第9話:冒険者デュクスとの戦い①
「で? この、自分の名も読み書きできねえような小僧を、ギルドに加えろと?」
冒険者ギルド、その受付のようなカウンターに座っていたのは、胡散臭そうな目で俺を見る、スキンヘッドの浅黒いおっさんだった。
デュクスから簡単に紹介された俺は、実に面倒くさそうに紙みたいなものを突き付けられた。草の皮を交互に重ねて作った、薄っぺらいそれに、名前を書くように言われたんだ。
それを、実に面倒くさそうに。いや、仲間であっても簡単に信用しないからこそ、受付としてふさわしいのかもしれない。
もちろん、名前は書いたさ! 当たり前だろ!
『遠野 一真』
……漢字でな!
もちろん、スキンヘッド親父はもちろん、その場にいた奴らの誰も読めなかったけどな。
「だが、そこの獣人の小娘はえらく
訂正。
ただの怠慢なスケベ野郎だった。
「ふうううっ!」
シェリィが牙を剥いて唸る。だが、直後にその頭をデュクスが問答無用でぶん殴った。「うぐうううう……!」と頭を押さえたシェリィを冷淡に見下ろしながら、「おい飼い主。ソレの躾がなってないぞ」と棒読み口調で俺をとがめる。
俺こそ食ってかかろうとしただけに、俺はハッとしてシェリィに下がるように言った。「だ、だって、ご主人さまのこと……!」とシェリィは目尻に涙を滲ませたけれど、街の門をくぐって早々に問題を起こすような奴の加入を、ギルドが認めるはずがないじゃないか。
デュクスにぶん殴られた頭をなでてやると、シェリィの奴、すぐに機嫌が良くなったのは謎だけど。
「……おい、デュクス。こんな人前でメス犬とベタベタしたがるような軟派な小僧がなんの役に立つっていうんだ」
スケベオヤジは頬杖をついて、やっぱり面倒くさそうに俺を見る。デュクスは薄く笑って、俺を見た。
「オヤジ、オレがどこに行ってたか、知ってるだろ?」
「パルバ村の害獣退治だろ? そういえば、ズゴットのヤツはどうした。あの白髪頭の不心得者め、飲んできてから顔を出すのか? あいつらしいが」
「オヤジ、ズゴットは死んだ。法術師のグレダもだ。もちろん、他の連中も」
表情が固まったスケベオヤジの前に、小さな金属プレートの束をジャラッと置くデュクス。
「ほら、奴らの
それらを手に取ったスケベオヤジは、一つ一つ確かめていたが、ため息をつきながら首を振った。
「バカな……ただのケダモノ狩りだろう⁉ どうしてそんなことに!」
「詳しいことは、この『軟派な小僧』に聞いてみな。オレも驚いた」
スケベオヤジが、驚いた顔のままに俺を見る。問われるままに答えようとすると、デュクスが俺を制して笑った。
「オヤジ、情報には一杯。ここの鉄則だろ?」
「……チッ、麦酒でいいな?」
「オレじゃねえよ。この『軟派小僧』に聞きな」
……お酒なんて飲んだことがないからソフトドリンクを頼んだら、ミルクを出された。妙に酸っぱく感じたのが、なんだか嫌だった。
「信じられん……その話をまとめたら、どう考えても『ケイオスの魔獣』じゃねえか! 誰だ、ただの熊だなんて言いやがったヤツは!」
「オヤジ、あんただよ」
デュクスの言葉に、スケベオヤジが気まずそうに咳払いをする。
「ま、まあ、情報が足りなくて想定外の怪物に出遭っちまうことは、ままあることだ。残念な結果になっちまったが、それは備えを怠ったズゴットの慢心だったのかもしれんな」
「あの辺りで『ケイオスの魔獣』と遭遇したことなんて、これまでにただの一度の報告もなかったはずだ。備えるも何もないだろう」
「だからこそ、備えを怠ったズゴットのヤツが不運だったって言ってんだよ」
何やら深刻そうな二人だけど、俺の方は話がよくつかめていなくて、なんとなく気まずい。どうも俺が遭遇したのはレアモンスターで、かつ強力な奴のようだ。
そういえば、シェリィがそんなようなことを言っていたことを思い出す。その彼女は、つまみに出された枝豆みたいな鞘付きの豆を一粒ずつ取り出しては、ちまちまとうれしそうに食べているけれど。
「で、ええと……カズゥマと言ったか。お前はそいつをぶちのめしたんだな?」
「さっきも言いましたが、追い払っただけです。鼻面をぶん殴るのが精一杯でした」
「その棍棒でか?」
「木刀です」
「どこからどう見ても棍棒だろ。そんな木刀があってたまるか! 棍棒でないってんなら、
スケベオヤジの隣で、デュクスが腕を組んでうんうんとうなずいている。悪かったな、まな板で!
