第3話 未来へのささやき
帰り道、時音と二人で並んで歩く。夕暮れが少しずつ夜へと移り変わる時間帯だ。空は濃いオレンジから薄紫に染まり、街灯がひとつ、またひとつと点灯していく。周りは静まり返っていて、聞こえるのは俺たちの足音だけ。時音の横顔が、どこか幻想的に見えるのはこの時間のせいだろうか。
「ねえ、悠真くん」
時音がふいに口を開く。その声が少し低くなっていて、思わず立ち止まってしまった。彼女も歩みを止めて俺の顔を見つめてくる。夕暮れの中で、彼女の瞳はいつも以上に神秘的で、まるで深い湖の底を覗き込むような不思議な色合いを帯びていた。
「どうした?」
声を出した自分が少し緊張しているのに気づく。未来のことだとか、守るだとか、突拍子もない話を聞いてきたけど、彼女の真剣な眼差しに引き込まれてしまう。
「未来のこと……少しだけ、話してもいいかな?」
彼女の言葉に一瞬驚いた。これまで何度か「話せない」と言っていたのに、今になって少し話してもいいと言う。俺は頷きながら、少し心の準備を整えた。
「……いいよ。聞かせてくれるなら、ぜひ聞きたい」
時音は小さく頷くと、少しだけ微笑んで、でもどこか寂しげな表情を浮かべた。その表情に、俺は思わず見入ってしまう。まるで重い荷物を抱えているような——そんな顔だった。
「未来の世界は……私たちが今いるこの世界とは少し違うの。技術も進んでいるし、環境も変わっていて、人々の生活もずいぶんと変わってる」
淡々と話す彼女の声には、どこか切なさが感じられた。未来の話をしているはずなのに、彼女の言葉が悲しげに響くのはなぜだろうか。俺は黙って耳を傾けた。
「でもね、悠真くん、未来にはね、平和で穏やかな日常がどんどん少なくなってきているの。みんな、時間に追われていて……自分のことだけで精一杯になっている人も多い」
その言葉に、少し胸が締め付けられるような気がした。時音は俺から視線を外し、遠くの空を見つめている。まるで、未来の景色を思い浮かべているかのように。
「それで……俺はその未来に関係してるってこと?」
勇気を出して尋ねると、彼女は少しだけ驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかく頷いた。
「そう、悠真くんは未来に関わる存在なんだよ。でも、まだ全部を話せるわけじゃないの。ごめんね」
時音は申し訳なさそうに眉を下げ、小さくうつむいた。その仕草がまた可愛らしく、俺は無性に彼女の気持ちを理解したいと思った。だが、彼女の秘密がどれほど重いのかも感じ取れて、簡単にそれを引き出そうとする自分が少し嫌になった。
「無理しなくていいよ。話せるときに話してくれたら、それで十分だ」
俺の言葉に、時音は少しだけ顔を上げ、ふっと微笑んだ。その笑顔が、なぜか心を温かくしてくれる。
「ありがとう、悠真くん」
小さな声で礼を言われ、俺はなんだか照れくさくなってしまう。俺たちはまた歩き始めたが、何か少しだけ心が近づいた気がしていた。
歩きながらふと横を見ると、時音が俺の自転車に視線を向けていた。
「悠真くん、その自転車、よく乗るの?」
彼女が興味津々な様子で尋ねてきたので、俺はうなずいた。
「まあな。毎日これで通学してるし、家に帰るときもだいたいこいつに乗ってるよ」
俺がそう答えると、彼女は少し羨ましそうな表情を浮かべた。そして、突然思いついたかのように俺の顔をじっと見つめてきた。
「ねえ、悠真くん、少しだけ私も乗せてもらってもいい?」
その言葉に、俺は一瞬驚いた。だけど、彼女がそんな無邪気なお願いをするのが新鮮で、なんだか断る気にもなれない。
「……まあ、いいけど。でも、しっかりつかまってろよ? 危ないからさ」
彼女は嬉しそうに頷き、自転車の後ろにそっと乗り込んだ。少しぎこちない動きで、俺の背中に軽く手を添える。その手の温もりがじわりと伝わってきて、妙に心拍が上がる。
「準備いいか?」
彼女は小さく「うん」と返事をし、俺はそっとペダルを漕ぎ出した。風が顔をなでていき、彼女の銀色の髪がふわりと揺れる。後ろからは小さな笑い声が聞こえてきて、俺は少しだけ微笑んだ。
「悠真くんとこうして一緒に自転車に乗れるなんて、なんだか夢みたいだね」
彼女の言葉に、俺は軽く振り返り、少し照れながら答えた。
「未来の彼氏なんだろ? だったら、こういうのもありなんじゃないか?」
彼女は笑顔で頷いたが、少しだけ顔を赤らめているのが見えた。俺はそんな彼女の姿に、また心が温かくなった気がする。
「ねえ、悠真くん、明日も一緒にいてくれるよね?」
ふと後ろから、彼女の声が小さく響いた。その声には少し不安が混じっていて、俺は思わず心が締め付けられるような気がした。
「……まあ、君が望むなら、しばらく付き合ってやるよ」
俺の返事に、彼女は大きく頷き、また小さく笑った。その笑顔が、どこか安心したようで、俺もほっとした。
こうして、俺たちは夕闇の中を並んで帰っていく。この先、何が待っているのかわからないけど、彼女と一緒なら、少しは楽しいかもしれない——そう思える自分がいた。
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