第7話:火事場の馬鹿力ってヤツで
「別にいいんだぜ? お前さんは昨夜、働いたんだろ?」
「い、いえ、俺、デュクスさんは冒険者なんですよね? 戦いの心得を学びたいんで!」
「……まあ、そっちがいいならいいんだけどよ」
デュクスは苦笑いしながら、川を渡っていく。川には飛び石があって、それが橋がわりになっている。落ちても膝ほどもないから平気だけれど、気を付けて渡った。
「カズマ。この先に何があるか、分かるな?」
「冒険者さんたちのお墓です」
「そうだ。じゃあ、なんでオレたち余所者の墓が、川を越えたこの森のほとりに作られたか、分かるか?」
「……村の人間じゃないから、ですか?」
「半分正解だが、惜しい。……あれは、喰われてもいいようにだ」
デュクスの言葉に、俺は思わず彼を二度見してしまった。
「お前はおかしいと思わなかったのか? 1メルタル程度の深さしかないような墓穴なんぞ、掘り起こせと言っているようなものだろう?」
……そういえば、死体を埋める穴は50センチメートル程度の深さしかなかった。俺は土葬というものを見たことが無かったから、そういうものだと思っていた。
「普通は4、5メルタルは掘るもんだ。ケダモノに掘り起こせないようにな。そうでないってことはつまり……」
「カズマさま、なにか来るよ。……いやなケモノの、ニオイ」
シェリィが、うなるように喉を鳴らしながら森の奥をにらむ。
「来やがったぜ。わざと浅く埋められた死体を喰いに、ケダモノどもがな」
その言葉に、俺も気づいた。
森の奥から、何かが近づいてきていることに。
「見ろ。イノシシにも見えるが、アレは『
そいつらを指差しながら、デュクスは笑みを浮かべた。
「毛皮剥ぎは冒険者の仕事じゃない、って言ってませんでしたか?」
「オレは紳士なんだよ。いくら高く売れるといっても、泣き叫ぶ獣人の女子供を殺して皮を剥ぐ……なんてのはな」
「……デュクスさんも、それはしたくないってことですか?」
「ほう? お前さんもオレと同じ考えなのか。そいつはいい話だ。お前さんが飼ってるソイツが
「プリム・ベスティリング?」
そういえば、シェリィの元の姿が、そんなふうに呼ばれていたっけ。デュクスは不快そうに続けた。
「野生の毛むくじゃらの獣人さ。どうも最近、そいつがよく畑を荒らすもんだから、村の連中が
ぞわりと背筋が寒くなる。
シェリィが、なぶり殺しになっていたかもしれないだって⁉
さっきのベッドの上でにらめっこしていた時の姿が、昨日の冒険者たちの無惨な最期と重なって身震いした。そしてやっぱり、毒団子はシェリィに向けて作られたものだったのだと知って戦慄する。
月明かりの中に浮かび上がった白く美しい肌が、月を宿すように輝く瞳で迷いなく俺を見上げていた彼女が、引き裂かれて血にまみれた死体になるなんて、想像もしたくない!
「さて、無駄しゃべりはお終いだ。見ろ、
「や、やめさせなきゃ!」
「馬鹿、今そんなことをしたら逃げちまうだろう」
デュクスは、ゾッとするような凄みのある笑みを浮かべる。
「ヤツらは、一度手に入れた獲物への執着が凄まじい。テコでも動かずに獲物を死守しようとする。そこがイノシシとは違うところだ。死体を食い始めたら仕掛けるぞ」
つまりこの男は、自分の仲間の死体を使って、
「許されるか、だと? 当然だろう。仲間の死体でもなんでも、オレが生きるためだ。ありがたく利用させてもらうぜ。それが冒険者ってヤツだ。お前さんもオレから学びたいってんなら、キレイゴトを並べてないでさっさと染まるんだな」
そう言って、デュクスは畑の柵をくぐる。
「いいか、ヤツの頭突きだけは食らうなよ? 見れば分かるが、あの下あごから伸びる牙が、ちょうど腹を貫通するようにえぐってくる。体もずんぐりむっくりだから、やたらと頑丈だ。無理に斬りつけようと思うなよ、下手をしたら剣を折られることもあるくらいだ」
「じゃあどうするんですか!」
「決まってるだろ」
あきれたようにデュクスは言った。
「ヤツの突進を利用するだけだ」
デュクスは、非常にコンパクトに折りたたまれた、弓のようなものを取り出した。素早くそれを展開し、腕に装着する。腕に固定するタイプの、短いクロスボウのようなものだった。
「いいか、オレがコイツで気を引く。するとヤツは楽しい晩餐会を邪魔されたとばかりに、怒り狂って襲ってくるはずだ。適当に相手をしていろ、仕上げはオレがやる。くれぐれも、真正面から相手にしようと思うなよ?」
そう言うと、テコのような器具をセットし、レバーを倒すようにして弓を引き絞って、短い矢をつがえる。
俺も柵をくぐって前に出る。シェリィも付いてこようとするので「お前はここにいろ」と言ったが、「ボクもお手伝い、する!」と言って聞いてくれなかった。
デュクスは毛深い獣人のことを「野生の獣人」なんて言っていたから、もしかしたらシェリィも狩りくらいできるのかもしれない。とはいえ、爪も牙も武器もなさそうな彼女が戦うなんてとても想像できない。
「引きつけて、逃げ回るだけでいいからな?」
そう声をかけたら、どこか不満げだった。やっぱり狩りの経験に自信があるのかもしれない。
「お前に怪我してほしくないんだ」
そう付け加えると、なんだかやたらと感激した様子で、うれしそうに何度もうなずいてみせる。うん、ちょろい。子供だ。
「よし、戦闘開始だ」
デュクスの言葉と同時に、矢が放たれる!
