第10話:つながる耳飾り

うぐいすはまだ鳴いており、沈丁花ジンチョウゲの香りをそよ風が届け続けていた。



ホウは大笑いしていた。

豊「なぁにそれ?蝶のおねーちゃん、また『大丈夫』だけのパターンじゃん。ウケる~。あー、ははははっ。…う~、イテテテ、傷口が痛む。でも、笑いが止まらない…」

大姉ダイシチョウに失礼ですよ」

蝶姫チョウキ「大丈夫」

豊「ほら、また『大丈夫』って。あはははっ」

大姉「その赤子は“あなた”なのよ、豊」

豊「えっ!?マジで…!?」

と、急に真顔になる。


大姉「生まれた時から、綺麗なお姉さんが好きで、まわりの女中じょちゅうでは手に負えず、乳母うばを拒んでいたもの…。あなたの世話が出来る女性を国内外から探し、その厳選した100名に豊の子守をさせてみたのね。すると…」

豊「すると…?」

大姉「100人とも全くダメだったのよ…。仕方なく姉であるわたくしがあなたの面倒を母と一緒に見る事にしたの。手がかかる子だったのよ。ふふ」


豊はちょっと顔を赤くした。


蝶姫「それに赤子のあなたは、何気なにげわたくしの乳を触り、吸おうとしていたのですからね。赤子の本能を垣間見たわ」


豊はもっと顔を赤くした。


豊「赤ちゃんの時の事は、覚えていないもん。赤ちゃんに罪ナシ!だもん」


「ホーホケキョ」と鳴く鶯は、この時ばかりは上手く歌えず、音痴おんちだった。


蝶姫と大姉はクスクス笑った。豊の顔はまだ赤い。



豊「あれ?さっき、姉上あねうえは、蝶のおねーちゃんの事を『蝶』って呼んでいたけど…。っていうか、なんか二人とも、仲良いいね?蝶のおねーちゃんも、姉上の事を『京香ケイカ』って言っていたし」

大姉「あなたが寝ている時に、蝶と色々とお話が出来たの。それで“仲良しさん”になったの」

蝶姫「えぇ。大変興味深いお話を聞かせてもらったわ、あなた」

と、豊の方を見て、微笑む。


豊はドキっとしながらも、

豊「姉上っ、余計な事はしゃべってないでしょうね?」

と姉の方を向いて問う。


大姉「どういう事が“余計な事”になるのか、おねーちゃんに説明してくれたら、答えてあげる」

豊「例えば、ボクが、小さかった頃に、よく…。はっ。こ、これは、ボクが“余計な事”を自らしゃべってしまう…という計略なのでは?」


警戒する豊に

蝶姫「大丈夫。私はどんなあなたであっても…。大丈夫」


蝶姫が『大丈夫』ばかり言うので、再び豊は大笑いした。


豊「姉上、それで、蝶のおねーちゃんからもらった耳飾りは返せたの?」

大姉「いいえ、今もあなたが持っておりますよ。その懐に。お守りとして」

豊「も、もしかして、匂い袋の中に入っているの?姉上が、『この中には女神さまのご加護が入っております。開けてはいけません。開けると、女神さまは帰ってしまいます』って言っていたっけ。だから一度も開けたことはないんだけど、蝶のおねーちゃんの耳飾りが入っているの?」

大姉「えぇ。正しく言えば、匂い袋ではなく、耳飾りが入っている小袋であって、その香りの元は耳飾りのご利益なのよ」

豊「えぇ~、はじめて知った~」

大姉「そうよ、はじめて教えたのですから」

豊「この香り、すごく好きで、眠れない時とか、枕元に置くと自然と眠れるんだよね」


そんなやり取りをしている二人を見て、蝶姫はくすくす笑う。


豊「じゃぁ、これ、蝶のおねーちゃんにお返ししないとだよね?」

蝶姫「いいえ、そのままあなたが持っていて…」

豊「でも大切なものなのでは?」

蝶姫「そう、とても大切なもの。だからこそ、あなたに持っていて欲しいの。それに…」

豊「それに…?」

蝶姫「ううん。大丈夫。なんでもないわ」

豊「そう?じゃぁ、蝶のおねーちゃんのおがりとして、大切に持っているね。やったー」

と、飛び上がろうとしたが、身体は動かなかった。

豊「いたたた」

蝶姫「もう少し休んでいた方がいいわ。お休みになって」

豊「うん。なんか急に眠くなってきた」

蝶姫「京香、あなたも休んできては?つかれたでしょう?」

大姉「えぇ、そうさせてもらうわね」


大姉は再び隣の部屋へ戻っていった。



まゆは、先ほど大姉をこの部屋まで案内をした後に、一旦席を外して居なかったのだが、しばらくしてから部屋に戻って来た。


まゆ「お嬢さま、よろしかったのですが、色々とお話をされて」

蝶姫「えぇ。私は構わないわ。それに、お話しをするって、こんなにもたのしいものなのね。ふふ」

まゆ「お嬢さま…(だいぶ変わられましたね。よい方向にすすむ事を、まゆは願っております)」


蝶姫は再び豊をやさしく、あたたかく包み込み、その寝顔を飽きもせずにじーっと見つめる。


メジロが梅の花をくわえて飛んできて、窓際に置き、どこかへと飛んで行く。

風たちは、それを落とさないよう、気を使ってよそで遊ぶことにした。



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