第10話:冒険者デュクスとの戦い②
スキンヘッドスケベオヤジから木剣と、革のプロテクターのようなものを借りた俺は、デュクスと練習で何合か打ち合ってみた。
だけど最初は、てんで話にならなかった。本当に木剣か? っていうくらい、デュクスの剣先がしなやかに揺れるんだよ! 以前、オリンピックの中継でフェンシングの試合を見たことがあったけど、あんな感じに変幻自在にうねるんだ。冗談みたいな、柔らかな動き。
オレの方はというと、片手用の木剣をつい両手で持とうとしてしまったり、あっさり足を打ち据えられたり。「剣道」じゃ腰から下は狙われないから、そういったところの意識の低さも、自分の甘さだとはっきり分かった。実戦じゃ、足は無効とか、そんなこと、あるはずがないもんな。
最初は盛り上がっていたギャラリーも、すぐに興味をなくした奴らもいて、俺とデュクスの力量差がいかに大きいかを思い知らされた。
途中でシェリィが乱入してきて、「ボクのご主人さまをいじめるなっ!」なんてやるものだから、それを「喧嘩でもなければいじめでもない」と納得させるのに少し時間がかかって、余計にシラケてしまったみたいだった。
「さて、肩慣らしはこの程度でいいだろう」
デュクスが、壁に立てかけていた木刀を手に取ると、俺に渡してくる。
「カズマ。お前さん、その木剣に慣れてないんだろう? お前さんはこの木刀が獲物なんだ。これで戦わなきゃ、お前さんの力とは言えないからな」
興味をなくしかけていたギャラリーが、俺の木刀を見てざわめいたのが分かった。「なんだあれは、柱か?」「あれが木刀? 棍棒の間違いだろ?」などという声が聞こえてくる。
そんな声を無視して、俺は正眼に構えると一度、二度と素振りをしてみせる。ああ、今日も、いつもより軽く感じる。というよりこの世界に来てから、この木刀が妙に軽いのだ。
「両手剣……だと?」
馴染みある木刀を手にすると、ギャラリーからはヒソヒソといぶかる声が聞こえてきた。
「お、おい……あの小僧、木刀とはいえ、あんな馬鹿デカい得物を本気で振り回す気か?」
「そんなこと、できるわけがないだろ。勝てないと踏んで、少しでも間合いを取れるようにしたいだけさ」
「ガキってのは見栄を張りたがるからな。しかもあの太さだ、素振りだけで精一杯だろうぜ」
「盾の持てない両手剣なんて、魔獣どもを相手にするには無理があるからな。ヒト相手の剣術ごっこが関の山だ。冒険者としてならしてきたデュクスに敵うはずがねえ」
たちまち、賭けの対象が、「俺が勝てるかどうか」から、「俺がデュクスから一本奪えるかどうか」に変わる。相変わらずデュクスのほうが圧倒的に人気のようだ。というか、俺の木刀を見て、かえって負けると確信を深めたみたいだ。
「……騒がしい連中だ」
デュクスが苦笑する。それには俺も同感だ。
「勝負は三本先取……と言いたいところだが、カズマ。お前の体捌きを見れば、素人に毛が生えたくらいの腕前ってことくらいは分かる。そこでだ、オレが三本取る前に一本でも取ったら、お前の勝ちということにしてやろう」
デュクスが、ニヤリと凄んでみせる。
……負けたくない。
俺は今、真剣にそう思った。
ハンディキャップを与えられて勝つ──そんな勝ち方で満足したくない。
負けなら負けでいい。潔く負けて、戦い方を学ぶだけだ。
「いや、一本勝負で行こう。いざ尋常に勝負だ、デュクス」
「ほう……? 舐められたもんだな。剣の長さが違うからって、それで勝機を見出したつもりか?」
「そうじゃない。ただ……」
俺は、木刀を正眼に構える。
「今の俺が、剣士としてどこまで通じるのか、試してみたいだけだよ」
俺の言葉に、デュクスが肩をすくめてみせる。
「そういう堅苦しい生き方ってのは、人生をつまらなくするぜ? じゃあ、あらためて提案だ。オレが二本、お前さんが一本取れば勝ち。これでどうだ。コイツは余興なんだ、見せ場の一つも欲しいだろ?」
「分かった……。じゃあ、それで頼む!」
改めて木刀を構え直す。正眼──体をまっすぐにデュクスに相対させ、木刀もまっすぐ相手に向けた、攻防一体の構えだ。
対してデュクスは、片手用の木剣を軽く持つようにし、剣を持たない左半身を奥に傾けるようにした姿勢だ。俺から見ても表面積の少ない、合理的な構え。フェンシングに詳しいわけじゃないけど、あんな感じの構え方だ。
俺たちは無言で対峙した。窓から漏れてくる室内の明かりに照らし出される、デュクスの顔。さっきまでは、どこかとらえどころのない、真剣みのない緩んだ表情をしていたのに、今はひどく精悍で、不敵な面構えをしているように見える。
一見、リラックスしているように見える構えも、そこから繰り出される変幻自在の剣先は、恐ろしく素早く、かつ的確な一撃を繰り出してくるのは、さっき味わった。
一方で、剣道が下段攻撃──足への攻撃を全く想定していないというのも、さっき痛感した。腰や太もも、
そう。キックまでしてきた爺ちゃんのシゴキこそが本来の意味で正しかったのだと、今さら痛感する。爺ちゃんのシゴキ、剣道ならぬ「剣術」こそが「本物」だったんだと。
そして、さっきの「練習」と称した打ち合いでそれに気づかせてくれたデュクスにも感謝だ。俺が少しでも対等に戦える土台を、あえて作ってくれたのだから。
「じゃあ、カズマ。そろそろ始めようか」
「お願いします!」
俺が叫ぶと、「ご主人さまーっ! がんばってーっ!」という、可愛らしい声が飛んでくる。ギャラリーがゲラゲラと笑いながら、それをネタに
だけど、シェリィは俺の奮闘を期待してくれているんだ。それに応えるために、俺は木刀を握り直す。
俺だってあの熊の化け物を撃退できたんだ、無様な負け方なんてできるものか!
