第22話:追剥狼のつがいとシェリィ
「シェリィ! 悪い、俺がミスった! もう大丈夫だ、ここからは俺が何とかする!」
次いで、背中越しにアバルに向かって叫ぶ。
「アバルさん! 強い酒はありますか! できればスピリッツみたいな蒸留酒!」
「
「それをシェリィの怪我にかけてやってください! 頼みます!」
「なんだと⁉ 獣人にか⁉」
「頼みます!」
言い終わる前に、片目の狼が飛びかかってくる!
「やらせねえよっ!」
ためらうことなく振り下ろした一撃が、奴の肩あたりを打ち据える!
「ギャウンッ!」
地面に叩きつけられたそいつは、素早く体をひねって俺から距離を取った。だけど逃げる様子は見せない。うなり声を上げ、弧を描くように移動しながら、距離を徐々に詰めてくる。
「くそっ、さっさと逃げてくれよ……! デュクス! こいつら、ある程度ぶん殴れば、追跡モードになってこっちの疲弊を狙うようになるんじゃなかったのか? いったい、どうなってるんだ!」
俺の叫びに、デュクスが笑いながら答える。
「群れの主がやたらと好戦的なヤツなのかもな! なに、そういうこともある!」
「はずれクジを引いちゃったってことか⁉」
「なあに、当たりも当たり、大当たりってことだろうよ!」
そんな当たり、いらねえよっ!
俺の焦りが伝わったのだろうか。片目狼が再び飛びかかってくる! 胴を払う要領でぶん殴ると、悲鳴を上げて地面を何度かバウンドするように転げていく。
なのに、それでもすぐに立ち上がって向かってくる! 一体、何度こいつは立ち上がって来るんだよ! 話が違うじゃないか! 全然諦めてくれそうにないぞ!
「なんで逃げないんだ! どう考えてもお前、もうボロボロだろうが!」
左前脚をかばうようにしながら、それでも飛びかかってくる片目狼に、俺は胸に痛みすら感じながら、それでも木刀を振るい続けるしかなかった。俺が木刀を振るうのをやめたら、シェリィやアバルに被害が及ぶ! そんなこと、絶対にさせるわけにはいかないんだ!
「カズマ! そっちにデカい個体はいないか!」
背後から、デュクスの声が聞こえる。
「デカい個体、ですか⁉」
「どうもこちらは小物ばかりだ……おそらくそっちに群れの主がいる! だが、オレとてヤツらに背を向けるわけにはいかん、そんなことをしたら一度に襲撃されるに決まっているからな!」
デュクスの言葉に、俺は「片目の奴がいます!」と声を張り上げる。
「そうか! だったら、お前のそばにメスの狼はいないか!」
「メスの狼だって? メスかどうかなんて、そんなの分からないよ!」
「じゃあ、お前の近くに倒した狼はいないか!」
問われて、すぐそばの木の根元に倒れている狼に目をやった。
さっき、シェリィに襲い掛かっていた二頭をまとめてぶっ飛ばした時の、木にぶつかって動かなくなった奴だ。
「狼ならいる! 今は倒れてて動かない!」
「死んでいるか⁉」
「分からないって! 確認する暇なんて無いんだから!」
今だって、言われて倒れている奴に近づこうとしたら、ものすごいうなり声を上げて片目狼が襲い掛かってきたんだ。俺が木刀の先を向けても止まらない。ぶん殴っても、すぐにまた立ち上がるんだ。
倒れている狼が動かない、それは間違いないけど、死んでいるかどうかなんて、確かめようがないんだよ!
「だったらおそらく、その倒れているヤツこそが、連中の狙いだ。カズマ、そいつを群れに返してやれ!」
「返す? どういうことだよ!」
「狼のつがいは、一度成立したら一生変わらないと聞いたことがある! 群れの主は、自分のつがいをお前さんから奪い返そうとしているんじゃないか⁉」
え、狼ってそういう生き物なのか⁉
驚く俺に、デュクスの声がさらに続く。
「とにかく、お前がそのメスのそばから離れろ! もしかしたら、本当にそいつを取り返そうとしているのかもしれん! ひとまず様子を見るんだ!」
「わ、分かった!」
返事はしたものの、もし、倒れている狼に関係なく、狼たちが単に俺たちを喰うために襲って来ているだけなんだとしたら、それはシェリィやアバルたちを危険にさらすことになる。
俺はあえてもう一度、木の根元で倒れている狼の方に近づいてみた。すると片目の狼が、牙をむき出して狂ったように襲い掛かってくる!
