第34話:おいしいと言ってくれたら
◆◇────・ ⚔ ・────◇◆
「カオスの
「とにかく、それで世界の歪みを正せと?」
まるで第二次世界大戦の旧日本軍のような格好で、長い鉄砲を持っている男が、静かに尋ねた。
うなずく
「よっしゃあああっ! いいね、オレそういうの待ってたんだ! 神様からチートって奴をくれるんだろ? やるやる、絶対やる!」
ひどく乗り気な少年に対して、だらしないスウェット姿の女性は、「……めんどくさ」と一言漏らすだけだった。軍人の男は直立不動のまま、静かに答える。
「……あいにくだが、ご免被る。私はいち帝国軍人に過ぎぬ。……いや、軍服を脱いだとて、私は一介の農学者に過ぎぬ。御国のため、百姓が飢えぬよう働く所存だ。世界の歪みの矯正など、私の手に余る。どうか元の部隊に戻してくれ、戦友たちが待っているはずだ」
しかし、
どうあっても、俺たちはもう、行くしかないのだろう。
──眼下に見える、地球に似た、別の世界に。
◆◇────・ ⚔ ・────◇◆
訳の分からない感覚に襲われて、叫びながら目を覚ます。
ちょうど俺を起こしに来たらしい若い冒険者は、引きつった顔で交代を告げる。
なんだろう、アトラクションで落下する瞬間のような感覚が、目を覚ましたはずなのに残っている。
眠気はすっかり消し飛んでいた。ただ、夢の内容もすっかり消し飛んでいた。
俺は、両の頬をひっぱたいて気合を入れると、見張りに立った。
月が三つ、夜空に浮かんでいるのは、何度見ても、この世界が地球ではないということを強く意識させる。美しいと思う反面、俺はこの世界から帰れるのだろうか、という不安が湧いてくる。
けれど、こればっかりはどうしようもない。いずれ帰れる、と思うしかない。まずは今を全力で生きるしかない。
『勝てるか勝てないか、そんなことを思い悩むなぞ無駄だ。お前の目の前にいる相手を、敬意をもって全力でド突き倒すことだけを考えろ』
爺ちゃんの言葉が頭をよぎる。腰に
……やっぱり、このスタイルがしっくりと来る。爺ちゃんにしごかれた日々が懐かしい。
「剣術なんてどうでもいいから、剣道を教えてくれよ」と、あの頃は真剣に思っていた。下段攻撃で足をぶんなぐってきて、痛みに悶絶する俺を小手でさらに痛い目に遭わせてきた。実に凶悪なスパルタじじいだった。なんなら足払いと称してキックすらしてきた。こんなの剣道じゃねえ、と何度奥歯をかみしめただろう。
でも、それが本来の「戦う」ということだったのだと、この世界に放り出されて実感した。
巨大な熊をはじめとした魔獣や野生の動物との戦い、デュクスの変幻自在の剣術、そして昨夜のトリッキーな襲撃者。
剣道の戦いは、「同じ
でも、というか、だからこそ、というべきか。
身に染み付いた剣道の所作を、今になって演じてみる。
ブンッ──
ブンッ──
この世界に来てやっぱり思うのは、この木刀が妙に軽く感じることだ。何なら片手で振れるくらいに。
不思議な感覚だ。剣道部の仲間から「竜殺し」だの「バスターソード」だの「まな板ブレード」だの呼ばれてきた、ヘビー級に重いこの木刀が、今は俺の手の延長のように、実に軽快に振ることができている。
「……お前、その棍棒、飾りじゃなくて本当に振り回せるのかよ」
あきれた様子で、冒険者の一人が俺を見ている。
「その細い腕で、なんでそんなことができるんだ?」
「……慣れ、かな?」
「慣れで片付けるんじゃねえよ」
さらにあきれられた。
だけどそんなことを言われても、俺は爺ちゃんにこの木刀を渡されて以来、ずっとこれで鍛錬してきたのだから、これが俺の日常なんだ。この世界に来てから、妙に軽く感じるだけで。
しばらく素振りをしていると、体が温まってきて、つい演武をしたくなる。声は出さず、木刀を振り上げ、地面に対し斜め45度の構え──からの一、二、三歩進めて一気に振り下ろす。
