魔法よりも難しい書類仕事
リュウは、目の前のデスクに積まれた分厚いファイルとパソコンの画面を見つめていた。これが、この「ヴォルケン商事」という現代の職場における「初任務」だと案内されたのだが、どうにも勝手が違いすぎる。
「まずはこの書類を目を通し、必要事項を確認してからデータベースに入力してください。今日中にやらないと、明日のミーティングに間に合わなくなりますからね」
隣のデスクの先輩社員からそう指示されたものの、リュウにはまったく理解できない。魔物を倒すときに必要な情報といえば、弱点や討伐報酬、それと討伐後の宴の準備くらいだったが、今目の前にあるのは謎の言葉でびっしりと埋まった書類の数々。
「うむ、これが現代の呪文か…?」
リュウは眉をひそめながら、何とかして解読しようと、書類の一行目から読み始めた。だが、次第にその目がかすみ、内容が頭に入らなくなる。
「うう…異世界の禁呪書よりも難解とは…!」
しばらく苦闘していると、上司のリーダーが歩み寄ってきた。
「リュウ君、どうだ、書類は進んでいるか?」
「は、はい! しかし、すみません、この文字の羅列があまりにも複雑で…魔法の巻物ならば解読は得意なのですが、この書類というものは、まるで暗号か呪文のようで…」
リーダーは困惑した顔を見せつつも、少し冷たい視線を投げかけた。「…暗号じゃなくて、ただの顧客リストだよ。とにかく、やる気があるならスピード重視で頼むよ。ウチは忙しいんだから」
「す、スピード重視…?わかりました!」
リュウは気合いを入れ直し、猛然とファイルをめくり始める。しかし、異世界での「スピード重視」とは、戦場での一撃必殺が前提だ。慎重に読まず、勢いで進めばいいと思い、どんどんファイルに目を通していった。
だが、どうしても内容が頭に入ってこない。ついに、彼は古の秘術を発動する決意をした。
「仕方ない、異世界で会得した『記憶拡張の魔術』を使うしかないな…!」
そう呟きながら両手をかざし、パソコンに向かって謎のジェスチャーを始めた。周囲の社員たちは目を丸くして彼を見つめるが、リュウは気にせず、呪文を唱え続ける。
「汝、我が知識を拡張せしめ、すべてを我が脳に刻み込むべし…!」
もちろん、現代のパソコンには魔法が通じるわけもなく、画面はピクリとも反応しない。
しばらくして彼は力尽き、両肩を落とした。「…この世界では魔法も無力か。なんということだ…」
そのとき、同僚の一人が不思議そうに尋ねてきた。「え、リュウさん…パソコンの基本操作って、習いましたか?」
「パ、パソコン? それは…この『魔導器』のことか?」
リュウの言葉に同僚はあきれ顔を見せ、「…午後の研修、予約しておいた方がいいですね」とつぶやきながら席を立った。
このようにして、リュウの現代オフィスでの初仕事は、まさかの「魔導器操作研修」から始まることになった。果たして元勇者リュウは、この難解な現代の「魔法」を使いこなせるようになるのだろうか?それとも、さらなるすれ違いの冒険が待ち受けているのか──。
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