第15話:天女の涙

色々とあった朝であったが、爽やかな風が蝶姫チョウキの髪をなびかせ、その香りをホウに届ける。



豊は、まゆと蝶姫の関係を気遣いながら、思い出したかのように別の話しをし始めた。


豊「そう言えば、お店で買った腕輪と髪飾りはどうしたの?」


蝶姫「あるわよ、そこに」

と、鏡台きょうだい指差ゆびさした。


豊「よかった~。蝶のおねーちゃんがとっても気に入っていたもんね」

蝶姫は、首を縦に振る。


蝶姫「あなたが怪我をした場所に落ちていたのを、あの露店の店主が見つけて、この肉料理屋へ届けようとしてくれたの」

豊「ちょっと待って。かなりのお値段だったけど、あの装飾品をそのままほおって来たの?」

蝶姫「…。あなたが大変だったから…」

豊「…。そうだった…。ごめん」

蝶姫「そうしたら…」

豊「そうしたら?」


蝶姫「肉料理屋の入り口で、筋肉がムッキムキな男性に呼び止められたそうで、少し話をして、その装飾品をムッキムキな男性に渡し、その男性が届けてくれたの」

豊「ムッキムキ?」

蝶姫「そうよ、ムッキムキだったわ。ね?まゆ?」

まゆ「はい、お嬢さま。それはもう、ムッキムキでした」


豊「ふむふむ。でも、なんで露店の店主さんは、そのムッキムキな男性に預けたんだろうね?そのまま直接、ここに届けてくれてもいいものを…にゃぜ?(あれ?語尾が)」


蝶姫「わたくしもよく分からないわ。でも、その筋骨隆々きんこつりゅうりゅうな男性が申すには、『さっきの黄色い頭巾を見事に撃退した少年の顔を直接見たくてやって来た』と意気揚々いきようようと部屋に入って来たわ」


豊「きんこつりゅうりゅう?」

蝶姫「そう、ムッキムキでガッチガチだったの。ね、まゆ?」

まゆ「はい、お嬢さま。ムッキムキでガッチガチでした」


蝶姫「その男性は、その場にいたわたくし、まゆ、みおみおに、それぞれ礼をしては、あなたに『よく頑張ったな』と頭をなでて、すぐに退室していったわ」


まゆ「でもあの男、失礼でしたよ。お嬢さまのあらわになったその神々こうごうしいお姿を見ても、全く動じずでしたし。普通なら、お嬢さまという『絶世の美女』を目にしたら、二度見するか、ガン見するか、赤面してしどろもどろになるか、どうにもこうにもおかしくなるはずなのに…。ひれしもせずに…」


豊は、首を縦にふる。


蝶姫「きっと、あのかたには、既に心に決めた女性ひとがいたのでしょう」


豊「(って、露になった、蝶のおねーちゃん…!?そうだった。いま、ボク…。…あたたかい肌。やわらかいお胸。いい香りのする髪。やばい、ボ、ボク、またドキドキしてきちゃったんだけど…)」


蝶姫「ねぇ、あなたぁ?」

豊「はいっ!なんでしょう!」

ドキドキしているのを隠せなくなってしまった。


まゆ「…。(お嬢さまの気まぐれで飼ったペットみたい。従順じゅうじゅんな子犬だと思えばいいか。このヒトの子を…はぁ)」


蝶姫「ねぇ、せっかくですから、あなたから頂いた腕輪と髪飾りに名前をつけてくださらない?わたくし、これらを大切にしていきたいですし」


まゆ「(お嬢さま…。なんて乙女チックな…。可憐かれんすぎる。あぁ、いとおしい)」


豊「そうだなぁ~。蝶のおねーちゃんは、なんかアイディアはあるの?希望というか、こう呼びたいとかって、あるのかな?」


蝶姫「まぁ、私を気遣ってくださっているの?ありがとう。でしたら、大丈夫よ。私の希望は、『あなたに名前を付けて欲しい』というものなのだから」


豊「うん、わかった!任せて!」



豊は腕輪を手に取りじっくり見る。そして次に、髪飾りをじっくりと見る。

そして、ひらめいた!とする顔は、やはりまだまだ幼い少年である。


豊「三日月紫翡翠腕輪みかづき しひすいのうでわと、陰月白牙真珠髪飾えいげつ はくがしんじゅのかみかざり!というのはどうかな?」

蝶姫「まぁ、すてき。今日からそう呼びますわ」


豊「そういえば、まだけないの?」

蝶姫「えぇ、まだ」

豊「なんで?」

蝶姫「だって、傷ついているあなたをやさしく包んであげたいのに、硬い装飾具を身に着けていたら、あなたをキズつけてしまうから。特に、あの金剛石こんごうせきは、大陸の西ではダイヤモンドと言うの。あなたがおっしゃっていたみたいに、刀の刃が負けるほどに硬いから。危ないわ。あなたが、『パリン』ってなっちゃうかもですし」


豊「ボクが、パリン!?」

蝶姫「そう、パリンって。ね、まゆ?」

まゆ「はい、お嬢さま。パリンと(…でも、そうなれば、好都合ではありませぬか)」


豊「パリン…?」

蝶姫「パリン~」


豊「いやいや、大丈夫だよ、その金剛石は、だって…。あっ…。(う~ん、伝えるべきか、どうしよう。事実を伝えるのは大事、でも夢を壊すのはよくない。特に“大切な人”が大事にしたいと言っている物なのだから。でも、ウソはつきたくはないし、ウソをつかれたと知ったら悲しむかもだし…。でも時には、かばうウソもあるって聞くし…。う~ん、どうしたものか…)」