デュクスの言った通りみたいだった。この片目の狼は、おそらくこの倒れている狼を守ろうとしているんだろう。
「シェリィ!」
俺はあるひらめきを胸に、シェリィに呼び掛けた。
「なに、ご主人さま!」
「獣人のお前に聞きたいことがある! お前、狼の言葉とか気持ちって分かるか⁉」
「わかんない!」
即答された。まあ、そうだよな。人間だって、チンパンジーと遺伝子が 99%も一致するからって、チンパンジーの言葉や考えが分かるわけでもないし。
「……分かった! ただ、この片目の狼は、そこに倒れてる狼とつがいかもしれないって話だ!」
「うん、わかる! つがい!」
それを聞いて、腰が砕けそうになる。
「……そ、そうなのか⁉ ていうか、なんで分かるんだ⁉」
「におい、おなじ! どっちも同じにおい、つけてる!」
シェリィの言葉を聞いて、俺はもっと早く彼女に聞くべきだったと、真剣に考えてしまった。だからといって、狼の夫婦が一生同じ、ということは知らなかったわけだから、何かが違っていたはずもないんだけど。
「……分かった! じゃあシェリィ、アバルさんを連れてデュクスの方に行ってくれ!」
「ぼ、ボク、ご主人さまのおそばが……!」
「聞き分けてくれ!」
振り返らず怒鳴る俺に、何かを感じてくれたんだろう。シェリィはアバルとともに移動を始めたようだった。俺も、二人に合わせて後退する。
木の根元に倒れている狼から距離を置くと、片目の狼は俺たちと倒れている狼を何度も見比べるようにしながら、徐々に歩き始めた。俺の木刀の間合いが十分に離れたのを見て確かめるようにすると、片目の狼は素早く倒れている狼に駆け寄った。
フンフンと、あちこちの匂いを確かめるようにしてから、倒れている狼の顔を舐める。
俺が一歩、近づこうとすると、とたんに片目狼は牙をむき出してうなり始める。こいつはやっぱり、この倒れていた狼を守ろうとしていたらしい。距離を置くと、うなるのをやめて、じっと俺を見つめてくる。
確かに、シェリィに対してつがいで襲い掛かったお前たちを、常識はずれの木刀でぶん殴ったのは俺だ。警戒して当然だろう。
俺たちを自分たちの餌にしようとしたくせに、自分のつがいには必死なのが伝わってきた。まあ、そんなものなんだろうけどさ。
するとシェリィが、そっと俺のそばから一歩、前に踏み出した。
片目狼は牙を剥いてうなり始める。
シェリィはそこから動かず、じっと片目狼を見つめていた。
片目狼は、俺たちを──もしかしたらシェリィを、かもしれないが──にらみつけるようにして、うなり続けていた。
だけど、倒れていた狼が、目を覚ましたように顔を上げると、シェリィと片目狼とを何度も見比べるようにして、そして片目狼に何かささやきかけるような、そんな仕草を繰り返した。すると、片目狼は何かを聞き入れたかのように、しばらくすると片目狼の逆立っていた毛が治まっていく。
やがて片目狼は顔を上げると、断続的に、遠吠えのようでいて遠吠えでないような鳴き声を上げ始めた。
それを数回続けると、体を横たえている狼の首をくわえるようにして起き上がらせた。倒れていた狼は、それでふらふらと立ち上がる。
片目狼は、よたよたと歩き始めたつがいを見つめ、それからしばらくシェリィと俺を交互にじっと見つめていた。やがて、何度もこちらを振り返りながら、森の奥に消えていった。
「……シェリィ、あの狼と、なにか通じたことがあったのか?」
念のために聞いてみたけど、シェリィは「わかんない!」と笑顔で答えた。それでも、あの狼たちが、シェリィと無言の「何か」をかわしていたのは肌で感じた。シェリィも獣人族として森で暮らしていたのだから、彼女が言葉にしづらいだけで、何かがあってもおかしくないのかもしれない。
「カズマ、うまくいったのか? こっちの狼たちも、姿を消したぞ」
「うまくいったかどうかはわからない。だけど、あんたの言った通りだったみたいだ。シェリィも言っていた、あの狼たちはつがいだって」
「やれやれ……。たまには噂を信じてみるのも一興だな」
デュクスは苦笑いを浮かべてみせる。頭を抱えるようにして地面に伏せていたアバルが、信じられないといった顔で立ち上がった。
「
「冒険者稼業をやってきてそれなりのオレだが、オレにもワケが分からん。噂は本当だったのかもしれんが、今回はたまたま上手くいった、と考えた方が無難だな」
大人二人が首をかしげているのだから、俺に何が分かるわけでもない。でも、とりあえず助かったことだけは間違いないみたいだ。
「デュクス、これからどうすればいいんだ?」
「これから、か……?」
デュクスは、少し考えたあと、アバルに問いかけた。
「どうする? アバルの旦那。続けるかい? それとも──」
「当然、続けるさ。予定通り、帰還は明日の夕方だ。そのためにお前たちを雇ったんだからな」
「……だそうだ、カズマ。喜べ、任務続行だ。とりあえず、あそこに落ちているお前さんの剣を拾ってこい」
デュクスが笑ってみせる。
これが商魂、カネは命より重いという奴か!
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