狙いあやまたず、矢は
「ブギィッ!」
奴らが同時にこちらを見る!
矢が刺さった奴も、全然気にした様子もなくこちらをにらんでくる!
「あ、あいつら、腐った肉を食うんですよね⁉ 他の獣の食べ残しとかの、おこぼれを狙うだけの奴なんですよね⁉」
「確かにそういうこともあるが、あいつら自身が獲物を襲って死体にして食うことも、普通だからな?」
「それってただの肉食獣じゃないですか!」
「そうとも言う。来るぞ!」
二頭のうち、矢の刺さった奴が先に突っ込んでくる! お前、ちっとも痛そうじゃないな! 痛覚は仕事をしろ!
「くそっ!」
まるでバイクが突っ込んでくるみたいだ! 「抜き胴」の要領で身をかわしつつ、木刀を胴払いでぶち当てる!
「ブギャッ!」
──くそっ、浅かった!
悲鳴が上がったけど、奴の突進が速すぎて木刀が弾かれたみたいだった。
そのとき、狼の遠吠えのような叫びが背後から響く!
「あおおおぉぉんっ!」
新手だって⁉ 絶望が胸をよぎる──だけど、その声でイノシシ野郎がビクリと体を震わせて突進の軌道がそれたのを見て、かろうじて身をかわす!
「カズマさまっ! ボク、ボク! ボクの声だから!」
シェリィの叫び声に、今の遠吠えのような叫びが彼女のものだと、ようやく気がついた。
「ナイスだ、シェリィ!」
再び迫るイノシシ野郎だけど、今度は体勢を整え済みだ! あの昨夜の熊に比べたら、ダンプカーとか大型トレーラーとかがバイクになったようなものだ。アレを生き残ったんだ、こんな奴にやられてたまるか──木刀を逆袈裟斬りの要領で構え、突っ込んでくる奴の鼻面に叩き込む!
──くそっ! まただ、弾かれた!
木刀を持って行かれるような衝撃にバランスを崩して膝を突く。しまった、と思った瞬間、「バンッ!」と何かを弾くような音がして、俺に向き直ったイノシシ野郎の背中に矢が突き立つ!
「そら、こっちだ」
デュクスがこちらをチラリと見て笑みを浮かべながら、例のテコみたいな道具でガチャン、と弓を引く。「ブギィッ」っと金切り声を上げてデュクスを追う姿に、正直、助かったと安堵する。
その直後、もう一頭がまた突っ込んでくる! だめだ、本当に余裕がない! シェリィがそいつに飛び掛かったけど、イノシシ野郎の奴、器用に避けてまっすぐこっちにやってくる!
「くそおっ!」
必死に身を起こして横っ跳びに逃れ──ようとして、奴が首を振り回したのが俺のふくらはぎを引っ掛ける!
「うわあっ⁉」
引きずられるようにして空中で半回転! 地面に胸から叩きつけられたところに、奴がさらに突っ込んでくる!
立ちあがろうとして、足に鋭い痛みが走った。
──力が入らない⁉ 嘘だろ、こんな時にっ!
「だめぇっ! カズマさまぁっ!」
シェリィの叫び声、そして──悲鳴!
俺のことなんかほっときゃいいのに、あの馬鹿……!
俺の盾にでもなろうとしたのだろうか。駆け寄ってきた彼女の体が、軽々と吹き飛んでいく!
それは、ストップモーションの動画のようだった。ひとコマひとコマ、ゆっくりと、まるで月面か何かのように地面を一、二回バウンドし、地面を転がったあと、そのまま動かなくなる……!
「シェリィ──っ! てめえ、くそったれがッ!」
再度、腐れ肉野郎が突っ込んでくるのに対して、俺は八つ当たりにも似た激情のままに木刀をぶん回す!
「邪魔すんなああああああっ!」
ドゴォン! 生き物をぶん殴った音とは思えない鈍い音と共に、「ブギーッ!」という悲鳴。
全力で薙ぎ払うように木刀を叩きつけた腐れ肉野郎が、巨大なラグビーボールに生えた短い両手両脚を突っ張るような形になってぶっ飛んだ。その向こうにいたもう一方の腐れ野郎をも巻き込んで、ビリヤードのボールのごとく二頭まとめて、まるで何かの冗談みたいに吹っ飛ぶ。
あんぐりと口を開けて「は……?」とつぶやいたデュクスの、なんとも間の抜けた顔が視界の隅に入る。だけど、俺にとっては何よりもシェリィだった。
あいつ、また俺のことをかばってぶっ飛ばされやがって! 「命大事に」って、さっき言ったばかりじゃねえかっ!
