第20話:薬草採集も命がけの仕事で

 冒険者ギルドの朝は、やたらと活気がある。朝、街の中央付近の尖塔では鐘がなり響くんだけど、その鐘の音と共に、依頼が公開されるからだ。


 人気があるのは、やはり実入りのいい「魔獣の討伐」案件。金属で補強された鎧を身にまとった歴戦の猛者らしい冒険者たちが、依頼書を奪い合うように剥がしていく。薬草などの採集も、それなりに人気のようだ。こちらは、俺のような革製の鎧を着ているような人たちが多いように見える。


「カズマ、さっさと選ばねえと、有利な条件の案件はどんどんなくなっていくぜ?」


 ……いや、文字が読めないんだ。


 いまさら気づいたんだけど、俺って、どうしてこの世界の言葉が「理解できる」んだろう! よく聞いたら日本語じゃないんだ。でも、何をしゃべっているのかは理解できてしまう。

 それなのに、文字は本当に、何が書いてあるか分からない。読み上げてもらわなきゃ分からないんだ。もちろん、書くこともできない。一体、俺の身に何が起きているんだろうか。


「そういえばお前さん、記憶が無いんだったな。ひょっとして、文字も読めないのか?」


 掲示板の前でまごついていた俺を見て、デュクスが声をかけてきた。


「ええと……。文字が書いてある、というのは分かるんだけど、まるで知らない国の知らない字を見ているみたいで……」


 ……嘘は言ってないぞ、嘘は! むしろド直球の正直なセリフだ!


「そりゃまた難儀なことだな」


 デュクスは苦笑いすると、掲示板にピン留めされた依頼のいくつかを読み上げてくれた。


「……そうだな。カズマ、こいつなんかどうだ」


 そう言って彼が提案したのは、山に分け入っての薬草採集の護衛だった。


「……怪物の討伐じゃないんだな。というか、山での薬草採集の護衛?」

「討伐任務ってのは、お前さんにはまだ早い。こういうのから下積みをするのがいいんだよ。というより、お前さん、どうして護衛が求められるのか、分からんのか?」

「え? それは……強盗対策……じゃないな、ええと……」

「お前さん、あの村で何と戦ったんだ?」


 デュクスの言葉に続けるように、シェリィが俺を見上げて言う。


「森に行くなら、気をつけなきゃいけないケモノ、いっぱい」


 言われてやっと気がついた。

 討伐依頼が出されるほど強力なモンスターでなくたって、普通の薬草採りの人にとっては、熊とか猪とか狼とか、そういう動物だって危険な相手なんだ。

 もちろん、薬草採りの人たちも、それなりに自衛の策は持っているだろう。だけど、それでも護衛をつけたくなるということは、それなりに危険な動物が出現するおそれがあるってことだ。

 ……それは、俺にとっても危険なんだけれど。


「もちろん、そういった危険に出くわさない可能性もある。それでも、経験者の動きを見て学ぶことはいろいろあるさ。どうだ、やってみるか?」

「経験者?」

「オレに決まってるだろう?」


 デュクスはそう言って、笑いながら俺の背中をぶっ叩いた。




「そんな子供で大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない」


 俺たちを胡散臭そうに見るのは、大きなリュックサックを担いだ、50代くらいの男だった。名をアバルというそうだ。本当はいつも頼む用心棒の男がいるらしいのだが、先日、猪に襲われて大怪我を負ったため、今回は冒険者ギルドに依頼を出したらしい。


「オレはデュクス。こいつはカズマだ。まだ見習いだが、剣の腕は悪くない。冒険者ギルドの誇りにかけて、仕事をやりきると誓おう」

「……じゃあ、そこのチビは何だ?」

「そいつはカズマのおまけだ。獣人だからな、耳や鼻が利く。山ではきっと役に立つだろう」


 シェリィ、おまけ扱いだよ!

 でも彼女はうれしそうに、俺の腕に頬をこすりつけてみせる。

 それを見て、かえって不安そうな顔をするアバル。


「……そうか。まあいい。そこの子供二人はともかく、あんたは当てになりそうだ。よろしく頼む」


 俺は全然、当てにされていないらしい。まあ、実績が無いんだから仕方がない。できれば狼とかを仕留めて、顔と名前を売りたい!




 俺たちは、アバルの乗る騎鳥シェーンを挟むようにして、デュクス、アバル、そして俺という順で山道を往く。アバルは頻繁にこの山に薬草を採集しに来るらしく、一切の迷いなく獣道を進んでは、ともすれば見落としそうなポイントで草を摘んで回る。


「こいつはウラジロだ。すり傷に、揉み潰して汁を塗りつけると早く治りやすい」


 そう言って、採ったばかりの草の、ギザギザの葉っぱの裏側を見せてくれた。


「見ろ、裏が白いだろう。だからウラジロだ。似た草はいくつかあるが、このふわふわの毛が生えているかどうかが見分ける鍵だ。新鮮なのが一番だが、すりつぶして汁を蒸留酒に溶かしておくことで、塗り薬になる」


