第39話:毒刃使いの暗殺者・ベノン
「いひゃあああぁぁぁぁ……」
どっぽぉーん!
再び山賊野郎が川に落ちた音を聞いて、俺はぐっとこぶしを握る!
ざまあみろ! 爺ちゃんの木刀の威力を見たか!
最初こそ勢いのあった山賊たちだけど、いまじゃ俺たちが押している。なにせ俺たちが迎え撃つ形になったからだ。
一度崩れ始めると、山賊連中はもろかった。もちろん恐ろしく強い奴もいるみたいで、こちら側の苦しげな様子も伝わってくるけれど、こちらが優勢なのは変わらない。山賊連中のなかには、自ら崖から身を躍らせて下の川に飛び込む奴まで現れた。
大勢は決した──そう思ったときだった。
「クソ……ッ! 野郎ども、逃げるんじゃねえ! お宝の山が目の前にあるだろうがよ! オラァッ!」
そいつは一人だけ、鉄の
「おい! 『狂犬のラヴィス』だ! 賞金首だぞ!」
誰かの声に、フレイルの男は「うるせぇ!」と怒鳴り返す。
「オレがやってやるぜ!」
そういって斬り掛かった男は、ラヴィスのフレイルによってしたたかに打ちすえられ、地面に叩きつけられる……!
倒れたところをラヴィスがさらに打ち据えようとするのを見て、俺はとっさに叫んでいた。
「おい! そこのデブ! お前だよ、豚野郎!」
「……なんだと、ガキ」
思った通り、食いついてきた。
「なんだとはなんだ、無様な襲撃なんかしてきて! お前なんかにやられる間抜けなんか、この世にどれくらいいるってんだ! そっちのだっせぇ罠なんか最初っからお見通しだったんだよ! 無い知恵を絞って準備したのに、無意味な労働ゴクローさんだったな、豚野郎!」
「クソガキめ……! なんで罠を見破れた!」
「山賊にしかなれないようなちっぽけな脳みそから絞り出した、急ごしらえの猿知恵なんかに、俺たちが引っかかると思ったか? 甘いんだよ猿知恵野郎!」
もちろん、すべてシェリィのおかげだ。
もしシェリィが警告を発しなかったら、隊商の車列はもっと前進してしまっていただろう。そうなったら最初の一台は、間違いなくあの岩や丸太による攻撃で壊れて立ち往生してしまっていたはずだ。
弓矢の攻撃も、彼女が察知した。上からの襲撃のタイミングもだ。
でも、あえてそれを教えてやる必要なんて一ミリグラムだって無い!
「こ、こ、この、クソガキッ!」
仁王像みたいな顔でフレイルを振り回すと、地面に叩きつける!
「黙って聞いてりゃ、誰がサルだこのガキがァッ!」
「お前が猿だよこの豚っ!」
「ま、また言いやがったな……! いい度胸だ、ヒトをサル呼ばわりしたこと、冥界で後悔させてやる、クソガキめがァッ!」
豚はいいのか、と思わず吹き出すと、奴は「何がおかしいッ!」と叫んだ。
猿でも豚でも何でもいいんだ、人間、怒れば怒るほど冷静さを欠く。平常心を保つことが試合では重要だった。こんな奴に負けてたまるか!
俺は木刀を構える。まわりの冒険者たちも、俺と猿野郎を囲むように、徐々に間合いを詰めてくる。
「木の棒なんか振り回すクソガキめ、今さら泣いて詫びたって聞かねえからな!」
「そっちこそ、フレイルだなんていかにも猿が好きそうな棒切れを振り回してるよな!」
「きっ……きさまァッ!」
フレイルの柄を握りしめた腕を大きく振りかぶった猿野郎が、一気に振り下ろしてくる!
フレイルの危険なところは、遠心力による打撃力と、そして受け止めた後の動きの予測が難しいことだ。爺ちゃんの連節棍は本当に痛かった。受け止めたあとに、先端が木刀に絡みつくように回り込んでくるんだ。やるなら──
ガッ──!
