第11話:無に帰す(ムニキス)

「こんばんみーお!」


元気な女児じょじの声が、眠っていたホウの左耳から全身を駆け巡る。


豊は目を覚まし、

豊「こ、こんばんみーお!」

無意識に挨拶を返す。


未央みおボンソワールこんばんは、ヒトの子よ。アス・ドルミド・ビェン・エスタ・ノ・チェゆうべは よくねむれた?」

豊「ぼ、ぼんそわ~る!?」


未央「君はまた一日中眠ってしまい、次の日の夜に、にゃっているのだにゃ。みおみおはもう帰らないといけないから、ここからは華佗かだくんが君の手当をするよん。みおみおから伝えておかないといけにゃい事をこれから言うから、しっかーりと心に刻むんだワン」

豊「(ごくり…だワン)」


未央「こほん。君の状態を伝えよう。背中の傷は、命を落とすほどひどいものであった。みおみおが全力を尽くして、色々と失った“もの”を全て再建さいけんしたのだ。見た目はほとんど前と同じなのだ。手足を動かすなどの筋肉系統はまだ弱っておる。まずは休み、次にゆっくりと歩き、そして運動は少しずつ慎重に。そうすれば以前のような筋肉量にもどるであろう。だが、君の身体の中には傷口から入った細菌どもが、ちと悪さをしておる。そして君の身体の中の好中球こうちゅうきゅう、T細胞、マクロファージ、NK細胞、B細胞…つまり免疫めんえき細胞達はかな~り弱っておる。このままでは、身体の中で細菌が増殖し、身体のあちこちで悪さをしてしまう。熱が出る、手足がれるだけならよいのじゃが、命に係わる事にもなりかねん。そこで、華佗君が免疫系統を活性化されるような漢方を処方する。苦いが毎日朝晩、食事前に飲め。よいな、食事前じゃぞ」


豊「…!?(なんの話?難しすぎて全くわからない。小姉ショウシお姉ちゃんからも教わった事がない話だ…)」


蝶姫「みおみおよ。よく分からぬぞ。つまり、身体の中にいる悪さをするその細菌とやらを消し去ればよいのじゃな?」

豊「(あれ?言葉遣いが…、様子も…なんだか違う…)」


未央「そうなのであ~る。お嬢っ、まさか…」


蝶姫「ならば、わらわがそやつらを消し去ろうぞ。どんな奴らなのか詳しく」


未央「にゃんと!?そやつらはだにゃ、ブドウ球菌、レンサ球菌、さらには…」


蝶姫「…。もうよい。直接、てみよう。そして悪意ある者どもを排除すればよいだけの事」

と、さっきまでとは違った雰囲気で話す。そう、豊の意識が遠くにあった時に少し聞こえた、あの口調そのものだった。


すると、

蝶姫「あなた。少し目を閉じていてください。そして、わたくしが『もう大丈夫』と言うまでは決して目を開けてはいけません。よいですね、決して目を開けてはなりませぬ」

今度はやさしい口調に戻って豊に話した。


豊「う、うん…」


豊が目を閉じるのを見届けてから、蝶姫は己の仙気を開放させる。


禍々まがまがしい“闇”が辺りを取り込む。


豊は恐怖を感じた。まるで、目の前に大きな虎が突然現れ、にらまれ、今にも襲ってくるような感じだった。


蝶姫「…うむ…」


一息ついてから、


蝶姫「“無に帰すムニキス”」


一瞬、耐え難い悪寒おかんを豊は感じた。しかし、すぐに悪寒は走り去り、急にあたたかさを感じた。


そう、蝶姫はやさしく豊を包んで

蝶姫「もう大丈夫」

ささやくのだった。


豊は蝶姫のあたたかい体温と、甘い香りがする吐息といきを感じ、落ち着くのだが、一瞬で起こった『絶望ぜつぼう』と『安堵あんど』の急激な落差に耐えられず、気を失う。



未央「にゃんと!?お嬢っ、その手があったか?で、手ごたえは?成功したのカニ?」

蝶姫「えぇ。大丈夫」

未央「すごいにゃぁ~。ビエン、ビエン、ムイ・ビエンよいぞ、よいぞ、めちゃよいぞ!にゃらば、一安心。あとは華佗君に任せちゃうゾウ。じゃぁ、ツァイ・チェンじゃぁね~

と言って、またいつものように一瞬で消えた。


まゆは豊が眠っているのを確認してから、

まゆ「お嬢さま、よろしかったのですか?そのような事までされて。たかがヒトの子ですよ」

蝶姫「まゆ?このお方は、“私の大切なヒトの子”なの」


その口調を聞いたまゆは一瞬で顔が青ざめ、

まゆ「も、申し訳ございません。私の理解が追い付いておりませんでした。お許しください」

と平伏する。


蝶姫「よいわ。大丈夫。このお方が大丈夫なのだから。大丈夫」



すやすやと幸せそうに眠る豊。それを見守る蝶姫。


半月の明かりが窓から部屋に射し込む。


蝶姫はその月を見上げると、月は雲に隠れてしまった。


内庭の菜の花が夜風と踊る。





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