第15話:スリと腐った警吏に鉄槌を
「やめろ! その子を放せ!」
男に向かって怒鳴りながら、俺は背負っていた木刀を抜き放つ!
「ふざけんな、クソが! 離さねえのはこのガキで……!」
言いかけた男が、俺の方を見てあんぐりと口を開ける。
「な、なんだぁ⁉ 天下の往来で棍棒振り上げやがって!」
「根棒じゃない、木刀だ!」
「ざっけんな! そんな木刀があってたまるか、寝言ぬかすその口に大根ぶち込んで煮込み殺すぞこのクソガキ! ……ッて、いてェッ! 噛みつくんじゃねえ、このケダモノがッ!」
「ご主人さまからとったの、返せっ!」
シェリィが男の腕に噛み付いている。その手には、見覚えのある皮袋が握られていた。……俺が、小銭入れとして使うことにした皮袋!
「お前、スリだったんだな!」
「うるせえっ! くそっ、ぶっ殺すぞ!」
男が左手に握った短剣をシェリィに向けようとするのを感じて、俺は一気に踏み込んで小手を打つ!
「ぐあッ……⁉︎」
男が、打たれた手から短剣を取り落とすのと同時に、シェリィが右手にさらに噛み付く!
「て、てめェらァッ!」
「ご主人さまの、返せっ!」
そのまま皮袋をくわえたシェリィが、男の顔面を蹴り飛ばすように空中に身を躍らせる!
「オレを踏み台に……⁉︎」
そのまま俺の方に飛び込んできたシェリィは、俺の後ろに隠れるように回り込んできた。
「シェリィ、よくやった!」
「わふぅ!」
うれしそうに俺を見上げて、しっぽをぶんぶん振り回すシェリィの頭をわしわしとなでたあと、すぐに男に向き直って木刀を構える!
「く、クソガキどもめッ!」
「人から財布をスリ取っておきながら『クソガキ』はないだろ、ずいぶんみっともない大人だな!」
「そんな棍棒を軽々と振り回すなんて誰が想像できるかよ、この化け物が!」
「棍棒じゃない、木刀だ!」
「うるせえッ! その棍棒に火をつけて
「やらせるか!」
俺が木刀を素振りしてみせると、男は「チッ……!」と舌打ちをしてひらりとかわす。「てめぇ、どうしても死にてぇようだな!」と、短剣をもう一本、腰から抜いてみせる。
ところが、俺とは別の方をちらっと見たと思ったら、「面倒くせぇヤツが来やがった」とさらに舌打ちをした。「……おいクソガキ、覚えてろッ!」と叫んで、俺たちを囲んでいた野次馬を掻き分けるように逃げていく……!
「あっ、……待て!」
慌てて追いかけようとしたところだった。「待て小僧! 貴様だな、棍棒を振り回して暴れているガキってのは!」と、後ろから肩をつかまれる!
「な、なんだよ、おっさん! 俺はあいつを追いかけないと……!」
「本官をおっさんだと! 貴様、
褐色の革のコートに身を包んだ、でっぷりと太った男が、顔を歪ませて鼻息荒く声を荒げる。
周りからヒソヒソと、「あの子供、気の毒に……」「またあの豚野郎、手柄欲しさに難癖つけてるよ……」という声が聞こえてくる。
「クソガキめ、こっちに来い! どこの田舎から来たか知らんが、
「俺は自分の財布を取り返しただけです、暴れてなんていない!」
いくらなんでも、濡れ衣を黙って着せられてたまるものか! 俺は泥棒野郎が逃げた方を指差して怒鳴った。
「あっちに、俺の財布を盗もうとした奴が逃げたんです! そいつを捕まえればいいでしょう!」
「うるさい! そんなもの、盗まれるようなたるんだ根性をしとる貴様が悪いだろうが! そんなことより棍棒を持って振り回しているだけで、街の治安を乱しとるのは一目瞭然! 生意気な言い訳をしおって、今すぐ牢にぶち込んでやる!」
言うが早いか、このクソ野郎、持っていた黒い棒で俺の肩をぶん殴ったんだ!
