第3話:出会い(蝶姫と豊)
あの日もあたたかな春が始まったばかりの頃であった・・・
大通りの真ん中を荷馬車が様々な食材や珍しい品々を乗せ、忙しそうに行き交っていた。その大通りの左右には色々なお店が連なっており、特に飯店や酒家からは美味しそうな食べ物の匂いがしてくる。
豊「ねぇ、
と、姉達に話しかけるが、大姉と小姉は今向かっている中央軍事府でこれから議論するであろう内容について、何やら難しく話し合いをしており、豊の
豊「姉上っ、あっちにも美味しそうな肉料理屋が…(って、聞こえてないか…)」
大姉「いいわよ、いってらっしゃい。おねーちゃん達はお仕事が終わったらそのお肉屋さんに行くから、そこで待つのよ」
豊「やった~。ボク、行ってくるね~(なんだ、聞こえているんじゃん)」
姉達に相手をしてもらえず、少しプンプンしながら、その肉料理屋へ向かう。
豊「う~ん、とっても美味しそうな匂い。」
牛肉、豚肉、鶏肉、羊肉、馬肉、鹿肉など、実に豊富な種類の肉を扱っている様子だった。
豊「うわっ、このめちゃ良い匂いはどの料理かな~?」
と、店の中を外からキョロキョロと覗いてみる。
豊「ん!?ちがう!?こっちからだ!」
お店には入らずに、お店の横道に目をやると、綺麗なお姉さんが横道の露店で何か品定めをしている姿が見えた。
豊「うわぁ~。めっちゃキレイなお姉さんだなぁ…。…。姉上たちもキレイだけど、比べ物にならない…」
うっかり
しばらくすると、周りがザワザワ騒いでいるのに気付いた豊は、我に返った。通行人だけではなく、肉料理屋の客達も料理人もみな外に出て、その綺麗なお姉さんを見ていた。
肉料理屋の客A「ありゃぁ~、どこぞの王族のお姫さんかね?しかも、おひとり様かよ。う~、それでも、オレらじゃぁ、手を出せねぇなぁ~」
肉料理屋の客B「いや、でも声をかけてみるだけでも試してみるか?ここの肉料理はうまいし」
肉料理屋の客A「だな~。でも、早くしねぇと、他のオトコに先に取られちまうぞ」
肉料理屋の客B「ちょっと待て。あっちからガラの悪い男達がやってきたぞ。うわぁ、例の『黄色い頭巾』をしてやがる。」
肉料理屋の客A「小さな村を襲っては強奪をし、人さらいもするっていう、あの『黄色い頭巾』だろ?うゎぁ~。オレ、関わりたくねぇから、席に戻るや」
肉料理屋の客B「だな。最近、この帝都でも若い娘がさらわれ、そして売られていくって聞くしな。気の毒に、あの娘さん…」
通りに出ていた他の者達もその『黄色い頭巾』に気づくと、一斉にスーッとどこかへ行ってしまった。
鳥の
豊「そうだった。むかし、姉上が『もし、
スタタタタっと、駆け足でお姉さんのところに向かうが、一足先にガラの悪い連中がお姉さんに声をかける。
男A「よー、よー、そこのねぇちゃん。オレらとちょっくら一杯やらねぇーかー?」
お姉さんは、首を横に振って断る。
男B「なんだよ、美人さんはオレらに声すら聞かせてくれねぇのかよ!」
お姉さんは、首を縦に振った。
男C「いい度胸してるじゃねぇか。ちょっとキレイ、カワイイってだけで、そういういう態度をとるオンナに、やさしく声をかける必要はなかったな。
お姉さんは、再び首を横に振った。
豊「ねぇ。お姉さんが嫌がっているじゃん。やめなよ。どっか行ってよ」
お姉さんは、首を縦に振る。
男A「おいおい、ガキ連れか?」
男B「一隻二鳥だな」
男C「バカ、そこは『一石二鳥』だ」
豊「…。なんだ、おじさん達、ちょっと面白いじゃん」
お姉さんは、首を縦に振る。
