす愛を込めたものであった。



しばらくして、弟の汗と、にじみ出る血は収まったので、女中に手伝ってもらいながら、包帯を新しいものに取り替える。その時に見た、弟の身体のボロボロさに、姉は思わず涙をこぼした・・・。


大姉「こ、こんなにも…、こんな風になっていただなんて…。えぇ、知っていたはずよ…。そう、分かっていたはずなの…。帝都でのあの事故現場から想像をすれば…。あの時、多くの者は命を落とした…。いまこうして、この子が生きているだけでも、奇跡的な事なのね…。大切にしなきゃっ。わたくしの大事な弟…」


女中は大姉の心情を察し、「お茶をご用意します」と言い退室した。



春の太陽は一足遅れて顔を出す。



すると、春とは思えない、むしろ台風のような風が吹き、女児じょじの声が聞こえてきた。


未央「おはみーお!やぁ、ヒトの子のお姉さん!そろそろそうなると、みおみおは思っておったから、来たぞぃ。もう安心せぃ」


手早く弟の身体を診て、先ほど薬を飲んだ事を知ると、未央は大姉に少し目をつぶるように言う。



未央「オラ!アミ~ゴ!サンタ・クラシオンホーリー・ヒール!!レコペラテよくな~れっ!てぃ!」


大姉は何かビリビリしたものを感じたが、悪い感覚はしなかったので、特に尋ねなかった。蝶姫が未央を信頼していたように、大姉も未央を信頼した。そして、きっと蝶姫と同じような“存在”なのだと考えた。



未央「ヒトの子のお姉さん!もうその子は大丈夫だぞぃ。今はアレの時期ゆえ、“こっち”には長いが出来ん。すまんが、今日はこれで失礼するよん。ほな、さいならやで~」

と言い、一瞬で目の前から風に乗って消えたように見えた。


大姉「あ…、ありがとうございま・・・す」


すると再び、びゅ~っと風が吹き、

未央「薬は食前に二回!朝と晩じゃぞぃ。飲み忘れにご注意だにゃ!ほんだら、また」

と一瞬戻ってきては、すぐに姿を消した。



大姉は天を見て、「未央さま、ありがとうございます」と祈るのであった。


そして、弟の様子を見て安心するのであった。姉の胸元ですやすやと眠る、幼く小さな少年…、帝都に行く前と同じ様子だった。



大姉「…。それにしても不思議な言葉を話す子だったわ。そして、あのビリビリっていう雷みたいな感覚は・・・。摩訶不思議ね。それに、あの“方々かたがた”は、風のように来て、風のように去るものかしら…?」



すると、先ほど弟の包帯を取り替える手当を手伝った女中が、お茶を持って部屋に入って来た。そして、顔色が随分と良くなった豊を見て、その急激な変化にビックリして、持って来たお茶をうっかり落として割ってしまったのである。


大姉「大丈夫?やけどはしていない?ケガはないかしら?」

女中「も、申し訳ございません。その…。王子(豊)のご様子が先ほどに比べて、大変良いご様子だったもので…。なんと言いますか…」


大姉「ビックリした?」

女中「は…、はい。…。実は先ほどまで給仕場で、痛々しい王子のお姿を思い出し、泣いておりました…。そして今、お顔を拝見しましたら、安心してお休みになられているご様子だったものですから…。その…、何と言いますか…。とにかく…」


女中は再びその場で泣き崩れた。


大姉「もうこの子は大丈夫よ。心配させてしまったのね、ごめんなさいね。そして、そこまでこの子の事を気に掛けてくれるだなんて…。ありがとう。あなたのお名前を聞いても良いかしら?」


女中は涙をぬぐいながら、立ち上がり答える。


女中「わ、わたくし愛奈アイナと申します」


大姉「愛奈。よい名ですね。これからも、この子の事を気に掛けてもらえるかしら?」

愛奈「は、はい。よろこんで。私でよろしければ、何なりとお申し付けください」


愛奈は涙を再び拭う。


愛奈「では、すぐに、片付けて、新しいお茶をお持ちいたします」

大姉「ありがとう。でも、焦らなくてよいわよ。今日はまだ始まったばかりなのですもの」

愛奈「お心遣いありがとうございます」



姉は決めた。蝶が帰ってくるまでは、政務を妹たちに任せ、自分は弟の看病に徹すると。


こうして、蝶姫不在の三日三晩は、長女・大姉が、弟・豊を京香殿ケイカデン(大姉の寝殿)で、独り占めしたのであった。



弟の頭の上で、書物に目を通す姉。


紙の書が鳴らすパラパラという音と、竹簡ちくかんが奏でるカランカランという音が、弟には心地よく聞こえた。


そして、うっすらする意識の中で「コパン達に竹簡や木簡もっかんの製造を頼もう。隣国からの輸入に頼らず、自国で作れるものは作り、そして逆にそれを売り込もう。良質なものと、安価で気軽に使える2種類あるといいんじゃないかな~」などと思った弟であった。のちに、それを姉に提案し、コパンとクマ吉に作らせるのは、また後日の別のお話であった。



姉の部屋の外から、まだ咲いている桃の花の香りがわずかだが、春の風がそっと姉弟きょうだいに届けてくれるのであった。



パラパラ。カランカラン。すやすや。





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