第7話:目が覚めると、そこは…

どこからともなく女性達の声が、かすかに聞こえてくる。


ホウ「(美しい声…。女神たちの歌声のような…?でも、あまりよく聞こえない…。ボクの“ドキドキ”は…。う~ん…)」


女性A「わらわとなぜ契約が出来ぬのだ!」

女性B「すでにどなたかと契約をしているようです」

女性A「なら解除して再契約するまで!ん!?んっ!?おかしい。なぜ解除出来ぬのだ!?」

女性B「お嬢さまよりも強力な…。もしくは…。」


女性A「みおみお、なんとか出来ぬか?妾の大切なヒトの子ぞ。」

女性B「お嬢さま、落ち着いてください。たかがヒトの子ではありませぬか」

女性C「にゃんとか、にゃるかもだワン。良質な鹿茸ろくじょうが少し欲しいカモ」

女性A「なら、今から妾が鹿神からつのをもぎ取って来ようぞ」

女性B「落ち着いてください、お嬢さま。私が鹿神さまに頼んで来ますので、お嬢さまはこちらでお待ちください」


女性C「大丈夫まる~。ここにあったまる~。主な薬材は弟子に持って来させているまる~。ただ、龍脳りゅうのう動物胆どうぶつたんが必要だにゃ」

女性A「青龍せいりゅうの脳みそでも良いのか?動物は白虎びゃっこの胆でよいか?」

女性C「ちゃうちゃう。龍脳は、ここから南のあたたか~いとこにあ~る。木から染み出た樹脂じゅしが結晶化したものじゃぞ。白というか、透明というか。動物胆は、豚の胆汁たんじゅうで十分じゃ。熊の胆も捨てがたいが…。」

女性B「(なぜご自身の専門分野になると真面目にお話しをされるのだろうか?普段の言葉はよくわからないのだけれど…)」


女性A「残念だわ。青龍と白虎のもので良ければ、今すぐにでも手に入ったのに…」

女性B「お嬢さま、そんな物騒な…。世の中のバランスが崩れます。おやめください」

女性C「そうだにゃ、物騒な話だにゃ~。(そいや、妹もそうだったにゃ~。元気にしているかにゃ~)」


豊自身がまだ遠いどこかにいるのか、身体と魂が離れているような感覚があった。会話だけは、少しずつ聞こえてくるが、ところどころ、聞こえない部分もある。


豊「(ボクの“ドキドキ”はもうナイのかな…)」


何もできない状態。そして、なんとも表現し難い悲しい気持ちが込み上げてくる。



すると、

男性A「師匠っ、遅くなり申したわぃ」

と、元気のある年老いた男性の声が聞こえてきた。


女性C「おそかったにゃ~。むむ。色々と持ってきているのだ~。よいぞ、よいぞ。どれどれ」

男性A「師の教えで、こういう場合はこういったものが必要になるかと…。これも師匠のおかげじゃ」

女性C「そうカニ?」

男性A「そうじゃ。あの日々の修行があったからこそ、このように…」

女性C「そうカモ。…。むむむっ、にゃんと!?すべてここにあるだガニ。お嬢っ、もうちょっとその子を温めて続けてあげるのだにゃ。薬とか処置は、我々に任せるのだにゃ」

女性A「わかったわ、みおみお。任せたわ」


豊「(…温める?…。たしかに、あたたかい。なんか、懐かしいな…。以前にも、こんな感覚が…、波長が…、あったような…、合った…、会った…!?って、弟子の男の人、おじいさんみたいな声だけど、師匠は幼い女の子じゃないか?どういう世界なんだ?ここは)」



