第6話:ドキドキ

三日月みかづきをイメージした腕輪と髪飾りをホウは購入したものの、どうやって蝶姫チョウキに渡そうか、迷っていた。



しかし、


豊は蝶姫の正面に立ち、その美しい瞳を見つめながら左脚でひざまずく。そして、蝶姫の左手をそっと手にとり、腕輪を手首に着けてあげる。


蝶姫「わぁ、嬉しいわぁ。ありがとう」


続いて、蝶姫にかがんでもらい、その綺麗な黒髪に髪飾りをやさしく着ける。


豊「痛くはないかい?」


蝶姫「えぇ、大丈夫。とても綺麗だわ。ありがとう」


そして蝶姫はそのお礼に豊の左ほおに優しく口づけし、豊の耳元で

蝶姫「ありがとう」

ささやく。



…というのを想像し、頑張ってやってみようと思うものの、どうにもこうにも全く身体が動かない。そして鼓動が急に変になる。


豊「ちょ、蝶のおねーちゃん。ボ、ボク、ちょっとドキドキしちゃって、ダメかも」


蝶姫「…。」


蝶姫の塩対応に、さらにどうしようもなくなる。ドキドキ感は増していく。



しかし、急に豊は蝶姫の胸に抱きついた。いや、胸に飛び込んだのだ、しかも勢いよく。


蝶姫「大胆だいたん…。でも良いかも…。ドキドキする…」

と言った瞬間、蝶姫は大きな“衝撃”を感じ、地面に身体を打ち付ける。


胸に飛び込んで来た豊は、

豊「蝶のおねーちゃん、大丈夫?」

と、なぜか心配そうに聞いてくる。


蝶姫「…。大丈夫よ」


豊「よかった…。やばい、ドキドキが止まらない…」


蝶姫は不思議な感覚を覚えたのだが、すぐに今の状況を理解した。


近くを通った荷馬車同士がぶつかりバラバラに。そして、その車輪の破片が豊の背中に刺さっており、周りは怪我人で大騒ぎになっていたのだ。


蝶姫は“いつもと違う自分”を感じながらも、

蝶姫「…ねぇ、大丈夫?」

と、豊に声をかけ続ける。


豊「せっかく、綺麗なお姉さんに出会えたのに…。一緒にお茶とお菓子を食べたかったなぁ…」

と、声にならない声量で話す。


豊「(そういえば、こういう場合って、本の中や、町によく来るかたびと伝承者はなしをつたえるものの話によると、違う世界で生まれ変わる…なんていうのがよくあったよなぁ…。また蝶のおねーちゃんと出会えるんだろうか?…。やばい、ドキドキが止まりそう)」



横道は悲惨な状況になっていた。


その事故と、先ほどの『黄色い頭巾』の騒動は、すぐに帝都ていと中に知らされていく。


“ドキドキ”はゆっくりとなり、やがて…


鳥たちは歌うのを止め、春の風も通るのを控えた。

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