「ご主人さまっ⁉ ……ボクのご主人さまになにすんだっ!」
悲鳴を上げたシェリィが、クソ野郎に飛び掛かる!
「ぶぎゃっ⁉」
顔を引っかかれたクソ野郎が悲鳴を上げ、棍棒を振り回す!
「き、き、き、貴様あああっ! 」
「おまえなんか大っ嫌い!」
シェリィが再び飛び掛かろうとするのを見て、俺は慌てて彼女に飛びつく!
「やめるんだ、シェリィっ!」
「ひゃうっ⁉」
かろうじて彼女を推し倒すようにして、なんとか止めることに成功した。この世界は、獣人の扱いがまともじゃなさそうなんだ。だったら、何かあったら酷い目に遭うのはシェリィの方だ。このクソ野郎に因縁をつけられるのは、俺だけでいい!
「ぐぅ……! こ、このケダモノめ! 小僧、
そう言って、手に握った細い棒を振り上げるクソ豚野郎!
「シェリィ、伏せろっ!」
とっさにシェリィの上に覆い被さるように倒れていた俺の背中を、奴のムチが打ちすえる! 派手な音がして、やたらめったらひりつく痛みが背中に走る!
「ご、ご主人さま……⁉︎」
「だい、じょう、ぶ!」
目を見開くシェリィに、俺はあえて笑いかけた。それにしても、最初に俺を殴った棍棒の他にそんなものを持ち歩いてるなんて、このクソ豚野郎! 根っからのサド豚だったってことかよ!
「フン、小僧! 飼い犬のために身を挺するとは見上げた根性だが、ワシはそこのケダモノを打つまでは手を止めんからな!」
何度もぶん殴られて、思わずうめき声が出る度に、シェリィが悲鳴を上げる。
奴は自分のことを
悔しくて、でもシェリィを安心させたくて、俺は無理やりに笑ってみせる。
「シェリィは、大丈夫、か?」
「ぼ、ボクよりご主人さまが……!」
「へへ……。爺ちゃんとの稽古じゃ、防具無しに、竹刀でぶっ叩かれてきたんだ、これくらいは慣れてる……。平気、だ……!」
「ぼ、ボクの、ボクのせいで……!」
涙ぐむシェリィの頭を抱えるように抱きしめ、歯を食いしばる。
「大丈夫だ、俺は大丈夫……!」
「無駄口を叩きおって! もっとムチが欲しいらしいな!」
ヒュッ──奴のムチがうなりを上げた時だった。
何かをつかむような鈍い音がして、「ぬぎゃっ!」と奇妙な悲鳴が聞こえた。
「ポルカス、偉くなったもんだなあ。こんな天下の往来で、鞭打ちだと?」
聞き覚えのある声!
俺は歯を食いしばるようにして、声の方を見た。
そこには、クソ豚野郎の腕をねじり上げている、高身長の男──デュクスだった。
「デュ、デュクス、貴様ッ……!」
「ポルカス。オレは心底、感心したぜぇ? 横にばかり広がっていくだけで肝っ玉はハナクソみたいにちっぽけだったお前さんが、ついに我らがギルドに喧嘩を売ることができるほど、肝が座るオトコになったんだなあ、ってよ」
「ひッ……!」
「『一人はみんなのために、みんなは一人のために』……どこのどんなギルドでも第一の合言葉だ。ポルカス、お前さんがその意味、知らねえ訳ねえよな?」
「そ、それがなんだと……!」
「ましてオレたちは
クソ豚男がのけぞりながら後ずさるのを、デュクスがさらに詰める。
俺が背中の痛みを堪えながら身を起こすと、シェリィが飛びついてきて、大声で泣き始めた。
飛びつかれた衝撃で背中に激烈な痛みが走る! だけど女の子に泣きつかれてる時に痛いなんて、カッコ悪いこと言えるかよ──歯を食いしばって必死に耐える!