こちらに回り込んでこないように、受けに回らず先手をとる! なによりフレイル相手には、まともに戦わないことが大事だ。連節棍の怖さは爺ちゃんと戦ってよくわかった。
あの予測の難しい動きは、受けずにかわしてしまうのが一番だ。
「くそッ……! 逃げるんじゃねえ! ぶっ殺すぞ!」
「勝手に仕掛けてきたのはそっちだろ、猿野郎! そんなことも思い出せないほど、脳みそが猿並なのか?」
「てンめぇぇええええッ!」
猿野郎はフレイルをむやみな大振りで襲ってくる。確かにくらったら恐ろしい一撃かもしれない。
だが、滅多やたらに振り回す動きなんて、実際に対峙してみると大したことないように思えた。緊張はあっても、意外に恐怖は感じられなかった。やつが怒り狂っている分、こちらが冷静になれたからかもしれない。
「チョロチョロと逃げるんじゃねェッ!」
ブンッ──!
すぐ耳の横をフレイルの先端がかすめる。
だけど間合いもわかってきた。
剣道の県大会──全国大会出場者に比べれば、どうということはないようにすら思える。駄々っ子が腕を振り回してくるようなものだ、とすら思えた。
──こんな奴に負けてられるか!
「殺す! ぶっ殺してやる!」
奴が奇声を上げれば上げるほど、不思議な高揚感に包まれる。
ようやくウォーミングアップが終わったような気分だった。それはまるで、俺が場を支配しているかのような感覚だった。
振り下ろされたフレイルの先を木刀で受け流し、その肩を打つ!
「ぐぅッ……! く、クソがぁッ!」
「隙だらけだぜ、猿野郎!」
「テメェ……殺す! ぶっ殺してやる! どこまでもコケにしやがって、オレ様を誰だと思ってやがる!」
「山賊気取りの山猿野郎だろ!」
「き、き、き、キサマァァァアアア!」
フレイルを振り上げた奴のガラ空きの胴に、木刀をぶち込む!
「ぐぼっ!」
猿野郎が膝をつく。こんなに綺麗に決まるとは思わなかったけど、それにしても革とはいえ鎧を着ている奴にダメージが通るとは。
そういえば、西洋の騎士の鎧は日本の鎧より防御力が高く、剣で傷つけることはまず無理で、だから
爺ちゃんの木刀、意外に行けるかも──そう思ったときだった。
「まぁったく、どこまでも
耳元でささやくような声が聞こえた気がした。反射的にとびすさると、今そこにいた
「おっと、いい勘をしている……ますますしゃらくさいガキだねェ……!」
「お前……まさか!」
「なぁんで死んでねェんだろうねェ……。確かに肩あたりにぶっ刺したはずなんだがねェ……!」
あの夜の男──毒の刃の使い手!
以前の商人のような恰好ではなく、ぼろぼろの、ぞろりと引きずるような服を着ている違いはあるけれど、確かにあのときの奴だと確信する。
「あの男も死んでいない……『
言いながら恐ろしい勢いで跳び込んできたのを、かろうじて横っ飛びにかわす!
俺の後ろにいた運の悪い冒険者を蹴り倒したそいつは、禍々しく刃がうねる短剣を構えた。
「かわすことだけは相変わらずだねェ……。本当に忌々しいガキだよォ……」
「お、おい……こいつは!」
ようやく反応し始めた冒険者たち。
山賊猿が、フレイルを地面に叩きつけて怒鳴った。
「ベノン! てめェ今までナニやってたんだ! おかげでこっちはこんなザマだ!」
だが、ベノンと呼ばれた毒短剣使いの男は、そちらの方をちらと見る様子もない。
「おい、ガキ……。お前、どこの、誰だァ?」
「個人情報だ、言うわけにはいかねえよ」
「はァ……? 暗殺者ごときに名乗る名は無いとでも気取ってンのかァ……?」
襲い掛かった冒険者の攻撃をひらりとかわしながら、不快そうに顔をゆがめるベノン。
「ナメやがって……! ガキ相手に使うのはちっとばかりもったいないが、てめェみてェな鼻につくクソにこそ、コイツを食らわせてやるよ……!」
てらてらと、飴色に輝くうねる刃を見せつけるように顔の前で構える。
再度襲い掛かった冒険者の方を見ることもなくその刃をかわすと、信じられないほど高く振り上げた脚をかかと落としの要領で首に叩きつけて一撃で冒険者を倒す!