「それより、さっきから気になっているんですが、『ケイオスの魔獣』ってなんですか?」
俺の問いに、スケベオヤジもデュクスも同時に俺を見た。「そんなことも知らねえで、冒険者になろうとしてたのか⁉」などとあきれてみせる。
「『ケイオスの魔獣』ってのはな、創世の女神サマへの嫉妬をたぎらせた『死の国の王』の瘴気を浴びたヤツがなるって言われている。とにかくそういうモノがいるってことだ」
腕を組み、ひとりでうなずきながら言うスケベオヤジに、デュクスが「ホントのところはどうだか知らねえがな」と混ぜっ返す。
「何言ってんだ、不信心者め」
スキンヘッドのいかついおっさんに信仰心を訴えられても、と思ってしまう俺は、不信心者なんだろうなあ。いや、そもそも異世界の神様なんて知らないけど。
「しかし、それを追い払うとはな。にわかには信じがたいぜ。そうだ、デュクス。オメェ、手合わせしてみねえか? 冒険者復帰の手慣らしにズゴットに付き合ってばかりで、しばらくヒト相手には剣を振ってなかっただろ」
スケベオヤジの一言で、近くで酒を飲んでいた男たちが急にわらわらと寄ってくる。
「おっ、そうだな。『ケイオスの魔獣』を撃退した腕前ってのも、見てみたいしな」
「おいみんな、デュクスの手合わせだぞ! 相手は棍棒使いのガキだ! みんなどっちに賭けるんだ! 俺はデュクス!」
「わしもデュクスじゃな」
「じゃあオレも」
「自分もデュクス」
「なんだお前ら、これじゃ賭けにならねえよ! 誰かガキの方に賭けろよ!」
外野がわいわい騒いでいる中で、デュクスが薄く笑ってみせる。
「だってさ。期待を裏切っちゃ、いけねえよなあ」
「期待って。デュクスは俺のへっぽこな戦いを見てたから、知ってるだろ?」
「ああ。
ギャラリーが、おおおおおっ、と沸き上がる。
「
「よし、ワシは小僧に賭けてみよう。小僧、負けたら承知しねえからな」
「ダズリン爺さんが日和った! よし、これはデュクスの勝利確定だな!」
「爺さんが日和ったら、大抵日和る前が勝つもんな!」
「じゃあオレもデュクスだ!」
ダズリン爺さんと呼ばれた男が銀色のコインを一枚テーブルに置くと、他の男たちがさらにデュクスに賭ける。
「お前ら、小僧に賭けろよ! 爺さんだけじゃ儲けにならないぜ!」
最初に叫んだ男が、笑いながら肩をすくめる。
……よし。だったら。
「シェリィ、これを俺に賭けてくれないか?」
「んう?」
豆を取り出しては一粒一粒食べていたシェリィが、きょとんとして俺を見上げる。
「カケる? よくわかんないけど、あのヒトにあげてこればいいの?」
「あげるんじゃなくて、預けてくるのさ。あの黒髪の人に、って渡してきてくれ」
「わかった」
あの冒険者たちの遺品は、デュクスが「山分け」を主張したことで、いくらか現金も手持ちがあったんだ。
とりあえず、皮の小袋に入っていた、500円玉くらいの少し黒ずんだ銀色のコインをシェリィにいくつか渡して、胴元と思われる男に持って行かせる。
「ん? なんだチビ。……は? これを、あいつに?」
胴元の男は、シェリィからコインを受け取って目を丸くし、シェリィが指さす俺の方を見てまた目を丸くし、最後にコインの枚数を数えて目を丸くした。
「おい、おめえら! このチビ、あの小僧に銀貨を3枚も賭けやがったぞ!」
おおおおおお! と盛り上がる酒呑みたち。え、あの500円玉みたいなヤツ、ひょっとして価値が高かったのか? まあいいや、こうなったら負けてられない!
「俺はカズマ! 冒険者になるために来た! 俺に賭けるなら今のうちだぞ!」
こぶしをぶち上げて吠えてみせたけど、一瞬呆気にとられた酒飲み連中は、大笑いしてデュクスのほうにさらにコインを積み上げた。
「カズマ、随分と自信があるみたいだな」
デュクスが、ニヤリと笑う。
「自信なんて無いよ。稽古をつけてもらうようなものだと思ってるからさ」
「なんだ、負けるつもりだとでもいうのか?」
デュクスは木のマグカップの中身を飲み干すと、からからと笑った。
「それにしては、予想外に賭けたじゃないか」
「予想外?」
「ああ。ずいぶんと思い切ったことをしたもんだ」
そう言って、揚げ肉をつまんで口に放り込む。
「つましく食って過ごすだけなら、一月分の食費が、およそ銀貨一枚だぞ? お前は三ヶ月分の食費を投げ打ったってことだ」
「……今から取り消しは無理かな?」
「諦めろ」
ニヤリと笑うデュクスに、俺はため息をついた。
「じゃあ、始めようぜ。そこの勝手口から出れば中庭がある。オヤジ、木剣を貸してくれ」
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