「シェリィ! 大丈夫か!」
痛む脚を強引に動かし、倒れている彼女に駆け寄ると抱き起こして、二、三度揺さぶる。
でも、反応がない……!
昨夜の戦いのあと、気絶していたらしい俺を曲がりなりにも介抱してくれた。それから、俺のことをなぜか「様」付けで呼ぶようになった変な奴だ。だけど、少なくとも悪い奴じゃないはずなんだ!
「おい! シェリィ、起きろ! 起きてくれ!」
もう一度大きく揺さぶると、「うう……」と小さなうめき声がした。
ぱたぱたと三角の耳が動き、シェリィの目がゆっくりと開かれる。
「う……あ……?」
「よかった……! おい、俺が分かるか!」
「……はい、カズ、マ……さま……」
よかった! とりあえず意識はある!
「シェリィ、俺が分かるんだな! どこをやられた! どこか、痛むところはないか! 逆に、感覚が無いとか、そういうところは!」
まるでボールが跳ねるように地面をバウンドし、転がった姿が思い出される。俺はシェリィの頭をかき抱くようになでてやりながら、抱き抱えた。骨が折れていたり、内臓を損傷していたりしていないようにと、ただ祈るしかない。
シェリィは首をかしげながら落ち着かない素振りで、俺の顔を見たり周りを見たりしつつ答える。
「だ、だいじょうぶ……。でも、ボク、どうして、カズマさまに、抱きしめられて……?」
「本当に大丈夫か⁉ もし痛むなら今すぐ言ってくれ! 本当に大丈夫なんだな⁉」
「う、うん……?」
不可解そうにゆっくりと目を泳がせていたシェリィは、あらためて俺の顔を見つめて、そして、ハッとしたように急に目を見開いた。
「か、カズマさまっ!」
弾かれたように身を起こしたシェリィに驚いて、今度は俺が地面にぶっ倒れたところを、彼女に飛びつかれた。
「カズマさまこそ、ぶじなの⁉ けが、ないの⁉」
無事だ、怪我はない、脚の痛みはきっと大丈夫、だから……くすぐったい! 顔をなめ回すなって!
「だって、だって……! カズマさまをお助けしなきゃって思ったら、なにか、突き飛ばされたみたいで、そこからボク、覚えてなくて……!」
しがみつくようにして泣きじゃくりながら顔をなめ続けるシェリィ。
「ボク、お役に立てなかったのに……! なのに、なのに、こんなにもやさしくしてもらえるなんて……ボク、ボク、もう、ずっと、カズマさまに……!」
飛びつかれて泣き出されて、脚に痛みを感じて、それで今さら思い出した!
俺がぶっ飛ばした奴──それと、俺がぶっ飛ばした奴にぶっ飛ばされたもう一頭!
奴らはどこに行ったんだ⁉ 逃げられたならまだいいけど、今襲われたら……!
その時だ。バンッ、とデュクスの弓の音がして、「ブギュッ!」という小さな悲鳴のような声がした。そちらを向くと、仰向けになって脚をつっぱるように痙攣させている
えぐい! だけど、シェリィが吹き飛ばされたあの瞬間──あのときの、ゾッとしたときのことを考えれば、確実に仕留めておかなかったら、死んでいたのは俺たちの方かもしれないんだ。
「あ、す、すみませんっ! そいつは……」
「すみませんじゃねえだろう」
デュクスはあきれ顔だ。
確かにそうだろう、戦いの最中だっていうのに、それを放り出してシェリィの介抱を優先したのだから──そのことを謝罪して頭を下げると、さらにあきれられた。
「何言ってやがる、お前さんがぶっ飛ばしたんだろう? オレはとどめを刺しただけだ。これだけの大物の
……え?
ただの普通の高校生だ──そう言おうとしたら、シェリィにさらに抱きつかれた。
「やっぱりカズマさま、すごい! あんな魔獣、いっぺんにやっつけちゃうなんて! やっぱり、ボクがお仕えするご主人さま!」
分かった! 苦しい! くすぐったい、顔をなめるなって! あ、いや、「お嫌ですか」って、そんな泣きそうな顔するなよ、分かったよ、好きにしてくれよ!
「その異様に太くて硬くて重い木刀といい、魔獣を浮かすほどの威力でぶん殴る怪力といい……なんてヤツだよ、お前は。まったく、とんでもない男を拾っちまったぜ」
言い方! いやこれは間違いなく偶然だ。火事場の馬鹿力ってヤツで、実力なんかじゃない。俺自身は単なる高校生なんだ、自分でもびっくりしてるんだって!
けれどデュクスは、弓を折りたたみながら楽しそうに笑った。
「だが、それがいい。実に面白い、興味深い。こういう出会いがあるから、冒険者ってのはやめられねえ」
大股で近寄ってきて俺の背中をバシバシと叩くデュクス。痛い、痛いって!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます