:第六話 鳴らない電話は親愛の始め 5



「───あ。

すいません、店から電話きました。出ていいですか?」


「どうぞ」



そこへ、孝太郎さんのスマホに電話が掛かってきた。

エプロンのポケットに仕舞っていたそれを取り出し、お店の番号からであることを確認した孝太郎さんは、俺に断って通話を始めた。

このタイミングで店から着信とは、そろそろ戻ってこいとの呼び出しだろうか。


俺たちが話を始めてから、駐車場を出入りした車は一台もない。

客足が増えたわけでないなら、急に混雑することはないと思うんだけど。



「どうでした?」



孝太郎さんがスマホの照明を落としたのを見て、俺は訳を伺った。

申し訳なさそうに口を開いた孝太郎さんは、お店の現状を教えてくれた。



「すいません。

ついさっき団体の予約入っちゃったみたいで、これから一気に来るそうです」


「ああ、予約……。人数は?」


「18人だそうです。会社の送別会をやることになったとかで……。

たぶん、居酒屋はどこも空いてなかったから、ウチにってことになったんでしょう。

幹事のかたが常連のお客様なんで」



電話の相手は奥様。

急ぎ店に戻ってくるようにと、孝太郎さんは言われたらしい。

今しがた当日の予約が入ってしまい、あと一時間もしない内に大勢の団体客が来店することになったのだとか。

となれば、残った三人だけで捌ききるのは難しそうだ。



「そりゃ大変だ。

俺のことは気にせず、どうぞお仕事に戻ってください。

貴重な時間割いてもらって、ありがとうございました」


「こちらこそ。

邪魔してすみませんって、母も謝ってました。

また機会があれば、今度はゆっくり食事でもしながら、お話できるといいですね」


「ええ、是非」



孝太郎さんが一番に話したかったことは済んだようなので、今日のところはお開き。

互いの連絡先を交換し、孝太郎さんはお店へ戻ることになった。


俺は特に用事もないので、孝太郎さんを見送ったら帰宅するつもりだ。



「じゃあ、お先に失礼します。コーヒー、ご馳走様でした」



スマホと空になった缶コーヒーとを別々のポケットに仕舞うと、孝太郎さんは静かに車を降りた。

扉が閉められる直前、俺はもうひとつ彼に質問があったのを思い出した。



「───あ、と。

すいません孝太郎さん。最後にもう一個だけいいですか?」


「なんですか?」



とっさに俺が引き留めると、孝太郎さんは腰を屈めて車内を覗き込んだ。

俺は運転席から少し身を乗り出して尋ねた。



「孝太郎さんって、今おいくつなんですか?」



深刻な話の後で恥ずかしいが、実は先日から気になっていたのだ。

彼は自分よりも年下なのか、年上なのか。


年齢を知って急に態度を変える、なんて品のない真似はしないが、できれば年下であってほしいのが本音だ。

もし孝太郎さんの方が年上だった場合、孝太郎さんが若い割に落ち着いているのではなく、俺が老け顔ということになってしまうから。


孝太郎さんは暫しの間を挟むと、余裕たっぷりの笑みでこう返した。



「29です」



その瞬間、相良にオッサン呼ばわりされた時の記憶が、走馬灯のごとく俺の頭を巡っていった。


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