気色ばむ冒険者たちをにらみつけるようにしてから、奴は独特の角度で首を曲げるようにしながら、俺をにらんだ。
「さァて……てめェの顔が紫色に腫れあがり一晩で腐れ落ちるザマ、楽しませてもらうぜェ……?」
「そ、そうだ! その生意気なクソガキをぶっ殺せ!」
山賊野郎が叫んだ時だった。
それが、その男の最期になった。
「うるさいよ」
何かを叩きつけるような音が鳴った──そう思った次の瞬間には、首を半分、かっ切られた「かしら」は、信じられないほどの高さに血の噴水を噴き上げて、ゆっくりと倒れてゆく。
「オレに指図するなら、相応のカネを寄こせと言ったろう?」
今、俺を挟んで山賊野郎の反対側にいたはずのベノンは、倒れたそいつの返り血で全身を染めながら、不快そうにその頭を軽く蹴る。
嘘、だろう?
ひとっ跳びで、あそこまで?
「カズマ……といったなァ……。てめェが名乗らなくても、こっちは覚えてンだ。あの屈辱は忘れねェぜェ……!」
……やばい!
俺は腰の
奴の恐るべき跳躍力とその一撃は、前も防ぐだけで精一杯だった。鋼の刃でなければ、あの一撃を防ぐことは難しいはずだ。
「その
バンッ!
何かを地面に叩きつけるような音がした──その瞬間には目の前に迫るベノン!
来る──そう予想していなければ、俺の首はつながっていなかっただろう!
奴が先にあのデブ猿男の首を切っていなければ!
俺の胸を蹴るようにしてひらりとヤツは飛び退くと、行きがけの駄賃とばかりにそばにいた冒険者の頭に、かかと落としを食らわせる!
たまらず崩れ落ちる男、斬りかかる冒険者、それをかわしてさらに俺に飛び掛かるベノム!
「……オレの跳び込みを二度受けてなお立っているとはねェ……。やるじゃないか、あの夜と同じ……。じつに殺しがいがあるねェ、カズマ……!」
「殺されてたまるか……!」
「死ぬんだよ、てめェは、今、ここで」
そのとき、「カズマぁっ! 逃げろ! そいつは危険だ!」という声。
デュクスだ──そう思った瞬間、またしても奴の刃が目の前に迫る!
「あはァ……! あと一手……!」
耳元でささやくかような、奴の声。
甲高い金属音。
鋼の刃が、目の前で、砕け散る……!
「分相応──教えてやるさァ、その意味を、体でなァ……!」
ご主人さま──!
やけに遠くから、シェリィの悲鳴が聞こえた気がした。
再度跳び込んできた奴のうねる刃が、真っすぐこちらに向かっているのが、やけに現実離れしたものとして目に映る。
森の切れ目からわずかに差し込む日の光が、飴色にぬめるその刃を輝かせたとき、奴の刃は俺の盾を貫通し、左腕に突き刺さった。
焼けつくような感触!
骨がガリッときしむ!
「今度こそ、おしまいだァ……!」
胸にすさまじい衝撃を喰らい、吹き飛ぶ感覚。
蹴られた──そう思ったときには、奇妙な浮遊感と共に、俺の体は崖から投げ出されていた。
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