男A「茶番はおしまいだ!ふたりとも連れて帰るぞ」
男B「このオンナは、今晩、オレが相手してもいいのか?」
男C「バカっ、
男達が物騒な会話をしながら、お姉さんに近づくので、豊は腰に差していた剣を抜いた。
男A「おいおい。このガキ、剣を抜いたぞ。」
男B「先に剣を抜いたのは、お前だからな、小僧」
男C「これでオレらも剣を抜く道理ができたな」
豊「道理?人さらいを宣言しているガラの悪い大人3人が、か
お姉さんは、首を縦に振る。
豊「それに、姉上が言ってたもん。『大切な人が出来たら、全力で守れ』って」
お姉さんは、首を…振らなかった。
男A「おいおい、そんなに“いい仲”なんか?ガキの分際で」
男B「なら、小僧の言う『大切な人』をオレらが奪ってやる」
男C「そんな正論っぽい事を言って、オレらの獲物を横取りするような事をしちゃぁ、いけねぇなぁ。お仕置きが必要だなぁー、こりゃぁ~」
男達はさらに豊達に迫る。
豊「(どうしよう。勢いで剣を抜いてしまったけど、稽古以外で人に剣を向けるのは初めてだ…)」
豊が握る剣はいつもより重く感じ、緊張感から手が震え始めた。
男A「おいおい、このガキ、手が震えているぞ。おこちゃまだなぁ~」
男B「って、お前(男A)、『おいおい』が多いんだよ」
と、男Aにツッコミを入れる。
男C「初めてか?人を斬るのは?それとも剣を抜くのが初めてかなぁ~?」
悪事に手を染めてきた者達の威圧感が、小さな少年にのしかかる。背の高さは少年の2~3倍程度高いのだが、体格が違う為、少年の10倍か、それ以上大きく見える男達。一歩近づくごとに、手の震えは増していく。
すると、
お姉さん「大丈夫」
と、豊の耳元でささやくと、不思議な事に震えが止まった。
豊「(!?…。よし、これならいける!いける気がする。稽古通りに動いてみよう。一度に3人は無理だから、一人ずつ相手していこう)」
大柄な男3人とうまく間合いを取り始める。
男A「おいおい、なんか急にヤル気になっちゃったのかなぁ?」
男Aは走り出し、剣を高く上げ、豊に斬りかかる。
豊「(オトナの剣は重いから、正面から受けちゃダメ。受け流してもいいけど、一番良いのは…)」
ひらりと剣をよけて、その男の左足を斬る。
お姉さんは、首を縦にゆっくりと振る。
男B「てめぇ、やるじゃねぇか。オレはアイツよりも強いからなぁ。死んでも後悔すんなよー」
豊「(この人の剣はさっきの剣より大きいな。腕も太いから、鍛えているのが分かる。だからきっと力が強く、剣筋はさらに速いはず。そんな時は…)」
男Bが剣を素早く振り下ろすと、豊はその剣を受け流した。その勢いを使って一回転して、相手の右足を斬る。
お姉さんは、再び首を縦にゆっくりと振る。
男C「だっせーな、お前ら。ガキだからって手を抜くからだよ。オレは最初から
豊「(なんか、このおじさん達、面白い口調だな…)」
お姉さんは、首を縦に振る。
豊「(あれ?この綺麗なお姉さん、ボクの心が読める!?…んなワケないか…)」
お姉さんは、首を…振らなかった。
豊「(…気のせいか。今はこのおじさんに集中しないと…)」
お姉さんは、首を縦に二度振る。
最後の男の剣の構えは、先ほどまでの2人とは違っていた。
豊「(う~ん。隙がない。ウチのねーちゃん相手に稽古している時みたいだ。威圧感も凄いし)」
男C「どうした?かかって来ないのか?まさか、怖くて動けないんじゃないだろうな?」
豊「…。(そうか、ここは、ねーちゃんを相手に稽古していると思って攻めてみるか)」
