059.アンネローゼの影と忠誠

「そういう訳でうちに下宿人が増えることになった」

「どういう訳ですのっ」

「落ち着いてください、マルグリットお嬢様」


 ラントが説明するとマリーが大声を上げた。エリーが止めに入る。サバスやデボラは事の経緯を知っているのか静かに見つめている。

 何せ反乱を起こしたランドバルト侯爵の弟の妻と娘二人を連れて来たのだ。先触れは出したが、マリーには寝耳に水だろう。

 娘二人は貴族院の制服を着ている。妻だった女は項垂れていて青褪めた表情をしている。ドレス姿が美しい熟れた女だ。ラントには十分許容範囲だった。しかも貴種だ。ラントが本来手を付けられない高貴な家の出の女である。すぐに部屋に連れ込みたくなるのを我慢してマリーに説明する。


「まぁ落ち着けマリー。彼女たちは被害者で行き場がないんだ。公爵家で保護されればまだ立つ瀬もある。そんなに嫉妬するな」

「嫉妬なんてしておりません!」


 マリーは聞く耳も持たない。だがコルネリウス王太子殿下のお達しであると言うと諦めて黙った。

 反乱を起こしたランドバルト侯爵の元妻、アドルフィーネ本人は娘二人と共に温情で許され、側室の幼子も本家に引き取られることになったと知ってホッとしていることをラントは知っている。側室は反乱に加担していなかった為、実家に娘を連れて戻った。賠償金で許されるそうだ。

 娘の名は上の娘がハンネローレ、下の娘がエステルだ。三人とも淡い金髪で、アドルフィーネは胸が大きく、おっとりとした垂れ目の美人だ。


 ハンネローレとエステルはまだ若い芽だ。少女から女性に変わる特有の色気があり、ラントとしては大好物だ。

 しかし本人たちは怯えている。反乱が起き、貴族院でも遠巻きにされていたようだ。実の父が反乱軍の首魁であり、帝国の間者に踊らされたのだ。許されただけでも温情である。一族郎党族滅でも全くおかしくはない。

 だが反乱は彼女たちの預かり知らぬ所であり、陛下や殿下は寛容さを見せる為に女子供は許すことにした。

 反乱に加担した息子たちはラントの爆裂魔法で吹き飛んだか、王都に罪人として連れられていて、全てを吐き終えた後、縛り首が確定している。

 彼女たちに取っては兄に当たるものたちだが反乱に加担していたのだ。ラントにはどうしようもない政治事情である。自業自得だと言える。

 ランドバルト家自体も身内が反乱を起こしたと言うことでかなりの罰を受けるそうだ。詳しくは聞いていない。


「まぁまぁマルグリットお嬢様、ラント様が可哀想な女性を拾うなど目に見えていたではありませんか。それにベアトリクス王妃殿下、コルネリウス王太子殿下のお達しでもあります。彼女たちはラント様への報奨なのです。それに嫉妬するのは醜いですよ」

「うぐっ、わかってはいるのです。ですが理屈と感情は違います。突然現れた女たちにラントを奪われるわたくしの気持ちをわかっていて? それに彼女たちは美しいわ。ラントが虜にならないと断言できて」


 ラントはこのままではいけないと思った。故に最終兵器を発動することにする。すなわち、怒っているマリーをそっと抱き寄せたのだ。


「ら、ラント? こんなことでごまかされませんからね?」

「なんだ、俺の腕の中がそんなにイヤか? なら離そうか?」

「意地悪言わないでください。むしろもっとギュッとしてください。絶対離さないと耳元で囁いてください。わたくしは怒っているのですよ」


 怒っていると言いながらマリーは甘えてくる。先程まで怒髪天を突く勢いであったが、声が甘くなっている。


「大丈夫、マリーが一番美しいよ。俺にはマリーが一番だ。俺の言葉を信じられないか?」

「今回ばかりは信じられません。誠意を示してください」

「こうでいいか? 絶対に離さんぞ。常に俺の側に居ろ。マリーは俺のものだ」


 ラントはぎゅっと抱きしめ、マリーの唇を奪う。舌を絡め、腰を抱き寄せる。

 一分ほども続けていただろうか。マリーはメロメロになっていた。


「エリー」

「はい、マルグリットお嬢様、いきますよ。嫉妬に狂っていたらラント様に嫌われますよ。さぁ、さぁ」


 エリーがマリーを自室に連れていく。エリーに任せて置けば大丈夫だろう。


「デボラ」

「はい」

「彼女たちに部屋を。同じ部屋で良い。不安だろう。もう貴族院にも通えぬ。俺の専属侍女にする。だが仮にも侯爵家の令嬢だったのだ。ドレスくらいは与えてやってくれ。教育は任せる。アドルフィーネ、ハンネローレ、エステル」

