第8話:おはみーお!

「おはみーお!」


突然、元気のある女児じょじの声が雷鳴らいめいの如くひびく。その声は、静かに眠っていたホウの左耳から全身に伝わり、身体中に雷気らいきがとおる。


豊「おっ、おはみーお!」

雷で起こされたように、豊は目を覚ます。


すると、まわりが「わぁ~」と華やかに騒ぐ感じがした。


しかし、まだぼんやりとしか周りが見えず、目をパチパチしている豊。


女性C「むむむ…。もうちょいだなぁ。ヒトの子よ、目をつむっておれ」

小さな女の子は、豊の両目をそれぞれの手でおおう。

女性C「てぃ!」

ピリっとした感覚が目に伝わる。


女性C「どうカニ?」

豊はゆっくりと目をあける。

豊「見える…」

視界はゆっくりではあるが広がっていく


女性C「改めて、ボンジュールおはよう、ヒトの子よ。ウェルカムバックよくかえってきただにゃ」


豊「ぼ、ぼんじゅ~る!?(聞いたことのない言語だ。やはり異世界か?)き、きみは?こ、ここは?やはり違う世界なのかな?」

女性C「未央みお。みおみおと呼んでくれたまえ、ヒトの子よ」

豊「みおみおちゃん?はじめまして…」

未央(=女性C)「そしてここは、にゃんと!?」

豊「にゃんと!?」

未央「…」

豊「…!?」


未央「ヒトの子よ。お主の世界のままにゃのだ。肉料理屋の三階。宿だにゃ」


予想とは違っていた回答に、ビミョウな感じではあったが、でも自分の世界であると知り、すぐ素直に豊は安心した。しかし、同時に「蝶のおねーちゃんは大丈夫なのか?」、「姉上あねうえ達を探さないと…」などと色々な心配事が出来た。


豊「ボクの世界のまま?…あの、みおみおちゃん。もうひとり。そう、もうひとり、綺麗なお姉さんも居なかった?」

未央「にゃ~にを言うとる。ほれ、ここにたくさん綺麗なお姉さんはおるぞ。みおみおもだがにゃ。にゃははっ」

豊「えっ、みおみおちゃんはボクと同じくらいでしょう?」

未央「にゃふっ」

と、未央の会話に答えた上で、周りを見回す。


そして、自分が寝台の上で女性Aに肌を重ね合う恰好かっこうで、あたたかく包まれていると理解すると、顔を沸騰ふっとうさせたヤカンのように、顔を真っ赤にした。目をつむったまま、お礼をする。


豊「あ、ありがとうございます。と、とてもあたたかく居心地がよかったです」

女性A「あら、そう?気に入ってくださったのであれば、いつでも」

豊「はぃ、ありがとうございますです。よろしくおねがいしました」


頭も舌もまだ回らないまま、そう答えてしまう。


女性A「ふふ。面白いわね、あなた。でももう、『大丈夫』よ」


その聞きなれた言葉に、豊はゆっくりと恐る恐る目をあける。


豊「!?あれ?あれれ?蝶のおねーちゃんじゃん?」

蝶姫チョウキ(=女性A)「ふふ」


豊「って、おねーちゃんは大丈夫だったの?あっ、ここにたくさん血がついている。お怪我しちゃったの?大丈夫?」

蝶姫「大丈夫。この血は、わたくしのではないの。あなたが、たくさん血を流してしまったから…」

豊「あぁ、ごめんなさい。とても綺麗な服なのに、汚してごめんなさい…」

蝶姫「大丈夫。気にしないで」

と言って、豊の髪をやさしくなでてあげる。


蝶姫「あなたの言っていた姉上あねうえも来ているわよ。看病疲れで隣の部屋で休んでいるわ。まゆ、お知らせしてあげて」

まゆ(=女性B)「はい、お嬢さま」

と言って、機敏きびんな動きで退室していった。



豊「蝶のおねーちゃん?なんか、その…」

蝶姫「なぁに?」

豊「その…、少し雰囲気が変わった?」

蝶姫「なんで?」

豊「なんというか、言葉遣いが変わったというか、全体的にやわらかいというか」

蝶姫「あら?あなたがそこにいるからでは?」

豊「えっ」

と、自分の顔が蝶姫の胸元にある体勢だったので、もう一度赤面する。


豊「なんか、よくわからない。とにかく、ごめん」

蝶姫「いいのよ。今はこうしている方が、治りが早いから。にげないで」


離れようとする豊をやさしく包みなおす。


そして、

蝶姫「前の方が好きだったの?」

豊「今の方がすごい好き!…って、ちがう、ちがう。前も好きだったよ。でも、ちょっと、いや急に変わった感じがしたから、びっくりしているんだ」



変なドキドキ感が生まれる。



そのあたたかい場所で呼吸を整える豊を見て、


蝶姫「大丈夫?」

豊「うん、大丈夫。って、意外と前と変わらないかもね。だって、蝶のおねーちゃん、『大丈夫』くらいしか言ってなかったもん」

蝶姫「あら、そう?他にも『キレイ』とか、『いい匂い』とかも言いましたよ。ふふ」

豊「そ、そうだけどもさぁ~。あとは、『これ』とか、『そこ』だったじゃん。そして、首を縦か横にふるだけ…って」


二人は見つめ合いながら、くすくすと仲良く笑い合う。


豊「イタタ、笑いすぎると、激痛が…」


未央はその微笑ましい様子を見てから、邪魔をしないようにこっそりと、また肉料理屋へと足を運ぶ。


ちょうど入れ替わるようにして、大姉が部屋に入って来た。


大姉「豊!?目が覚めたの?」

豊「姉上っ!って、なんでそんなに泣いているの?」

大姉「あなたは三日三晩、ずーっと眠っていたのよ。もうダメかと…」


あふれる涙を拭いながら近づく。


存在を確認するかのように豊の顔を両手のひらでやさしく包み、そして豊に抱きついた。


豊「姉上っ、痛いっ」

大姉「そ、そうよね。ごめんなさい。つい、嬉しくって。あなたがいなくなっちゃったら、おねーちゃん、どうしようかと…」


再び大粒の涙を流す。


蝶姫「京香ケイカ、もう大丈夫よ。私もいるし」

大喬「そうよね…」


涙をぬぐう。



豊「!?あれ?ちょっと待って!蝶のおねーちゃん、なんで姉上が京香だって知っているの?」


蝶姫と大姉は互いに目を合わせる。


蝶姫&大姉「知りたい?」


豊「えっ。うん、知りたいけど…」


大姉「じゃぁ、おねーちゃんが話してあげるね」



豊の大好きな姉上は近くの椅子に座り、蝶姫と豊の方を向いて話を始める。



そよ風は、宿の内庭に咲く沈丁花ジンチョウゲの甘い香りを部屋まで届け、うぐいすは「ホーホケキョ」と歌い始める。



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