第12話:彼女は俺の大切な「ひと」

「やるじゃねえか、小僧。あんな芸当、初めて見たぜ。デュクスの剣を折るたぁ、なかなかできるもんじゃねえ」


 デュクスとやり合ったあと、例のスケベスキンヘッド男は、笑いながら冒険者としての登録の手続きをしてくれた。さっきは「自分の名前も書けない小僧」なんて扱いをされた──漢字で書いた名前が通じなかった──けれど、今度は普通に受理してくれた。


 やはり冒険者というのは、実力がモノを言うらしい。名前の読み方がわからないと言われたから、読み方を教えてふりがなを振ってもらった以外は、実にあっさりとしたもので、明日には、冒険者認識票シグナクルムをくれるという話だった。


「……なんか、ずいぶんお金をもらっちゃったんだけど、いいのかな」

「なあに、気にするな。勝手に賭けて勝手に負けたヤツらが悪いんだ」


 デュクスは笑いながら、木製ジョッキを傾けていく。


「いや、俺も一本取ったというより、よくわからない中でデュクスの木剣が折れたってだけだから──」


 果汁を絞った汁にシロップみたいなものを少し垂らしたような、ほのかに甘いドリンクを一口飲んで、俺は頭を掻いた。シェリィはジャーキーをさらに乾燥させたような干し肉にかじり付いては噛みちぎっている。うれしそうに、しっぽをずっとふりふりと揺らしながら。


「でも、あんな感じの一撃で、ケイオスの魔獣を撃退したんだろう? オレはそれが見られて満足だ」

「満足……?」

「納得、と言ったほうがいいか。お前さんの話を聞いていると、どうにも腑に落ちなかったんでな。あんな大技を持っているなら納得だ。どうやっているんだ?」


 デュクスに問われて、俺も「分からない」と首をひねる。


「なんだそりゃ。自分でどうやったかが分からないだと?」

「いや、なんであんなことになるのか、本当に分からなくて……」


 デュクスはまじまじと俺の顔を見つめた後で、少し笑って言った。


「じゃあ、そいつをいつでも好きな時に使えるようにできれば、お前さんが冒険者として生きていく武器になるな」


 背中をバシバシと叩かれて、俺はむせるようにしながら苦笑いをする。


「あんな魔法みたいなこと、今まで俺、見たこともなかったんだけどな」

「お前さんが今言ったマホウってのがなんなのかは分からんが、法術っていうなら不思議じゃない。あの青い光は、法術を発する時の光に似ていたと思うからな」


 それこそ訳が分からない。どうもこの世界では魔法のことを「法術」というらしいが、それにしたって、俺がこの世界で急に使えるようになるっていうのもありえないだろう。なにせ、法術というものを知ったのは今なんだから。


「ま、分からんものについて今、ぐだぐだ言っていても仕方がねえ。法術ってのは誰でも使える力じゃねえらしいからな。この辺りだと、法術を使える冒険者といったら、赤髪のグレダとか──ああ、あいつは死んじまったか」


 デュクスは串から肉を食いちぎりながら、ため息をつく。


「全く、ケイオスの魔獣があの地域で出るなんてな。準備さえしていれば、きっとあいつらも生きて帰ることくらいはできたはずだ。本当に運の悪い話だった」

「……そんなに危険な奴なのか? その……ケイオスの魔獣ってのは」


 さっきの話が中途半端に終わったのを思い出して、俺は改めて聞いてみた。


「ケイオスの魔物さん、とってもこわい」


 シェリィが、はぐはぐと鶏肉にかぶりつきながら俺を見上げた。


「ほかのケモノとちがうの。いつもおこって、あばれてるって聞いた」

「いつも怒って、暴れている……?」


 聞き直すと、デュクスが笑って続けた。


「ソイツの言葉は言い得て妙だな。確かにヤツらは、空腹とか満腹とか、そういったことなんて関係なく、見境なく襲ってくる怪物だ」


 デュクスは木のジョッキを空けると、さらに一杯、追加で注文をする。


「……さっきも言ったろ? それくらい危険なんだ。腕の立つ冒険者が束になってかかってもな。オレも不意に遭遇しちまったら、倒すよりまず生きて帰ることに専念したくなる相手だな」

「そいつらの群れに出会ったら?」

「群れ?」


 俺の問いに、シェリィが首を振る。


「ケイオスの魔物さん、いつもひとりぼっち。つがいもないって」


 デュクスが、その言葉に続ける。


「ソレの言う通りだ。ケイオスの魔獣に群れは無い。ヤツらは常に単体だ。群れが確認されたことはただの一度もない。ケイオスの魔獣は、地底の『死の国』から漏れ出てきた瘴気を浴びた獣が怪物化してできる、と言われている。ヤツらには親も、子も無いんだ」


