第38話:戦闘開始!崖道の迎撃戦!

「みんな逃げろぉおおおおおおおっ!」


 俺の叫びもむなしく、突然降りかかって来たさまざまな大きさの岩や丸太が、隊商の先頭を進んでいた護衛の冒険者たちを大混乱に陥れる!


「うわあっ! な、なんだこれはっ! 走り抜けろっ!」

「ちくしょうっ! 今までこんなところでなんか……!」

「おい、しっかりしろ! 立て、ここにいたら死ぬぞ!」


 走り抜けて、あるいは引き返して難を逃れる者、騎鳥シェーンに岩が直撃して投げ出される者、……運が悪かったか、岩や混乱する味方と衝突する者。


「ご主人さまっ! かくれて!」


 シェリィの悲鳴のような叫び声。反射的に荷車の影に飛び込むのと同時に、地面に突き立つ数本の矢!

 ゾッとした、もしシェリィの悲鳴がなかったら、あの矢のどれかを喰らっていたかもしれない……!


「隠れろ! 弓矢だ! 攻撃されている!」


 カッ! トン、ドン……ガッ!


 次々に矢が荷車に突き立つ!


 ヒュカッ!

 目の前に突き立った矢を見て、慌てて騎鳥シェーンから飛び降りると、シェリィを抱き抱えて彼女に覆い被さるように姿勢を低くする!


「ご、ご主人、さま?」

「動くな! できるだけ低い姿勢でいるんだ!」


 シェリィのふかふかの金の髪が顔をくすぐるが、それがかえって彼女を守れているのだ、という気持ちになれて、彼女の小柄な体をぎゅっと抱きしめた。

 あちらこちらで上がる悲鳴に奥歯をかみしめる。悔しいけど、今出て行っても、いい的になるだけだろう。

 襲撃者の方だって同士討ちは避けたいはず、この矢を打ち尽くしたところで本格的に襲撃してくるはずだ!


「みんな姿勢を低くしろ! 動ける者は荷車の下!」


 顔を上げて叫んだこめかみをかすめるように、矢が地面に突き立つ!


「ご、ご主人さま、血、血のにおい……!」

「かすっただけだ、なんともない! ──みんな、姿勢を低くしろ! 動ける者は荷車の下!」


 ヒュドッ! カッ! ガカッ!


 いつまで続くのか、断続的に射撃が続く。一部、弓で反撃する者もいるみたいだけど、ほとんどやられっぱなしみたいだった。上の様子を見ようと顔を出そうとしたとき、隣に滑り込んできた男が騎鳥シェーンから飛び降りてきた。


「カズマ、ここにいたか!」


 デュクスだった。肩当てに矢が突き立っている!


「なぁに、かすり傷だ。お前さんも無事のようだな。──それより、お前さんの言った通りになっちまったな、なんで気づいた?」

「シェリィが教えてくれたんだ、全部」

「そういえば、草とか土のにおいって言ってたな」


 デュクスが頭をかきながら笑ってみせる。


「人間が動けば草を踏む、罠のために土を掘り返せばそのにおいが立つ……なるほど、そういうことか」


 おチビちゃんの警告通りだったってことか、と、デュクスは顔をしかめながら肩の矢を抜くと、矢をへし折った。


「デュクス、なにがかすり傷だよ! 大怪我してるじゃないか!」

「気にするな。たかが矢の一本だ。これだけ大量の矢だと、毒を塗る余裕もないだろう。……それより、攻撃が止んだようだ。いよいよ仕掛けてくるぞ!」


 他の冒険者たちも物陰から出てきたようだった。

 くそっ、返り討ちにしてやる!


「シェリィ、どこからくるか、分かるか?」


 上から襲ってくると見せかけて、崖下に潜んでいるかもしれない。そう思って聞いてみたが、シェリィは怯えたように首を振った。


「上にいる──うごいて、ないよ……?」

「動いてない……?」

「上でなにかしてる……でも、上から、うごいてない……」

「上じゃなかったら、下とか?」

「下、きっと、だれもいない……」


 シェリィがひどく不安げな顔で、耳を忙しなく動かしている。だけど言うのは、「動いていない」だ。

 上で何かをしている、でも攻めてくる様子はない……?

 矢だけ射かけて、何もしない? そんなこと、あるだろうか。


 ……世界史の先生が言っていた、恐るべき話を思い出す!


『ドレスデン空襲──あれは連合軍による、ドイツへの単なる憂さ晴らし……人道に対する挑戦だ』


「みんな隠れろぉおおおおおおっ!」


 全力で叫ぶ!

 一斉に誰もが驚いてこちらを見た。とっさに反応して物陰に隠れた人もいた。

 そこに、シェリィの「ご主人さま、にげてぇっ!」という悲鳴が重なる!


「うわあっ!」

「クソっ、またかよ!」


 再び降ってくる矢の雨、あちこちで起こる悲鳴!

 襲撃側はこれを狙っていたんだ!

 みんなが、攻撃が終わったと思い込んで物陰から出てくるところを!


「クソがッ! なんてヤツらだ! こっちが出てくるのを待って、もう一度射かけてきやがるだと⁉︎」


 デュクスが兜を被り直しながら叫んだ。


「カズマ、なんで分かったんだ!」

「歴史的事実から!」

「なんだとッ⁉︎」


 世界史の先生の話だ。

 第二次世界大戦時、イギリス軍とアメリカ軍が、戦略的価値のほとんどないドイツのドレスデンの街の「人々」を焼き尽くすためにとった無差別爆撃──ドレスデン空襲!

