第11話:迷いを断ち切る力の勝利!
俺は、まだ左腕に痺れが残る腕で、もう一度、木刀を握り直す。
せめて一太刀──やってやる!
そんな俺を見るデュクスの目は、何か楽しみを見つけた子供のよう──そんなふうに感じた。
デュクスには敵わない。そりゃそうだ、「腰から下は無効」の剣道と違って、あちらは純粋にこちらを戦闘不能にする手段をいくつも持っているのだから。
これは「剣道」じゃない。
爺ちゃんから学んだ「剣術」だ。
デュクスの笑みが、爛漫な笑顔から、獣のような野生的なものに変わる。
「今の目も悪くない。カズマ、今ので実力差は理解できただろう? そろそろ、例の化け物を撃退したその剣を見せてくれ。お前の牙を剥き出しにしろ」
デュクスの構えが、それまでのどこかリラックスしたような姿勢から、背中を丸めつつ、まっすぐ刃をこちらに向け、いつでも突きを放てる──猫科の猛獣を思わせるスタイルに変わる。
──これがデュクスの本気……殺意か!
いつでも相手を貫く獰猛な意志を、ひしひしと感じる。
正眼に構えた木刀を握る手が、じっとりと汗を含む。
──爺ちゃん。
こんな異世界に来ちまったけど、でも俺、爺ちゃんから教わったチカラで、まだなんとか生きている。
まずは一本取るんだ。爺ちゃんに鍛えてもらったチカラは本物だと──俺が未熟なだけで、爺ちゃんの剣は確かに本物だったと証明するために。
「ほう、面構えが変わったな」
あの時──不思議な力がみなぎった、あの怪物退治の夜。
今は違う。己の
獣退治の経験が、剣道経験が、本物の剣士に通じると思い込み謙虚さを失っていた自分自身への、戒めとしての言葉。
しっかりと握りしめた木刀を、正眼に構える。小細工は無し。一番慣れた戦い方で、俺の全てをぶつけるのだ。
「じゃあ、今度は遠慮なく、こちらからいくぜ。カズマ、お前さんの本気、見せてみろ」
瞬時に伸びてくる突き!
閃いた勘に従い、剣を弾くように「返し胴」!
「甘い」
ガッ──読んでいたかのように太刀筋に木剣を割り込ませて防ぐデュクス!
そうくると思っていた! 素早く振り返ると構え直して一気に踏み込む!
「ぐっ──やるねえ……!」
笑みを浮かべるデュクスに、体当たりするように
カァン! 素早く太刀筋を読まれて弾かれる! やはり簡単には一本を奪えない──だけど今度は防御に構えられた腕めがけて小手!
カッ、ガッ──! こちらの手は大振りになりがち、懐に入られたら不利──だけどそれを恐れていては、デュクスには勝てない! 未熟な分は手数で押す!
ガキッ! ねじ込まれた剣先を、刀身で強引に防いでそのまま押し上げ飛び退きながら胴を狙う!
──カァン! 鋭い音がして、デュクスの木剣が俺の斬撃をしのぐ!
「実にいいねえ。さっきまでとは随分違うじゃないか……!」
デュクスが笑みを浮かべる。だが彼は、俺と打ち合う中で「初めて」両手で木剣を支えて、俺の一撃をしのいでみせた。
一本目は汗のひとつもかかず、髪の乱れのひとつも無く、全てを片手でいなしたデュクスが、だ。
こちらも、不思議と息が上がっているようなことはない。俺の手に吸い付くように馴染んだ木刀は、この世界に来てから、まるで俺の手の延長であるかのように感じられる。あれほど重かったはずの素振り用の木刀が──いや、今だってもちろん重いけれど、妙に軽く感じるんだ。
どこまでも打ち合えそうな、そんな高揚感。だけど、このままではいずれ技量に劣る俺が不利になるのは明らかだ。
そろそろ決める──木刀を握り直す。
デュクスの方も、俺のそんな気持ちに気づいたらしい。
構えが、変わる。まっすぐに剣先を俺に向け、腰を低く落とし、バネを溜めるかのような体勢になる。目からそれまでの笑みが消え、氷のように冷え切っている。
──彼も次の一撃で、決める気だ。
ごくりと、唾を飲み込む。
いつの間にか、ギャラリーのヤジが消えていた。
──だったら、これが最後だ。
静かだったギャラリーから、かすかなざわめき。
剣道では、自分より上級者に対して使うと不敬とまで言われる、上段の構え。
防御よりも神速の打突を旨とする、超攻撃的な構え──!
