第29話:蓮月殿に住まう羞花閉月の心

京国ケイコクでの初めての夜を蝶姫は豊と寝室で過ごす。


その小さく幼いヒトの子の身体のキズはまだ癒えていない。

痛みで苦しみ、震えるその小さな身体をやさしく包んであげる。


蝶姫「ヒトの子は、なぜこうももろい?壊れやすい…。なんて、繊細せんさいなの…?…、はかないわ・・・」


蝶姫は、帝都で身をていして自分を助けてくれた豊に感謝をする…という気持ちよりも、抱きつかれた時のあのドキドキと、心の底で生まれた今までにない感覚?感情?がとても気になっていた。このヒトの子との出会いで生まれた新しい人格の種は、みおみおに芽生えさせてもらったものの、蝶姫自身でうまくそれをコントロールできていないでいた。


元々は極端に無関心で、好き嫌いがかなり激しく、そして極めて冷酷で残酷な一面を持つ蝶姫。


そんな蝶姫は、この数日で大きく変わった。変わりすぎた自分に、自分がついてきていない。一番の理解者である侍女のまゆですら、冷静さを失い、取り乱し、戸惑っていた…。


素直になれない自分。素直になりたい自分。素直になりすぎる自分。


いったいどの自分が本当の自分なのか?どういう自分が、自分は好きなのか?


どう振舞ったらいいのか?どう振舞うべきなのか?


・・・、いいや、このヒトの子が好いてくれる自分は、どんな自分なのか…?


そして、この子に好いてもらう為には、どう振舞うべきなのか…?


そもそも、これは“好き”という感情なのか?


蝶姫「恋…?愛…?…。恋愛って何…?」



再び顔を出した十三夜月じゅうさんやのつきを見上げ、それらについて尋ねてみる。


しかし、やはり月はすぐに隠れてしまう。



蝶姫「まぁ、いいわ。明日、京香に相談してみるとして・・・。いよいよ、満月に近づいてきてしまった…。についても京香に話さないといけないわね。…この子には…」


自分の胸ですやすやと眠るそのヒトの子の顔を眺め、頭をなでてあげる。



蝶姫「こんなに“こちらに”長く居たのは初めて。この子と一緒にいると、私の“気”がいつもと違う。そして、赤子の時にも会っていただなんて…。ふふ。あの時はわたくしから離れようとしなかった…。そして今もこうして、肌を重ねて・・・。あぁ、片側ずつの耳飾りが導き結んでくれたのかしら?…。運命というものがあるとしたら、この出会い、再会は運命なの?でも、運命って何?定められたもの?それとも望んで頑張って手につかむもの?…って、私ったら、いつの間にか、お喋り屋さんになっているのね…。面白いわっ。ふふ」


再び、スヤスヤと眠るそのヒトの子の顔を見つめ、ほおに左手を当ててみる。その手のひらを通して、ヒトの子のやさしい息遣いが伝わる。


しばらくしてから、月がうっすらと隠れている空を見上げる蝶姫。



そして、


蝶姫「この想定していなかった展開・・・。興味深いわ…。あぁ、この私をいったいどうしてくれるの?愛しいヒトの子よ…」


眠る少年をあたたかい眼差しで見つめ、そう話しかける。



春の夜風は、肌寒い。


蝶姫はしっかりとその小さな宝物を抱きかかえ、あたためる。


その壊れやすく繊細な宝物を、愛おしく抱く。

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