第21話:この木刀こそが俺の得物だ
「カズマ! 背中の木刀を下ろせ! 体を軽くしろ!」
デュクスに言われたけど、俺は「大丈夫!」と答えて下ろさなかった。俺にとって、背中の木刀はお守りみたいなものだ。
「ご主人さま、近づいてきてる」
「……一番近いのは?」
「そこの木のうら……じゃない! ご主人さまの後ろ!」
耳を動かしたシェリィが悲鳴を上げる!
「後ろ⁉︎」
俺が咄嗟に振り返るのと、ゴールデンレトリバーくらいの大きさの「何か」が飛びかかってくるのが、ほぼ同時だった!
「くそっ、目の前の奴らは
咄嗟に剣を鍔迫り合いの形に持って行こうとしてしまったあたり、自分の剣道の癖が染み付いていることを実感する。気がついた時には、体当たりを喰らって倒れていた。
だけど、左腕にくくりつけた盾にかじりついたそいつは、次の瞬間には首を狙って噛みついてくる!
「ぐぅっ……! ちくしょう、離れろっ!」
「ご主人さまっ!」
シェリィが横から飛びかかると、狼野郎はさっと離れて距離を取る。もしシェリィがいなかったら、俺はどうなっていたか!
「カズマ! 無事か!」
デュクスが、襲いかかった二頭の狼を一刀の元に薙ぎ払いながら声をかけてくる。
「大丈夫! ちょっと転んだだけで……」
「バカヤロウ! すぐに体勢を立て直せないってだけで重大事態なんだよ! お前の仕事は戦うことじゃねえ、人を守ることだ! 本質を見失うな、さっさと立て!」
「は、はいっ!」
デュクスに怒鳴られて、俺は歯を食いしばって立ち上がる。そうだ、俺の仕事はアバルさんの護衛! 戦って勝つことじゃない!
「シェリィ、すまん! ありがとう!」
ピンチを救ってくれたシェリィに礼を言うと、「わふんっ!」とうれしそうな返事が返ってきた。ひとまず、距離を取った狼に向けて剣を向ける。
じりじりとにじり寄ってくる狼。デュクスの方も、同じらしい。すると、ガサガサッと音がして、何かが回り込んでくるのが聞こえた。
「カズマっ! そっちに二頭、行った! 同時に来るぞ!」
「二頭⁉︎ まさか三頭同時に……⁉︎」
「カズマ、構えろ!」
デュクスの言葉の直後、茂みの中から躍り出るように二頭の狼が飛び出す! それと同時に、さっき俺に襲いかかった奴も、別角度から!
「くそったれめ!」
迎え打とうとして、またしてもつい、両手で剣を持とうとしてしまう。木刀と違って長さの足りない
「ご主人さまっ!」
シェリィが、一頭の首筋めがけて食らいついたのが、視界の端に見えた。だけどそのシェリィに、もう一頭の狼が食いつく!
「シェリィっ⁉︎ くそっ! 離しやがれ!」
「ガルルルッ!」
激しく食いついてこようとするケダモノの剣の
「シェリィっ!」
必死に飛び起きると、シェリィを組み敷いている二頭の狼に剣を突き出す!
シェリィに噛みつこうとしていた奴は、さっと飛び退いた。だけどシェリィがその首に噛み付いている片目の奴は、奴自身もシェリィの方に噛みついていて離れない!
「てめえっ! シェリィから離れろっ!」
シェリィの肩に食いついているその顔めがけて剣を突き出すと、俺は信じられないものを見せられることになった。
ガキッ!
俺の剣に噛みつきやがったんだ、そいつは!
一瞬、時が止まったかのようだった。
「カズマぁっ! ボケてんじゃねえっ!」
「ご主人さまっ!」
デュクスの怒声、そしてシェリィの悲鳴がなかったら、俺は、直後に襲いかかってきた二頭の狼にやられていただろう!
思わず剣を手放して飛び退いたその目の前を、二頭の狼が牙を剥いて飛び込んでくる!