 シェリィが、じっと俺を見上げる。くりくりの目で。


「……シェリィは物知りだな」


 頭を撫でてやると、頬を染めつつうれしそうに目を細めて耳をぱたぱたさせ、しっぽがばさばさと揺れる。ああ、本当に犬みたいだ。


「……お前さん、その若い身で特殊な趣味を持つのをやめろとは言わんが、人前でそれは、やめておいたほうがいいぞ?」

「それはどういう意味なんだ?」


 俺が首をかしげると、デュクスは「なんだ、怒ったのか? 分かった、もう言わん」と笑ってジョッキを空ける。


「オレはこれから馴染みの店に行くが、お前さんもどうだ? 体を張って、ひと稼ぎしたんだしな」


 ニヤリと、どこか下品な笑みを浮かべるデュクス。


「え? この時間からさらにどこに行くんだ?」

「そりゃあお前……」


 と言いかけたデュクスは、なぜか俺の隣に目を移すと、「……ああ!」と思い出したように小さくうなずくと、「ソレがいるから、お前さんには関係ないか。今夜はここまでだな」と言って立ち上がる。


「そうだ、懐も温まったことだし、お前さん、冒険者をやるってんならその服装はどうにかしたほうがいいぞ。武具だって、木刀なんかじゃなくてちゃんとした鋼の剣を持たないとな。古着や中古でよけりゃ、オレが馴染みの店を紹介してやる」


 そう言って胸を張るデュクス。「ソレに着せるものも含めて、面倒見てやってもいいぜ。ああ、もちろんカネは自分で払えよ」と笑ってみせる。


 俺は、案内してくれるという言葉については感謝を述べつつ、ずっと気になっていたことを口にした。


「……デュクス。この子には、シェリィという名があるんだ」

「あん?」


 首をかしげたデュクスに、俺はまっすぐ目を向けて言う。


「シェリィは──彼女は俺の大切な|『ひと』なんだ」

「大切な……『ヒト』、だと?」


 ピクリと、デュクスの眉が上がる。

 シェリィが、驚いたように俺を見上げた。


「ああ。シェリィは俺の命の恩人なんだ。そいつ・・・とか、それ・・とか、そういう呼び方で済ませるのはやめてくれないか?」


 デュクスは一瞬、目を丸くした。小さく笑って俺を見下ろす。


「……大切な『ヒト』ね。分かった分かった。確かにオレも、お気に入りの嬢を連れている時に面と向かってソレ・・呼ばわりされては、気分が悪くなるだろうからな」


 苦笑いを浮かべたデュクスは、シェリィに「じゃあな、嬢ちゃん」と手を挙げる。シェリィの方こそ目を丸くしたけれど、デュクスに応えるように手を挙げた。


「……ああ、そうだ。ソイツ……おっと、嬢ちゃんとしっぽり・・・・したけりゃ、ギルドの休憩室じゃなくて、ちゃんとした宿に泊まることをすすめるぜ。そうでなくても、大部屋での雑魚寝ってのは落ち着かんだろう。特に今夜は、あぶく銭とはいえ、懐が随分と温かくなってるからな。よからぬことを企む輩が出ないとも限らん」


 そう言って、デュクスは指を差した。


「このギルドを出て通り沿いにしばらくいくと、宿街の区画がある。宿の意匠は『太陽と月』だ。ぼったくる店は、表通りにはそう多くはないが、いくつか巡って、気に入った宿に泊まるほうがいいぞ」


 そう言って背を向けようとしたデュクスは、何かに気が付いたように向き直った。


「……それから、お前さんは嬢ちゃんを連れてるんだから、多少割高でも看板に猫がついている宿がいいぞ。じゃあな」

「看板に、猫?」

「行けばわかる。……明日の昼、またギルドここでな」


 デュクスは、手をひらひらさせながらギルドを出ていく。

 俺は、シェリィと顔を見合わせた。


「ご主人さま、ボクたちはどうするの?」


 くりくりの目をやたらとキラキラさせて、見上げてくるシェリィ。

 シェリィが俺に銀貨を賭けたおかげで、さっきの立ち合いでは多くの冒険者から巻き上げることができた。それを使えば、とりあえず宿代はなんとかなるだろう。


「……行くか」

「うん!」


 席を立つと、シェリィがうれしそうに左腕にしがみついてきた。しっかりと、俺の腕にぶら下がらんばかりに腕をからめて、スカートの中で、しっぽをばっさばっさと振りながら。

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