第22話:オトナが集まる場…

ホウは子供のパンダ(コパン)と一緒に、母パンダの背中でスヤスヤと眠っていた。


母パンダ「メェっ、メェ、メェ~(訳:起きなさ~い。そろそろ街道に着くわよ~)」


豊と子パンダは、目をこすりながら起きる。お互いに同じような仕草しぐさをしていたので、二人とも大笑いした。


すると、街道側から

香織カオリ「弟くんっ!」

と声が聞こえて来た。


豊は、その姉の姿を見て「ほっ」とした。だが同時に、つい先程まで不動の仁王立ちで弓矢を構え、その弓は森の奥深くにいるどの獲物すら射貫く。一矢で仕留めきる…そんな恰好かっこうに見えた。


豊は母パンダの背から降りた。


香織は戦神のよそおいから一転し、いつもの優しいお姉ちゃんの顔に戻っていた。


香織「よかった~。無事で」

豊「ごめん、ごめん。いや~、ついつい」

香織「『いや~、ついつい』じゃぁ、ありませんっ。昨日、おねーちゃんと約束をしたでしょ?」


豊「…。うん。ごめんなちゃい」

香織「まったくもう。そんな風に可愛く謝ったってね~、おねーちゃんはゆるさ、ゆるさ…、許さないんだからねっ。もぅ」

と言い、香織は豊をやさしく抱きしめる。


香織「無事で良かったわ」


その姉の身体はあたたかかった。


香織は豊と一緒に、母パンダにお礼をし、子パンダ・コパンに「バイバイ」をして、それぞれのおウチへ帰る事にした。



おウチに帰り、傷口を香織に手当てし直してもらい、その日も香織と一緒に寝た。



翌朝すぐに、一番上の姉・大姉ダイシに会いに行った。



大姉はすでにお仕事の話を大勢の大人達と進めていた。


幼い時から時折、豊は大姉の膝元ひざもとで遊んでいたり、大姉の胸でスヤスヤと眠っていたので、その“大人が集まる仕事場”に顔を出す事には慣れていたのだ。


テクテクテク~っと“大人が集まる場”に入っていく豊。


みんなの横を通り過ぎ、階段を少し上り、その高い場所からみんなの方に振り返り、一礼する。


大人たちはみな、一斉にきれいに平伏へいふくする。小姉ショウシや香織などの姉たちは軽く礼を返した。


小姉「豊!いま大事な話をしている時なのです。なんの用ですか?しかも、姉上に礼をする前に、先にみなに礼をするとは…。姉上を誰だと思っているのですか?あなたは!」


豊「いいじゃん、お姉ちゃん。ここにいる“みんな”は、姉上にとって大切な人達なんだよ。だから先に恩人おんじんに礼をしてから、身内はあとでいいじゃん。国を動かしているのは、“みんな”なんだもの。“みんな”がいるから、今があるんじゃん」


香織は「よく言った!弟くん」と言わんばかりにクスクスと笑う。


一方で、小姉は「この作法さほうしらずの我が弟をつまみだせ!」と言わんばかりの形相ぎょうそうに一瞬なったが、豊が言った事にも一理いちりあると考え、その怒りを鎮めた。



大姉「ふふふ。あなたらしくてステキですよ、豊。それで、今日はどうしたのですか?また、おねーちゃんに抱っこされたくて来たのかしら?こちらに来る?」


豊は、「うん」と言って、姉の座るそのに入ろうとしたが、本来の目的を思い出し、その場でして姉に進言をする。


豊「姉上、ご相談と言いますか、お願いがございます」


大姉「あらあら、改まって何かしら?」


豊「京北関までの街道沿いの田畑は荒れております。その原因のひとつに熊の出没があります。人も襲われております。人々は恐れてしまい、安心して農作業が出来ません。その熊は街道の反対側の森にんでおります。熊捕獲の罠などを仕掛けておりますが、いまいち成果があがりません。そこで、ボクが熊たちと話し合う場を設けたく、その使者としてボクをつかわしてください」


おとな達の中には、「子供のおままごとか?」とひそひそと笑う者がいたが、大勢はこの幼い少年の言葉に耳を傾けるのである。


大姉は少し身を乗り出して、尋ねる。


大姉「あの森は危険なのよ?あなたは具体的に何をしたいの?」


豊「はい。パンダ族のおさと一緒に、熊族の長に会い、和平への道を探るのです。ダメな場合には、パンダ族と共に熊族を討伐します。その交渉役と討伐の指揮官に、ボクをお命じ下さい」


大姉は、初めて聞く話にビックリする。


大姉「つまり、あなたは既にそのパンダの長とやらと、お話しをしてきたの?」


豊「はい、姉上。言葉は通じませんでしたが…、意思疎通は出来たように思えます」


まわりのおとな達からは、「さすがに付き合いきれん」と言った声がチラホラ出て来た。


その時、辺り一帯を統制するような通る声が響く…


香織「姉上っ、私も実際にそのパンダ族には昨日、一昨日おとといと2回接触しております。私は弟の言う事を信じておりますゆえ、弟に全権、任せてはいかがでしょうか?私が護衛しますゆえ。それに、この田畑被害の件をここまで野放しにしているのは誰なのか?もし、あなた達で解決が出来るのであれば、何も私や弟が動く事はないのだが?さて、一体どうしたものか?」

と、まわりのおとな達を見渡す。


虎ににらまれたウサギのようだった。


静かになる室内。


豊「パンダ族の長の願いは2つです。1つ目は、我々“ヒト”との交流。2つ目は、熊族を共に倒す、または熊族との相互不可侵条約そうごふかしんじょうやくです」


そのおとなの一部から、「おぉ…」という歓声が上がった。


大姉は太陽のようなあたたかい声で、

大姉「ふふふ。あなたがやってみたいように、動いてみて」

と豊にやさしく話す。


そして、改めて大姉の豪胆ごうたんさをうかがい知れるような所作しょさと声量で、皆にめいくだすのだった。


大姉「我が弟、豊よ。あなたにパンダと熊に関する本案件において、全指揮権を与える。香織、あなたは全力でこの豊を補佐せよ。そして、新たに兵権へいけん100を与える。なお、関係各所の者は、この豊から要請があれば、それはこの大姉からのめいだと思い、対応せよ。よいな!」


おとな達が一斉に、「はっ!」と返答をする声が室内にひびく。


最後に、

大姉「ねぇ、おねーちゃんもついて行っていいかしら?」

と、こっそり豊に尋ねる。


豊は首を縦にふる。


豊「では、姉上、失礼します」


そして、振り返り、高い場所からではあったが、“みんな”に深々と一礼する。


一同、再び平伏し、その“みんな”の真ん中をまたスタタタタっと軽快に走り抜けるのであった。



それはまだ幼い少年の初めての任務が始まった瞬間だった。


小さな少年の大きな冒険の始まりであった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る