 爆弾による第一次攻撃の後で、攻撃が終わったと思って外に出てきたドレスデンの市民や他都市からの難民をわざと狙って、第二次攻撃以後の焼夷弾による火災旋風で焼き殺した、あのやり方と同じだったんだ。


「た、すけ、て……」


 また一人、倒れる! 鎧を着ていない──おそらく商人か、その使用人! それが、すぐ目の前で……!

 助けに行ったら俺も狙われる、まず確実に……!


 ……だけど、ああ、もう……ちくしょう!


 チャラ男のナンパから女の子を助けたらこの世界に落っこちてきた間抜け、それが俺だろう⁉

 危険は今さらだ! 「義を見てせざるは勇無きなり」、いま俺がやらずに誰があの人を助けるんだよ!


 大きく息を吸って飛び出す!

 矢が足元に突き立つ! 肩をかすめる!


「ご主人さまっ⁉︎」

「カズマ⁉︎ バカヤロウ、お前……!」


 悲鳴を背中に感じながら、俺は倒れている人に向かって必死に足を動かした。

 だけど、わずか十メートルもないはずなのに、あまりにも遠く感じる!

 粘りつく空気をかき分けるようにそばに駆け寄ると、俺は手を引っ張った。


「おい、立てるか!」

「いっ……むり……!」


 か細い声に、俺は奥歯をかみしめて、その人を必死に肩に担ぐ。 

 ──が、重い! 嘘だろ、人間ってこんなに重かったのか⁉︎

 だけどここに倒れていたら、殺されてしまう!


 いま首をかすめた矢の音よりも、この人の体に何本も突き立っている矢のことが心配だった。致命傷じゃありませんようにっ!


「この底抜けのお人好しがっ!」


 不意に怒鳴られたと思ったら、デュクスだった。もう片方の肩を担ぐと、「行くぞ!」と一気に走り始める!


「カズマ、てめぇは自分の心配をしろっ!」

「だってほっとけないだろ! 冒険者じゃないんだ、この人は!」

「そういう問題じゃねえ!」


 怒鳴られながらも、かろうじて荷車の陰に引っ張り込む。

 一息ついたところで、シェリィに飛びつかれて泣かれた。


「ごめんなさい! ボク、行けなかった……こわくて、お役に立てなかった……! ごめんなさい、ごめんなさい……!」

「チビ、お前さんは悪くねえ。悪いのはこのバ・カ・ヤ・ロ・ウだ」

「いたいいたい……!」


 デュクスに頭をぐりぐりと押さえつけられる。


「結果的に一人、引っ張ってこれたがな。もしお前さんに矢が当たってたら、死体がもう一つ増えていたんだぞ!」

「結果的に一人、助けられたんだからいいだろ! それより怪我の手当てを!」

「今、そんな時か!」


 さらにデュクスに頭をはたかれる。痛い!


「矢傷ってのは、抜いたあとの方が傷口が広がって出血する。お前さんの仕事はなんだ? とりあえずコイツはこのまま転がしておけ。そのほうがいい。──おい、お前。生きてるかい?」


 デュクスの言葉に、その人は顔を歪めながら、ゆるゆると手を挙げてみせた。

 とりあえず意識はある! 心底ホッとする。


 するとシェリィが、耳をぱたぱたと動かして上を向いた。

 ……まさか!


「ご主人さま、足音がくる! 上からっ!」


 その言葉の意味など、一つしかない!


「シェリィ、上だけか⁉︎ 下からはないんだな⁉︎」

「足音もなんにも聞こえないよ!」

「分かった! デュクス、本隊がくる! 上からだ!」

「やっとか! ──敵襲! 上からくるぞ、備えろ! 怪我人は荷車へ! 急げ!」 

 デュクスとともに荷車の陰から飛び出した俺は、剣を抜いて走る!

 崖の上からは、見た目もバラバラな、粗末な防具を身につけた男たちが滑り降りてくるのが見えた。よくもやってくれたな、今度こそ返り討ちにしてやる!




「ちくしょう、冒険者どもめ! なんでテメェら……!」

「かしら、話が違う! コイツら、あんなに射かけたのに全然……ぎゃあっ!」


 激しい戦いになった。奴らは、俺たちがもっと被害に遭っているものと思ったらしい。


「なんで、なんでテメェらの方が待ち伏せしてんだよっ!」

「それは秘密です──ってやつだ!」


 言いながら思いっきり木刀をフルスイング!


 「おぐっ!」


 さすが爺ちゃんの木刀だ! 背中をぶん殴られた山賊野郎が、木刀の素晴らしき重量と遠心力の威力で崖の向こうに吹っ飛んでいく!

 しばらくしてドボォン、と間抜けな水音。ざまあみろ!


「ちくしょう、なんなんだテメェは!」

「俺はただの通りすがりの高校生、遠野カズマだっ!」


 兜をかぶってる奴に容赦なく面をぶち込んで、俺は叫ぶ。


「と、通りすがりがこんなバカみたいな棍棒、振り回してるわけねえだろっ!」

「ここにいるだろ! あと棍棒じゃなくて木刀だっ!」

「そんなバカげた木刀があるわけ──ぶぎゅっ!」


 またしても崖の空中にぶっ飛ぶ山賊!

 いいことするって、気分がいいぜ!

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