元勇者、初出勤



リュウは翌朝、気合十分でヴォルケン商事のオフィスビルに現れた。黒いスーツに身を包み、胸には胸いっぱいの使命感を抱いている。勇者であった彼は異世界の平和を守るために尽力してきたが、今はこの現代の世界で、人々のために役立つことを誓ったのだ。


「我はリュウ。今日からこのヴォルケン商事の一員として、力を尽くす所存である!」


そう意気込んでビルに足を踏み入れたが、彼が見たものは、異様な光景だった。


廊下を行き交う社員たちは皆、疲れ切った顔で目の下にはクマがくっきりと浮かんでいる。中にはフラフラと歩き、今にも倒れそうな者もいる。


「……ここはまさに戦場か」


異世界の魔物に対抗するための激戦を思い出し、リュウは背筋を伸ばす。戦場を知らぬわけではない彼にとって、多少の困難は歓迎すべき挑戦に過ぎなかった。自らを奮い立たせ、オフィスフロアのドアを開ける。


すると、朝のミーティングがすでに始まっていた。リーダーと呼ばれる男がホワイトボードの前に立ち、ひたすら指示を飛ばしている。


「いいか、今週のノルマは絶対達成だ!昨日も徹夜でやってもらったが、今夜も、できるな?新人も何人かいるが、ヴォルケンのやり方はすぐに覚えろ!」


その言葉に、社員たちは一斉に小さくうなずいた。彼らの顔には、使命感など微塵も見られない。それどころか、彼らは疲れ果て、すでに希望を失っているようにさえ見える。


「なんと……この者たちは、何と闘っているのだ……?」


不思議そうに周囲を見渡していると、リーダーの鋭い視線が彼に向けられた。


「お前が、昨日採用されたリュウだな?よろしく頼むぞ、仕事は即戦力が基本だ!」


「心得た!我は勇者リュウ、どんな敵でも斬り伏せる覚悟である!」


周囲が一瞬、ピタリと静まり返る。だが、すぐに誰かが小さなため息をつき、再びミーティングが再開された。リュウの宣言は、無視されたようだった。


その後、彼はデスクに案内され、山のような資料と画面いっぱいのメールに圧倒された。


「こ、これは……?」


見慣れない符号と文字が並び、どう解読するべきか見当もつかない。剣を振るい、魔法を操るのとはまったく違う、未知の「闘い」だ。


「まさか、これがこの現代における"魔王"の仕業というものか……?」


リュウは目の前の大量の仕事を「現代の呪文」と見なし、己の勇者としてのスキルで立ち向かう決意を新たにした。彼は資料を一冊取り上げ、にやりと微笑んだ。


「これもまた、鍛錬の一環だ。さあ、"敵"よ、かかってこい!」


だが、この時、リュウはまだ知らなかった。現代の「敵」が魔物以上に恐ろしく、そして手強い存在であることを──。

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