トレーナーの回想

俺は白石がいなくて、寂しい学校生活を送っていた。


あまりの寂しさで、白石さんのインスタの写真をずっと眺めていると覗き込んできた飯田がドン引きしていた。


「お、お前流石に学校で、それを見続けるなよ……」


確かに同級生の写真をずっと見てニヤニヤしてるなんて気持ち悪いと思われても仕方がない。


「悪い悪い、白石さんクライシスだったんだ」


「お、おう。まぁお前以外のクラスの男達も似たようなもんだが」


確かに、白石さんがいないと煩い男子生徒たちも静かなものだった。


「あぁ……。そういえば俺、ボクシングすることにしたわ」


「え、マジ?空手からボクシングか……でも、お前の蹴りが使えないのは勿体ないよな」


「前から言ってるけど、蹴り技別に得意じゃないんだけどな。顔面を殴れないから蹴りをしていただけだから」


俺だって本当は殴った方が速く倒せるのだから、蹴りなんて面倒なことをしたくなかった……ルールでダメだから仕方ないね。


「そうだったな。お前ならボクシングでも結構いい所まで確実にいくだろうな。ところで急にどうしてボクシングをしようと思ったんだ?」


「え……あ~最近運動不足だからな。それにバイト以外暇な時間が多いからな」


「いやいや、お前あの身体で運動不足は無理がある気がするが……。まぁいいや、言いたくないなら」


「お前は彼女とのデートで毎日忙しそうだもんな」


「そうそう。今の彼女とは結構長く続いてるんだ、今回はマジで恋してるから」


コイツは付き合って別れたりを繰り返しているから、まるで信用出来ないが……。


飯田の彼女である清水千尋は、他クラスだが容姿がいいってことで有名だ。


茶色の髪であり、よく白石さんと対比されて少し可哀想な気もするが間違いなく白石さんを除けば学年でも上位の容姿だろう。


学校でも男子人気が高すぎる白石さんを嫌っているという噂があるが、飯田曰く事実みたいだ。


「気が強い彼女なんだから、上手くやれよ~」


俺はそう言って、再びインスタを眺めた。


あ、新しく更新されたので、いいね付けておこう。


****


私は河野武史。


ボクシングのトレーナーでもあり、俳優や女優達向けのジムトレーナーをしている者だ。


多くの軽量級世界チャンピオンを育てたということで、ボクシング業界では有名だが世間一般では無名の還暦した爺だ。


私は今、白石沙羅という女優の卵や他の女優たちに指導するためにジムへ向かっている。


彼女、白石沙羅は別格と呼んでいいだろう。


もちろん、他の者達とは格別した圧倒的な美貌とスタイルなのもあるが、それだけで生き残れる程甘くはないだろう。いや、アイドル系なら確実に頂点を取れるだろうが……。


女優業では軽視されがちなアクション系の動きにもなんなくこなせてしまうので、遂必要以上に熱心に指導してしまう。


本人の熱意も感じるので非常にいい教え子であった。


恐らくだが、日本だけでなく世界にも届きうる才能を持っているだろう。


これまで多くの女優を見てきたからか、出来るやつとそうでないのは数分一緒にいれば、すぐ分かるようになってきた。


そう考えているとジムに着いたので、警備員に証明書を見せて入った。


そして30分程指導をして、休憩中に白石沙羅が私に聞いてきた。


珍しいこともあるものだ。


普段は一定の距離感を保って、私に話しかけてこないのだが。


なんでも、知り合いの男の子のボクシングトレーナーをしないかと言われた。


もちろん、直ぐに断った。


当たり前である、私ほどのトレーナーなら最低でも世界を目指せる逸材でなければ教える事がないのだから。


だが、諦めきれないのか私に一つの動画を見せてきた。


それは空手の動画であり、一人の中学生が相手の動きを完璧に避けて捌いており、打たせないで打つ、と言った戦術であった。


この短い動画でも分かったが、圧倒的な間合いコントロールの才能が少年にはあるのだと。


私の身体に鳥肌が立った。


久々でもある、これほどの熱が私の身体に灯るとは。


この少年ならば私の悲願である重量級に挑戦できるかもしれない。


だが、本人に会って実際に見てみないと期待通りか分からないので、日曜日に少年の家の近くのボクシング場で会う約束をつけた。


そこのボクシング場は私の知り合いがいるので、少しくらい無理を言っても問題ないだろう。

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