 最初のうち、広域警戒はデュクスが担当し、俺はアバルのそばについて、彼が黙々と採集する様子を見守っていた。


 最初はほとんど会話もなく、俺が「その草は何ですか?」「今の、どうして捨ててしまったんですか?」「どうして全部採らないんですか?」などと聞いても、最初は「そんなことも知らんのか」などと塩対応だった。


 けれどそのうち、ぶっきらぼうに「小僧、見てみろ」などと教えてくれるようになった。


 薬草なんてゲームのテキストやアイコンでしか知らないから、「へえ、すごい!」「詳しいですね!」「こんなコケにそんな効果があるんですね!」などといちいち感心していた。

 すると、採集した薬草の特徴や薬効、間違えやすい別の草など、いろいろなことを教えてくれるようになった。


「こいつはロカイという。このぶ厚い葉の皮をめくってみろ。そう、その水っぽい部分を傷に当てれば、傷や火傷が早く治りやすくなる。疥癬かいせんにも効くと言われているな。すりつぶして煎じて飲めば、胃腸の働きを整えてくれる」


「こいつはトリボウシだ。青紫の綺麗な花をつけるが、心臓の毒になる。扱いを間違えると、自分が命を落とすから気をつけろ」


 現代日本では、薬といえば錠剤かカプセルだ。もらったものをそのまま飲めばいい。でも、昔はこうやって、自然に生きる中で知恵を働かせて、傷口に葉っぱを当てたり汁を塗ったり、すりつぶして飲んだりと、工夫していたんだな。


「薬効の高いものは、トゲが生えていたり苦かったりするものがある。薬も毒も、そういったものを一つ一つ確かめてきた先人の知恵の塊なんだ」

「棘……じゃあアバルさん、これなんかは──」

「うわああっ! 触るな馬鹿野郎! そいつはリュウゴロシだ!」


 すごい勢いで怒鳴られて、触りそうになっていた低木から思わず手を引く。


「リュウゴロシ?」

「いかにもなトゲトゲを見て分からんか! その棘には目に見えないほど細かい棘が無数にあって、一度刺されたら三ヶ月は死ぬほど腫れ上がって、二年間は生きているのを後悔するほどの痛みに襲われ続けるんだぞ!」


 ヒェッ⁉︎

 そんな恐ろしい毒草もあるのかよ!


 アバルの怒声を聞いて、デュクスが苦笑する。


「薬草採集は楽な仕事だって思われてるけどな。実はこういう、毒草を毒草と知らずに被害に遭う冒険者は後を絶たないんだ。余計なモノには手を触れない、その注意力のないヤツから順に、死んでいく」


 死ぬのかよ!

 薬草採集のクエストで、死ぬのかよ!


「絶壁に生えるようなものもあるからな。薬草採集だって、死と隣り合わせだ。小銭稼ぎとバカにしたもんじゃないぜ」


 以後気を付けますっ!




 興味深い薬草採集の時間が過ぎていき、昼食を終えた頃だった。


「ご主人さま、イヤなにおいがするの」


 シェリィが鼻を鳴らし、耳をせわしなくパタパタとさせたあと、森の奥に向けた。

 

「カズマ、気付いたか?」


 デュクスも、俺に目配せをする。

 知ったかぶってもどうせ後で恥をかくものだから、俺は正直に「今、シェリィに教えてもらって気づいた」と答える。


「正直なのは美徳だが、早く気付ける自分になれよ」


 デュクスは笑いながら、腕の折りたたみ式のクロスボウの準備を始める。


追剥狼ベナトループだ。だいぶ詰められてる」

「ベナトループ?」

「タチの悪い狼だ。一度付け狙い始めた獲物を、縄張りを越えても追いかけてくる、厄介なヤツさ。風下から近づかれた、油断したよ」

「え、じゃあそれって……」


 シェリィが背を低くして、うなり声を上げ始める。


「アバル! こっちに来い! 厄介者が来た」


 デュクスの言葉に、地面に這いつくばってコケを慎重にむしっていたアバルが、慌てたようにコケを集め始める。


「戦闘準備だ。カズマはアバルのそばを離れるな。それから、嬢ちゃんも不用意に飛び出させるなよ。同士討ちには、なりたくあるまい?」


 腕のクロスボウを準備しながら、不敵な笑みを浮かべた。


「……分かった。シェリィ、俺のそばを離れるなよ」

「うん、ご主人さまのおそばにいる」


 俺は、腰の片手半剣バスタードソードを抜く。まさかこんなに早く実戦で使うことになるとは思わなかった。


「いいか。深追いはしなくていい。ヤツらを追うのは不毛だ。まずは追い払う。見せしめに数頭ほど斬れば、ヤツらはこちらの疲弊を狙って、積極的には打って出なくなるはずだ。とにかく追い払うことに専念しろ」


 デュクスの言葉に、俺はうなずいて剣を構えた。


「斬ってしまっても構わないんだろう?」


 俺の言葉に、デュクスは「その意気だ。頼りにしてるぜ、相棒」と笑う。

 シェリィの視線は、森の奥からぶれない。つまり敵は森の奥から、俺たちを狙っているということだ。


 ──よし、やってやる!

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