すると突然、全身に雷が落ちてきた。


豊はそんな夢を見た気がした。




女性A「ねぇ、大丈夫?」


豊「(どこかで聞いた声…。だけど、その人より少し優しい声だ…)」


豊はゆっくりと目を開けてみるが、視界はぼんやりする。耳もまだハッキリとは聞こえない。


豊「(あぁ…、やはり、かたびと伝承者はなしをつたえるものがよく言う『急な不運に見舞われると、今の世界と異なる空間の世界へと生まれ変わる。そして目の前に女神さまがいる…』という雰囲気…。そういう本もたくさんあったから、昔っからよくある事を言い伝えていたのだろうか…。っていうか、伝承者と書いて、『はなしをつたえるもの』なのか?『でんしょうしゃ』でいいじゃん。まぎらわしいなー、もう)」


女性C「ほんで、仕上げに、これをしてみるのだ~。お嬢っ、お主の血を少し…」

女性A「えぇ、喜んで…」

女性C「ほい、サンキュ~。ほんだらば、あ~して~、こ~して。っと、てぃ!」


すると豊の背中と頭に何か熱い力が流れ、それが身体の隅々にまで流れていくような感じがした。


女性C「あれれ?予想よりも効きすぎるぞ。にゃぜだ」


豊「(イタタタっ)」

と、まだぼんやりしているが、少し周りの状況が分かるようになってきた。そして、徐々に意識や手足の感覚を取り戻していった。


女性C「おはみーお!アレ?ちゃうちゃう、もう夜だから、こんばんみーお!なのだ。ヒトの子よ」

女性A「…!?(あれ?しゃべれない…)」

女性B「お嬢さま、良かったですね。さぁ、用事は済みましたから、さっさと帰りましょう」

女性A「わ…。…。わ…(あれ?なんかおかしい。言葉が出ない…)」

女性B「お嬢さま?」

女性C「お嬢っ、お主も少し正直に生きてみーお!てぃ!」

っと、女性Aに向かって、右手で何かをした。まぶしく光った感じがした。


豊「い、痛い。さ、寒い(あれ?それしか言えない。女神さま、まだ帰らないで…。『綺麗なお姉さん』リストの上位に絶対に入る感じの声の主たちを拝みたい)」


女性A「このままもう少しお休みになるのです。わたくしがおそばにおりますゆえ。『大丈夫』」

と言い、豊をやさしくぎゅーっと抱き、温める、肌で直接。


豊「(あたたかい…。あれ?やっぱり懐かしい感覚が…)」

その母性から伝わるあふれんばかりの包容力ほうようりょくと安心感から、再び眠りにつく。


女性C「おやすみーお!ゆっくりと眠るがよいヒトの子よ。アスタ・ルエゴ~またね~


そう言いながら豊の頭をなでてあげた。その手はやはり小さい。


女性C「お嬢っ、そのままあたためるのじゃぞ。あとの処置は、この弟子の華佗かだくんがしてくれるのだ。デラうみゃぁ肉料理があるって聞くから、ちょっくら行ってくるにゃ」

と言って、ささっと消えた。


女性B「お嬢さま、私、そろそろ…。アレですし…。先に帰りますね」

もう一人も一瞬で消えたように思えた。


華佗(=男性A)「ここからは、ヒトに合わせた治療・療養が必要じゃのぉ。ちょっくら、必要な物を取ってくるわぃ」


さらに華佗もどこかへ出て行った。



豊は、優しく包まれながら、何か心の底から込み上げてくるものがあった。そして、“ドキドキ”が次第に安定していく事にようやく気付く。


しばらくして、豊はゆっくりと目を開ける。さっきよりは少し見えるようになってきた。


豊「…(あれ?まだしゃべれない…?)」

女性A「まだよ。お休みになって、豊」

豊「…(えっ、ボクの名前を知っているの?…。やはり、語り人たちが言う女神さまなのかなぁ~。なんでもご存じなんだなー、すごいやー。)」

と想像しながら、今度は深い眠りについた。



やさしい声。なつかしいぬくもり。やすらぐ香り。


スヤスヤと眠るには十分な条件だった。


しかし、「おやすみーお!」あの言葉が耳に残った。

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