第14話:まゆの嫉妬

内庭では、アカシアの花々に、ミツバチたちが今日きょうも朝の挨拶をしに訪れていた。


部屋には、あたたかな春の日差しが射し込んでいた。


そんな平和な朝が少しった頃、ただならぬ形相ぎょうそうで、まゆが部屋に戻って来た。


まゆ「お嬢さま!あまりにも、ではありませんか?その者は、弱き生き物。たかがヒトの子ですよ?なぜそこまで…」


蝶姫チョウキ「…。珍しいわね。あなたがそこまで感情をき出しになるのは…」


まゆ「えぇ、こうにもなりますっ。お嬢さまが『まゆ、お願い。助けて』って…。お嬢さまが初めて私に『お願い』って、『助けて』って、たよってくださった…。だから私は急いであの場に駆け付けた。なのに…、なのに…、なぜ…?このような…。このようなモノを救う為に?初めて私を頼ったのですか…?初めてだったのに…。お嬢さまからの初めてを…。…。あまりにもひどくはありませんか?わっ、わたくしという存在がいるのに!なぜ!」


泣き出しながらうったえるまゆに、耳を傾ける蝶姫。



蝶姫「そうね…。まゆ?あなたもわたくしにとって、とても大切な存在よ」


それを聞いてまゆは、さらに泣く。



蝶姫「この子は…。あぁ、少し前の事を思い出すわね」



=====

幾年か昔、まゆは己の“気”が弱く、まわりの者達からよくいじめられていた。しかも、まゆの姉が非常に出来の良い存在であった為、姉と比較されては、さらにいじめられていた。


ある日、まゆはいつものようにいじめられていた。そこに、たまたま蝶姫が通りかかる。


女A「弱っちいんだよ、クズが!のろまが!」

女B「そうよ、アンタのおねーさまをご覧なさい?雲泥うんでいの差よ」

女C「そうね。少しだけでもあなたにも、あなたのお姉さまの“才”があればよかったのに。全くのダメダメなよね」


そう言って、まゆのほおを左、右、左と順番に平手打ちをする。


そんなひどい光景にすら興味を示さず、その場を通り過ぎようとする蝶姫。

たまたま、女Cの振り上げた手が蝶姫の髪に触れる。


蝶姫は表情ひとつ変えずに…


蝶姫「邪魔。消えて。“無に帰すムニキス”」

と、無表情で…。


一瞬でその女Cは“闇”の中へと消えた。いや、身体そのものが“闇”とし、見えなくなったと言うべきか。この世から消え去ったのだ。肉体も、魂も、服も全て消えた。そのおぞましい“闇”は、まばたきをする間もない速さで、現れては、消えた。何もなかったように。


それを見てしまった女2人は悲鳴を上げながら…、いや、声にもならない絶望を口から出しながら、その場から地面をって逃げる。まさに『うのてい』であった。


助けられたまゆは、その日から蝶姫のそばを離れず、蝶姫の身の回りを世話する侍女じじょとして仕える事にした。

=====



あれから四六時中しろくじちゅう一緒にいるまゆにとって、この蝶姫の様変さまがわりには、衝撃を受け、うまく自分で気持ちの整理が出来ていないのだ。その混沌こんとんとした心の内の有様ありさまを、蝶姫に訴えたのであった。


蝶姫「(あのまゆが…。今ではこうやって自分の感情を口に出して言える。しかも、この私に向かって…。ふふ、たいしたものよね)」


春のふわっとした風が部屋に流れ込んでくる。


蝶姫「まゆ、私はあなたの事、大好きよ。でも、この子に対しては、また“違った好き”の感情があるの…。でもどんなものなのかが、わからない。…。忘れないで、あなたもとても大切。この子もとても大切なの…。わがままかしら?わたし」


まゆは泣いて答える。


まゆ「今日、初めてです。お嬢さまに『大好き』って言われたのは…。『大切』って言われたのも初めて…。嬉しい…」


さらに大泣きをするまゆ。



その泣き声に、ホウは目を覚ます。


豊「お、お姉さん、大丈夫?どうしたの?」


まゆには、その声が届かない。


まゆ「お嬢さま、分かりました。まゆは嬉しいです。そのように言っていただけて…」

蝶姫「…。ごめんね、まゆ。私、元々口下手くちべただから…。苦労をかけたわね…」

まゆ「…そうでしたね。知っています。知っていましたとも、お嬢さまの事をよく」


蝶姫は、首を縦に振る。ゆっくりと、何度も。


そして、蝶姫がまゆの頭をなでてあげると、子供のように泣いた。



『嫉妬』とは恐いもの。『好き』の隣に常に嫉妬がある。

『好き』もまた怖いもの。憎悪たる『嫉妬』が生まれてしまう。



感極かんきわまって泣く、まゆ。


部屋の窓に止まったスズメも鳴く。


「チュン、チュン、チュン」と。




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