「ごめんなさい、ごめんなさい……! ボクのせいで、こんな……!」
「シェリィはなんにも悪くないだろ?」
頭をなでてやりながらデュクスたちを見上げると、デュクスが、クソ豚野郎の襟首をつかみ上げるところだった。
「ま、まま、待てっ! 冒険者だと⁉︎ 知らん、知らんぞそんな話! だいいち、冒険者の外套も身に纏っていないこんなガキが……」
「カズマ、無様な姿を見せるな。オレを打ち負かした男だろう? 冒険者らしいしぶとさを見せてみろ」
「な、なんだと? こんなガキが、冒険者⁉︎ しかも、デュクスを打ち負かしただと……⁉︎ ば、バカな! ありえんッ!」
「さて、オレらに手を出した『バカな』
デュクスが、まるで額がつきそうなほど背を丸くして、クソ豚野郎を睨みつける。
「き、貴様! だったら冒険者ギルドを脳みそまで筋肉な不穏分子の集まりだと、今すぐ取り締まって……」
「あ? できるもんならやってみやがれ。その時はギルドの総力を挙げた全面戦争だからな? 『脳みそまで筋肉』な輩を敵に回す意味、たっぷりと教えてやるぜぇ?」
そう言って、デュクスは「よく耐えたな、カズマ」と手を差し伸べてくる。その手を借りてなんとか立ち上がると、木刀を突き付けてクソ豚野郎をにらみつけた。
「……あんたがやるべきことは、スリを捕まえることだろ!」
「こ、小僧の分際で何を生意気な……!」
クソ豚野郎が言いかけたとき、俺の背後から、誰かが「……そうだ、小僧の言う通りスリをまず捕まえろ!」と声を上げた。
「そうだそうだ!」
「
クソ豚野郎は「だ、誰だ! 本官を侮辱するとただじゃ済まんぞ!」とヒステリックに叫んだけど、その直後、奴の足元にトマトのような野菜が投げつけられた。糾弾するような声も、徐々に声が大きくなってくる。
「街の治安を守るんだろ! 行けよ!」
俺の言葉に応じるように、シェリィも牙を剥くようにして「ウウ〰︎〰︎ッ!」とうなってみせる。クソ豚野郎は「……貴様ら、小僧にケダモノの分際で……!」と歯ぎしりをすると、ムチを俺に向けながら叫んだ。
「本官は……い、忙しいのだ! また巡回に来るからな、今度だ! 今度暴れておったら即、しょっぴくからそう思え!」
そう言い捨てると、クソ豚野郎は市場の人たちのヤジを受けながら、背を丸めるようにして、スリが逃げた方とは正反対のほうに逃げていく。
「やったな、小僧!」
「大丈夫かい、背中は痛くないかい?」
「ボウズ、胸がスッとしたぜ! これでも食って養生しろよ!」
クソ豚野郎を追い払うようにして、歓声を上げる人たち。よほどあの男は嫌われていたんだろう。因果応報って奴だな、思い知ったか!
ガッツポーズをすると、背中が引きつれて傷みが走る。顔をゆがめたら、シェリィが今にも泣きだしそうな顔になってすがり付いてきた。
「ごしゅじんさま……ボクのせいで……!」
「シェリィのせいじゃないって。財布を取り戻してくれたし、俺より早く、あの野郎に怒ってくれたじゃないか」
頭をなでると、びくんとしっぽを跳ね上げるようにして背筋を伸ばすシェリィ。たちまち顔が真っ赤になっていく。
「あ、あの、……だって、ボクは、ご主人さまの……」
何か言いかけたシェリィだけど、その声はデュクスにかき消されてしまった。
「まったく、次から次へと! カズマ、お前さんは本当に大した野郎だぜ!」
痛い痛い!
バシバシ背中を叩かないでくれっ! ムチでぶっ叩かれたところが痛いんだよ!
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