「爺ちゃん……チカラをくれ! ──己の迷いを断ち切る、
叫びながら踏み込み、全力で木刀を振り下ろす!
「っ──!」
デュクスが木剣を、木刀の斬撃を受け流すように構えた時だった。
俺の木刀が突如、青い光に包まれる!
そのまま、デュクスの木剣に叩きつけられた瞬間──
青い稲妻のような光が、激しく飛び散る!
「何が……⁉︎」
デュクスの短い叫び声。
仕掛けた俺もその衝撃に耐えられず吹っ飛ばされて、かろうじて受け身を取る。
その青い稲妻は一瞬のことだった。
デュクスもしばらく、木刀を受け止めた姿勢のまま動けずにいたようだったけど、自身の木剣を見て、苦笑いをして肩をすくめてみせた。
デュクスの木剣は、
彼の頬には、飛び散った木剣の破片によるものだろうか。赤い筋一本、走っている。
誰も彼も、声が出なかった。
俺自身、何が起こったのか分からなかった。
それを破ったのは、シェリィだった。
「ご主人さまあっ!」
ギャラリーを跳び越えるようにシェリィが飛び付いてきて、俺を押し倒す。
「ご主人さま、今度はやっつけたよね! でも、おけがしてる! 痛くない? シェリィがなめてあげる!」
言うが早いか、ぺろぺろと顔を舐め回してくる。顔に怪我をしているという自覚は無かったけど、たしかに舐められた場所はくすぐったさと同時にピリッと来る痛みがあったから、きっとデュクスのように、おそらく砕け散った木剣の破片で切れたんだろう。
人前で顔を舐め回されるのは恥ずかしくて困ったけれど、それだけ心配をかけてしまったってことなのかもしれない。少しの間だけ──そう思ってしたいようにさせていると、デュクスが近づいてきて、しゃがみ込んで笑った。
「まさか、模擬戦で武具破壊を仕掛けてくるとはな」
「い、いや、そういうつもりはなかったんだけど……」
「ほう? そういうつもりもなく、相手の武具を破壊か。これまた恐ろしい逸材を見つけちまったもんだ」
ようやく、事態が飲み込めてきたのだろうか。ギャラリーの方から、「おい、いったい今のはなんだんだ……?」「嘘だろ、あの小僧がデュクスの剣を折った?」「まさか、法術……?」などとどよめきの声が上がり始める。
「ははっ、剣を粉砕されちまっては、戦いようがないな。これは一本取られた」
デュクスの快活な笑い声が、中庭にいつまでも響く。
ようやく状況を飲み込めたギャラリーたち。
「おいぃっ! デュクス、てめえよくも負けやがったなぁっ!」
「バッカやろぉ! てめぇカネ返せぇぇぇっ!」
「メリィちゃんがぁぁっ! 今夜のメリィちゃんとの夜の予定がぁぁぁっ!」
……なんとも醜い阿鼻叫喚の怒号があふれ出す。
「そういえばお前さん、アレに賭けさせていたんだっけか」
デュクスが、シェリィを指差して聞いてきた。そういえばそうだった。
「はっはっは! これは二重の意味でやられたな! 勝負に負けて、賭けにも負けた! すがすがしい夜だぜ、まったく!」
デュクスはそう言って、賭けを始めた男のところに行く。なにやら恫喝まがいのことを笑顔でしばらく繰り返したあと、賭けを始めた男はがっくりとうなだれた様子で、集まった掛け金の分配を始めた。
といっても、賭けに勝ったのはわずか二人。その二人が、掛けた金額に応じた割合で、コインの山を分けられた。
こうして、俺が勝ったことでニコニコのシェリィと、もう一人のホクホク顔の爺さんの前には、恨みがましい数々の声を背景にコインが積み上げられたのだった。
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