蝶姫「大丈夫」

と豊にやさしくささやく。


豊「えっ!?」


蝶姫「ふふ。大丈夫。これは、金剛石に似た、違うモノを使っているのよね?」

豊「!!そ、そうなんだよ…。ごめん、言うタイミングが分からなくって…」


蝶姫「大丈夫。この腕輪を見た時から私は気づいていたわ。金剛石ではないと」

豊「にゃんと!?(あれ、変な口調に、またなったにゃぁ)」


蝶姫「これは、“天女の涙”と呼ばれるもの」

豊「にょにょ!?(あれ、また口が勝手に!?)」


蝶姫「金剛石と比べ物にならないくらいに貴重で珍しいものなの。でも、見た目がそっくりだから、人々が『金剛石に似ているから、金剛石として売ろう』という気持ちはわかる。でも、価値は金剛石なんかと比べちゃいけないくらいに違うわ。私の界隈かいわいでも、“これ”を知る者は多いけれど、実際に持っていると言う者はいない。仮に持っているとしても、それはごくわずか。だって、天女たちでさえ、これ欲しさに争う…。時には奪い合う。そんな代物しろものなの」


豊「(蝶のおねーちゃんは、女神さまではなく、天女さまかな?天女さまであれば、その神がかっている容姿にも、にゃっとくだにゃ…あれ?口調が…むむむ)」


蝶は、首を…ふらなかった。



豊「じゃぁ、結構よい買い物をしちゃったわけなんだね?今度、露店のおじさんに、ちゃんと相応のお礼のしないといけないよね。“天女の涙”って、お金にするとどれくらい?…って、お金では買えなさそうな気がしてきたけど…」


蝶姫「“天女の涙”をお金で表すのはとても難しいわ。天女たちがこれ欲しさに争いをする程の価値があるわけですし。皮肉にも、その争いで、天女が命を落とす際に流した涙が、きよらかなる地に落ちると、金剛石のように光り輝く固体となる…それこそが“天女の涙”である…という話があるの。だから、天女の命と同等の対価があるわ。むしろそれ以上の…」


豊「…。ちょっと悲しいね。それ」

蝶姫「そうね…。悲しいわね。このように、持ち主は命を狙われる可能性があるの。だから、別名“招来死石しょうらいしせき”や、“短命石たんめいせき”とも呼ばれている。だから、所有している者たちは『ちょっと変わった金剛石』と言うようになったわ」


豊「…。もし本当の話だとしたら、その天女さまがその腕輪に宿やどっているんだね。3人も」


蝶姫は、首を縦に振る。



豊「…。ボクには本当の話なのか、ちまたうわさなのか、創られた話なのか、判断は出来ないけれど、大切にしていこう。…。だって、ほら、デザインや細工さいくもステキだし」


蝶姫は、首を縦に振る。ゆっくりと。


豊「あれ?という事は、もしかしたら、蝶のおねーちゃんが、狙われる!?」

蝶姫「大丈夫」

まゆ「それは大丈夫ですとも。お嬢さまの命を狙うだなんて…(自ら死に行くようなもの。誰もが知る愚行ぐこう。それにそうなる前に私が斬り捨てますし…)」


豊「えっ。大丈夫なの?」

蝶姫「大丈夫よ」

豊「(たしかに、みおみおちゃんや、華佗先生も、なんだか蝶のおねーちゃんに対して、意味深な対応というか発言もあったし。左慈のおじいちゃんも、命よりも大事にしていそうなお酒を置いて逃げ帰ったもんな~。ボクにはまだ分からない何か凄いちからが、蝶のおねーちゃんにはあるんだろうな~)」


蝶姫は、首を…振らなかった。



豊「わかった!でも、ムリをしちゃダメだからね!ボクが守るから!」

蝶姫「それって、わたくしがあなたにとって『大切な人』だから?」


豊は、首を縦に振った。顔を赤くし、そしてぎこちなく。


まゆはそのやり取りを見て、「こほん」とせきばらいをする。



冷静になれた豊は、少し考えた。


豊「じゃあ、店主さんにはお話ししない方がいいのかもね。店主さんには『とても良いデザインで気に入っています。本当にありがとう』って事でいつかそれなりのお礼をするくらいでいいのかな…。ちょっと難しくって、ボクはわからない…。だからと言って、姉上あねうえたちに相談する事も得策ではない気がしてきた…。いわゆる、『ここだけの話』、『ここだけの秘密』にしておいた方がいい感じがする。蝶のおねーちゃんはどう思う?」


蝶姫「そうね。あなた、わたくし、まゆの三人だけの秘密としておきましょう。名案めいあんでございますね」


まゆ「(秘密!!お嬢さまとの秘密!?ドキドキする。…、ペットの仔犬こいぬもオマケとは…、まあ、いいでしょう。たかが、ベットなのですから。たかが…)」



上機嫌なまゆは温かいお茶を2つ持ってきてくれた。


先に蝶姫に手渡し、次に豊に手渡す。



一方、その頃、大姉ダイシ小姉ショウシが居る中央軍事府に戻っており、今回の帝都ていとでのお役目やくめもそろそろ無事に終わるところであった。


一階の肉料理屋は、お昼時でいつもどおり賑わっていた。


「ジュー、ジュー」と料理されていく音と、「ワイワイ」と楽しくそれを食す客達の声が響く。



まゆの嫉妬も涙もおさまっていた…






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