しまった、と思ったが、もう遅い。丸腰になってしまったけど、そのまま剣を奪い返そうと躍起になっていたら、間違いなく二頭の狼に食いつかれていた。
「くそっ! 三体で襲いかかってくるなんて卑怯だろ!」
思わず口走るけれど、自分が甘かったのは百も承知だ。
ちくしょう、まさかこんなことになるなんて。
首尾よく仕事を片付けて、胸を張って帰ることばかり考えていた、行きの道中の自分を殴りつけてやりたい。自分が死ぬかもしれないなんて、全然考えていなかった自分の、お気楽ぶりに腹が立つ!
なんとかして剣を取り戻さないと戦えない!
デュクスは守れたらいい、と言っていたけれど、今のままの俺じゃ、守ろうにも守れない!
狼どもは、じりじりと俺たちに近づいてくる。
「キャインッ!」
背後から聞こえてくる悲鳴。デュクスは確実にそちらを守ってくれている。だったら、デュクスの背中は──ひいては依頼主は、俺が守らなきゃだめなんだ!
「ガオウッ!」
今度は一頭が飛びかかってくる!
「くそったれ!」
左手の盾を構えてぶん殴るけど、狼の奴は即座に姿勢を変えて、すぐに飛びかかってくる!
「あっちいけぇっ!」
シェリィが飛びかかるけど、狼の奴はそれをかわして逆にシェリィに飛びかかる!
「シェリィ──ッ! くそっ、邪魔だ、どけ──ぐうっ⁉︎」
盾越しにとはいえ、大型犬と同じくらいの体格のタックルを食らって、俺は無様に吹っ飛んだ。茂みに突っ込んでしまったところに、俺の首を狙ってか、さらに飛び乗ってくる!
「小僧! 逃げろっ!」
アバルの叫びが聞こえた、そんな気がした。
「カズマァッ! 何してる、立てェッ!」
デュクスの声が悲痛に響いたのを、かすかに聞いたような気がした。
くそっ……くそぉっ!
俺が、せめてもっと剣に慣れていたら!
もっと緊張感をもって、この場に臨んでいたら!
狼の生臭い息が、飛び散る唾液が、俺を喰らおうとする意思が、むき出しになってぶつけられる。
食われる……死ぬ⁉︎
あの冒険者たちみたいに……!
その時だった。
「いやあっ! ご主人さまっ──キャウン!」
シェリィの悲鳴をどこか遠くで聞いたような、そんな気がした。
──シェリィっ‼︎
「キャインキャインッ……!」
吹き飛んだ狼が地面を転がりながら上げた悲鳴を聞きながら、俺は、大地を踏みしめて立ち上がる。
これだ、この感触だ。
片手半とか、鋼鉄とか、そんなものよりも、この手に馴染む、ずっしりとした感触。
俺に食らいつこうとした狼をぶっ飛ばし、ブンッ、と空気を切り裂くうなりを上げた、愛用の木刀!
「シェリィっ!」
狼二頭にのしかかられ、食いつかれているシェリィ。彼女がいなかったら、俺の方に三頭がまとめて襲いかかってきたはずだ!
「女の子相手に二人がかりで襲いかかってんじゃねえよ、この変態クソ狼ども!」
地面に叩きつけた足が派手な音を立てた次の瞬間、全力で振り抜いた木刀が、まとめてクソ狼どもをぶっ飛ばす!
「ギャウンッ!」
ぶっ飛ばした二頭のうち、一頭は木に叩きつけられて動かなくなった。もう一頭は地面を転がっていく。
「シェリィ! 大丈夫か!」
駆け寄ると、シェリィは歯を食いしばるようにしながら、「ボク、大丈夫……」とだけ答える。大丈夫なわけあるか! 噛みつかれたんだろう、腕にこんなに酷い怪我をして!
俺は木刀を握りしめ、あらためて狼どもに向き直る!
「シェリィ! 悪い、俺がミスった! もう大丈夫だ、ここからは俺が何とかする!」
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