第12話:医者がサジを投げる!?

春の朝日あさひホウの顔を照らす。


甘い花々の香りが蝶姫チョウキの髪から漂う。


豊はゆっくりと目を覚ます。



蝶姫「おはよう、あなた」

豊「おはみーお!…。あれ?口が勝手に…。おはよう、蝶のおねーちゃん」

蝶姫「ふふふ。みおみおの術中にまだ落ちているのかしら…」

と笑う。


豊「じゅっちゅう?」

蝶姫「まぁいいわ。みおみおは、医学に精通している。その術を施す際に…。まぁ、いろいろと…。いわゆる、一時的な副反応ふくはんのうと呼ぶべきか、後遺症こういしょうにもなり得ると言うべきか…。ふふ」

豊「いろいろと…!?ちょっと不安かも…」

蝶姫「大丈夫。悪いモノではないの…。クセがある術ゆえ…」

豊「…(にゃんだろ…)」


すると、華佗かだが様々な生薬しょうやくを持って部屋に入ってきた。

華佗「ふぉっふぉっ、元気そうじゃのう。少年」

豊「華佗先生、色々とありがとうございます」

華佗「よいのだ、よいのだ。少年よ、そんなにかしこまるでないぞ。ふぉっふぉっ。今から、これらを配合して、薬をつくるゆえ、ちょっと待つのじゃわぃ」

豊「ありがとうございます」

丁寧に返答する。


蝶姫「ねぇ、あなた?あなたって、本当に…。まぁ、いいわ。ふふっ」

豊「ん!?(なんだろう)」


すると、下の階から騒がしい音がこちらに近づいてくる。


左慈さじ「よぉ、華佗。ここじゃったかぃ。酒でも飲もうわぃ」

豊「うわぁっ、酒くさいっ。しかもまだ朝が始まったばかりなのに…」

華佗「なんじゃ、左慈、よくここに来たのぉ。だが、邪魔じゃぁ」

左慈「いいじゃないか、いま、于吉うきつ南華老仙なんかろうせんもこちらに来るでのぉ。肉と一緒に飲もうぞ」

華佗「いま、わしは仕事中じゃ。いつもいつもこういうタイミングで邪魔をしおって…」

左慈「いいじゃないか、いいじゃないか」

と、歌いながら、左慈は背中から、華佗の背中に寄り掛かる。


すると、


華佗「もう、うるさいわぃ。とりゃぁ~」

手慣れた感じで左慈を投げた!


それを見た豊は、

豊「うわぁ、見事な投げ技!『医者がサジを投げる!』の語源はこれ?」

蝶姫「ふふ。おもしろいおかた。本来の意味はご存じで?」

豊「あぁ、そっか。違う意味だったね。しかも、すでにある言葉が、いま目の前で起こって、それが語源になるって事はないよね…。うっかりしてた。てへ」

蝶姫「ふふ」

豊「(でもある意味正解か!?あのお酒飲みのおじいさんに対して、医者としてもう手の施しようがないっていう意味合いで…)」

蝶姫は、首を縦に振る。


華佗「左慈。お主は下で飲んでおれ。こちらの少年の手当が終わったら、わしも参る」

左慈「おぉ、わかった…。して、その少年とは…。むむ…。お主は、蝶姫!」

蝶姫「左慈、久しいのぉ。わらわの事、それ以上、申すでない。さっさと下で飲み倒れておれ」

左慈「も、もちろんじゃ。失礼いたす」

左慈は豊を見る間もなく、逃げるようにして部屋を出て行った。大事な酒を置いて。


下る階段で足をすべらせながら、

左慈「(やっちまった~!酒のせいもあるが、ここで出会うなんて思っていなかったから、びっくりしすぎて、『さま』をつけ忘れてしもうた…。そして普通に話しかけてしもうたわい…。まさに『生きた心地がしない』という感覚じゃ。う~む、今日は酒と肉はあきらめて帰るべきか…。いや~、やばいぞ、やばいぞ…。于吉や南華老仙にも伝えねば…。『命あっての物種』だし。)」

と、慌てて下りる。


豊「蝶のおねーちゃん?たまに口調と雰囲気が変わるよね?なんで?」

蝶姫「そう?…。嫌い?」

豊「嫌いじゃないよ。むしろ好きなくらい。どの蝶のおねーちゃんも好きだよ。さっきの頼もしい感じのおねーちゃんも好きだし、今のやさしい感じも好きだし、出会った時のあの口下手でクールなおねーちゃんも好きだよ」

蝶姫「そう?よかったわ」

華佗「(ふ~む。ふたりの様子からるに、“このおかた”はあの少年との出会いで新しい人格の“種”が生まれ、その後わしの師匠がそれを“芽吹かせた”という感じじゃな。これからどんどん育ち、花も咲くようになっていくんじゃろうなぁ~。ちと、医者としても楽しみな展開じゃわぃ。『少年の療養経過を見に来た』と言って、ちょくちょく顔を出してみるかのぉ~。ふぉっ、ふぉっ)」


華佗はあたたかい目でふたりのやり取りを見つめる。そして床に置いてある左慈の酒を改めて見る。


華佗「おぉ、古井貢酒グージンゴンジュウ!銘酒の中の銘酒。白酒バイチュウ好きなら、死ぬまでには一度はひと口飲みたいというアレではないか。あいつも、うっかり屋さんじゃのぉ。ふぉっふぉっ。(そういえば、孟徳もうとくくんも欲しがっていたのぉ、この酒を)…。さて、少年よ。薬は出来た。とにかくマズイ薬だ。『良薬は口に苦し』と言うが、それ以上にマズイ。そこのお嬢さんに飲ませてもらうがよい。なんせ…。おっと、口が滑るところじゃったわい。じゃぁ、わしは下におるでの」

豊「ありがとうございます」


華佗は左慈の酒を手に持って、部屋を出た。



朝の太陽は、部屋を十分にあたため、内庭のチューリップ達も目覚める。


華佗の作った薬は、不気味なオーラを放っていた。豊は覚悟を決めれなかった。


薬は豊をだまって見つめる。豊は動けなかった。

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