お姉さんは、首を縦に振る。
豊「こっちは子供なんだから、ちょっとは手加減してよね。もう…」
と、言いながら、大きく飛び跳ね、剣を男に向けて振り下ろす。
男C「子供がいくら体重をその剣に乗せたって、その力は大したことには…。んんっ!?」
男が思っていた以上に豊の剣は重たく、男の剣は割れ、左肩を斬られた。
お姉さんは、首をさらにゆっくりと縦に振った。
男達は想定外の展開に驚き、しばらく忘れていた、斬られている事を。そして急に痛がりながら、その場から去っていく。
時々後ろを振り返りながら、
男A「おい、ガキ。覚えてろよー。次はただじゃぁおかねぇからなぁ。いってーなぁ、もう」
男B「って、お前(男A)、セリフがいちいちダサいんだよー。くそっ」
男C「ちっ、今日はこの辺で
男B「って、お前(男C)も、セリフがダッセーんだよ。くそっ」
男C「なんだお前、目上に向かってその言葉は!?」
男B「うっせー。うっせー。チクショーだぜ」
男A&C「お前(男B)も、結構ダサいぞ、セリフが」
そう言い合いながら、途中で立ち止まり、頭の黄色い布を斬られた個所に巻き付けて止血して、再び歩き出した。
豊「(あの黄色い布って便利だな。最近見かけるけど、流行っているのかな?まぁいいや。うまく急所を外して剣を振れたから、よかった。それにしても、悪い人たちだけど、けっこう面白いおじさん達だったなぁー)」
お姉さんは、首を縦に振る。
豊は一呼吸してから、お姉さんの無事を確かめようと振り向こうとしたら、
お姉さん「キミ、いい匂いがするね」
と、急に豊の背後にお姉さんが迫る。
豊「(!?このお姉さん、動いた気配が全くしなかった。って、しゃべれるんだ、お姉さん。そう言えば、さっきも『大丈夫』って言ってくれてたなぁー。ステキな声色だし。好きだなぁ~)」
お姉さんは、首を…まったく振らなかった。
豊は乱れた服装を整えてから、蝶姫の様子を伺いながら…
豊「ボクは、
お姉さん「
豊「チョウキ?どういう字を書くの?」
蝶姫「
豊「蝶々のお姫さま!?すごく綺麗なお名前だね!お名前もステキなんだね」
蝶姫「…。ねぇ、キミ。いい匂いがするね」
豊「あぁ、ごめん、ごめん。さっきもそう言っていたよね?なんだろー」
蝶姫はさらに豊に近づき、首や耳元をクンクンする。豊は蝶姫の息吹を感じた。
美しいお姉さんに近寄られ、その甘く華の蜜のような香りにドキドキする豊。不思議な感覚に陥る。
豊「蝶のおねーちゃんも、いい匂いがするよー。好きだなぁー、この香り」
先ほどまで、張りつめた空気の中に居た為、一気にその緊張感が解けたせいもあり、少しだらしなくしゃべる。理性が溶け始めてもいた。
しゃべるつもりのなかった事を口に出してしまった事に気づいた豊は、我に返った。
豊「あぁ、ごめん、ごめん。なんかうっかりしゃべっていたかも、ボク。」
蝶姫は、首を縦に振る。
豊「『いい匂い』の話しだったよね?う~んっと、あっ、分かった。これだ」
腰に付けていた巾着を外し、中を蝶姫に見せた。キラキラ光る小さな玉が入っていた。
蝶姫「キレイね」
豊「これはねぇ、姉上と一緒に作った飴だよ」
蝶姫「キレイね」
豊「じゃあ、特別にこれ全部あげる」
と言い、巾着袋ごと蝶姫に手渡す。
蝶姫は、ふたたび首を縦に振る。何度も。
小鳥はさえずり、あたたかな春の風がふわっと通り過ぎる。
そして、近くの梅の木から、春の便りが届く。
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