ギャラリーの声が大きくなる。「やっと始まるのかよ。そんな小僧、とっとと揉んじまえ」「小僧相手だからって手を抜くんじゃねえぞ」「デュクス、負けたら承知しねえからな」など、シェリィ以外、俺への声援が皆無なのがいっそ清々しい。
デュクスの持つ木剣は、長さがおよそ70センチメートル。俺の木刀は3.8尺、つまりおよそ115センチメートル。リーチだけなら俺が有利だ。
だけど俺の木刀は重量がある。あの曲芸のような、しなやかで素早い太刀筋には、スピードでとても対抗できない。一瞬でも振り遅れて懐に入られたら負けだ。間合いを取りながら突きで勝負をかける!
「やあッ!」
「おっと」
最初の一撃──牽制の意味も込めて繰り出した突きを、デュクスは片手用の細い木剣で軽くいなす。俺の木刀の方が重量があるから、その勢いで押し切れる──なんてうまくいくようなことはない。やっぱり彼は強いのだ。
「なんだ、本気で来ねえのか? だったらこちらからいくぜ?」
重量がある分、スピードで敵わない相手に防戦するなんて、どう考えても勝ち筋が見えない。俺は歯を食いしばり、一気に畳み掛ける!
カッ! カンッ! ガッ!
「ふん、よっ、ほっ……カズマ、お前さん、意外と
俺の打突を涼しい顔でいなしながら、デュクスが笑みを浮かべる。
「型にまっすぐハマったお坊ちゃん剣術かと思ったが、意外に柔軟だ。お前さんの師は、どうやら優秀な剣士だったらしい」
「そりゃ……どうもッ!」
「だが……そう、それだ。今の一撃もだ。お前さんはまっすぐすぎる。どうも型からまだ抜け出せていないな。だが、だからこそ面白い」
ひらりとかわすデュクス! 気合と共に小手を狙うが、その一撃も巧みな木剣さばきで
「そうだ。今の一打はよかった。
そう言いながら、俺の打突を軽くいなし、弾いてみせる!
くそっ! これでもあの化け物をぶっ飛ばすことができたはずなのに、あんな細い木剣にはじかれるなんて!
カンッ! ガッ──ガカッ!
「その棍棒まがいの木刀をそこまで振り回せる、お前さんの
「だったら──!」
「だから甘いと言っているだろ?」
カァンッ!
もう、相手が防具をつけていないなんて考える余裕は無くなっていた。いつまでも間合いをとった逃げ腰の戦いでは勝てない──全力で踏み込んで胴を打ったはずだった。
それなのに、片手の木剣で弾かれる……!
「まず、一本──」
互いの体が交差する瞬間、俺の一撃を防いだその流れのままに、デュクスの木剣が俺の左ひじを打ち据える!
「ぐぅっ……!」
電気が走るような強烈な痛みと痺れに、俺は思わず木刀を取り落としてしまった。木刀が持てない……こんな無様な姿を晒すのは久しぶりだ!
「誘われていることに気づいて、それでもあえて胴を狙ってきたのは好感が持てるが、突きではなく、なぜ大振りに薙ぎ払うことを選んだ? お前さんの流派なのかもしれないが、一撃必殺にこだわりすぎだ。だからこうなる」
デュクスの疑問に、返す言葉が見当たらない。胴に突き──そんなこと、考えたこともなかった。
ギャラリーからは、遊びすぎだ、一撃でさっさと決めろとヤジが飛ぶ。誰も彼も、デュクスが勝つことが大前提のヤジばかりだ。
「どうする、カズマ。もう一度やるか? それとも潔く敗北を認めるか?」
デュクスの言葉に、腹が立つ。
彼に腹が立つんじゃない。
野生の動物に通じたからといって、デュクスにも自分の剣が通じると、どこかで期待をしていた自分の馬鹿さ加減に対してだ。
「いや、もう一度。諦めるのは、俺の性分じゃない」
「引き際を見極めることも肝心だぞ。だが──」
デュクスが、笑みを浮かべた。
「カズマ。そういう生き方、オレは嫌いじゃない」
「そりゃどうも……爺ちゃんに習った剣くらいしか、誇れるものがないからな!」
俺は、まだ左腕に痺れが残る腕で、もう一度、木刀を握り直す。
せめて一太刀──やってやる!
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