「見たことのねえ仕草だな。それは何流だ?」
「
正直に答えると、男は首をかしげた。
「……ニフォウ……なんだって?」
「なんでもない、言ってみただけ」
「なんだ、我流かよ」
やっぱり日本ってのは無いんだな、と思い知らされる。分かってはいたけれど。
気を取り直して演武を進めて、五本目に入った所だった。
視界の隅に、いつのまにか入っていた、金色の髪の少女。
……シェリィだった。
演武を中断して手を振ると、シェリィはためらいがちにこちらにやってきた。
「ご主人さま……」
呼んだはいいけれど、何から話せばいいか思いつかず、けれど何かを話さなきゃならないって思って、とっさに、今日の夕食は隊商の女性たちに交じって彼女も一緒に作った、ということを思い出して、まずはそのことを聞いてみる。
「あ、……ああ。……『お仕事』は、もう、終わったのか? その、後片付けとか」
「うん……。ご主人さまこそ、もう、いいの?」
「俺か? うん、まあ……。暇潰しにやっていただけだから」
恐る恐る、といった様子で上目遣いに俺を見ている彼女。
そんな彼女にどう声をかけたらいいか、言葉に詰まる俺。
「え、ええと……た、大変だったな」
「ううん……」
シェリィは、静かに首を振る。
「いろんなこと、いっぱい、教えてもらえて……。ボク、うれしかったの」
「……そっか。よかったな」
「う、うん」
話がすぐに終わってしまう。
こういうとき、どんなことを話せばいいんだろう!
「そ、そうだ。シェリィは料理って、今まで作ったことなかったのか?」
オバチャンたちが、確かそんなようなことを言っていた気がする。そんな彼女が、オバチャンたちに教えてもらいながら一緒に作ったのだとしたら……。
「う、うん……。ご主人さまが、おいしいって、言ってくれたらって、……」
「ああ、あれか? ……ええと」
「……おいしく、なかった?」
うつむいたまま、か細い声で聞いてくるシェリィ。
「いや、別に美味しくなかったってわけじゃないさ。ただ、黒パンの味にはまだ慣れてないってだけで……あ、いや! 美味しかった! うん、俺は『美味しく』いただいたぞ!」
だんだん表情がが暗くなっていく彼女に、俺は慌てて言い直す。
「ほ、ほら、芋も柔らかかったし、味もしみてて美味しかった! ちょっとデカかったけど──ええと! デカくて食いでがあって、美味かった! シェリィが俺のために作ってくれたんだなって思ったらうれしかったし、余計に美味かった! ホントだぞ!」
俺は焦ってシェリィの顔色をうかがいながら、なんとかして彼女を笑顔にしたくて、とにかく「美味かった」を連呼した。言い終えてから、自分の食レポの貧相ぶりに泣けてくるくらいだったけどな。
シェリィはうつむいたままだった。
「……シェリィ?」
よくないと思いつつ、そっとかがんで顔をのぞくと、うれしいのか恥ずかしいのか、なんだかよく分からない顔を、真っ赤に染めている。
「……ええと、シェリィ?」
シェリィは、俺がかがんで顔をのぞき込んでいることにようやく気付いたのか、「ぴゃいっ⁉」と叫んで飛び退く。
「あ、ご、ごめん……! おどかしちゃったな……悪かった」
「あ、い、いえ、その……ボク、あの……!」
そのまま再びお互いに沈黙してしまい──はかったかのように同時に互いの顔を見合わせてしまって、どちらからともなく、笑い合った。
久しぶりに、笑顔を見た気分だった。
その笑顔を、ずっと見ていたいと思った。
「なんだ、今の叫び声は!」
昨日の今日だからだろう、周りから冒険者たちが殺到したものだから、「なんでもない!」と、慌てて何事もなかった顔を作らなきゃならないハメになったけど。
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