「「「はいっ」」」


 ラントが振り向いて三人に声を掛けると三人は同時に返事をした。ラントの事を見つめている。

 何せラントに見捨てられたら彼女たちは行く所がないのだ。財産も没収されている。ランドバルト家には帰れない。実家もない。今着ている制服と大きなバッグに入っているドレスや装飾品が彼女たちの全財産だ。貴族の生き方をしていた女が市井に生きられる筈がない。それは彼女たちもわかっているのだ。


「お前たちは俺の侍女兼女となる。反論は?」

「ありません。全てはクレットガウ子爵の思うがままに。娘たちももう子を孕める年です。お好きにお使いください。もちろん私もです」

「ほう、アドルフィーネは良く自分の立場をわかっているな。まだ子爵ではないがな。呼べばすぐに来いよ? 異論は許さんぞ」

「はい」


 アドルフィーネはラントに従っていれば助かると知ってホッとしている。娘たちまで助けられたのだ。どれだけの温情か貴族として長く生きてきているのだ。十分にわかっている。


「ハンネローレ、エステルっ」

「「はいっ」」

「お前たちもアドルフィーネと同時に俺の侍女になる。異論は?」

「ありません、使用人ではなく侍女として扱って頂けるのでしょうか?」

「私もありません。お姉ちゃんとお母さんと別れなくて済んだだけで幸せだとわかっています」


 二人はしおらしくラントに跪いた。


「わかっているならいい。お前たちは侍女待遇だ。だが侍女の仕事は貴族女性の仕事とは違い厳しいぞ。大丈夫か?」

「貴族院では私たちは腫れ物として扱われて来ました。あんな場所にはもう戻れません。家名も没収されてしまいました。もう貴族ではございませんわ」


 ハンネローレが俯く。それほど酷い扱いを受けていたのだろう。侯爵家の娘から突然罪人になったのだ。それも仕方がない。


「だがお前らは貴族女性として教育を受け、美しい。それだけでも価値がある。その価値で俺の専属侍女としてきっちり働け。働けばちゃんと給金が出るぞ。公爵家の侍女だ。そこらの侍女とは給金の桁が違う。そうだな、デボラ」

「はい、その代わり旦那様への反抗は許しません。旦那様が白と言えば黒だと思ってでも白です。それとこの屋敷の女主人はマルグリットお嬢様です。マルグリットお嬢様に逆らうことも決して許しません。もし逆らったらスラムに裸で捨てますよ」


 デボラの脅しが効いたようだ。若い女二人は酷く怯えている。


「デボラ、そんなに脅すな。俺はお前らを手放すつもりはない。ちゃんと可愛がってやるぞ? 心配するな。きちんとデボラの言うことを聞き、マルグリットに従えばいい。マルグリットは公爵閣下の孫であり、王妃殿下の姪で、王太子殿下の従姉妹に当たる方だ。跪く理由が必要か?」

「いえ、上位者に逆らう貴族などおりません。心得ております」

「そうだ、わかっているならいい。エステル、大丈夫か?」


 年上のハンネローレは覚悟が決まっているようだがエステルが震えている。


「仕方ないな」


 ラントはエステルをそっと抱きしめた。エステルは「えっ?」という顔できょとんとしている。抱きしめられるとは思っても見なかったのだろう。おそらく男に触れられたのも家族を除けば初めてのはずだ。だがエステルは振り払ったりしなかった。ラントの腕の中で震えている。


「大丈夫だ、エステル。お前の父や兄は許されなかったがお前は許された。俺の侍女として誠心誠意仕えればいい。できるか?」

「……はい」


 エステルは小さく頷いた。


「いい子だ。褒美をやろう」

「んんっ」


 ラントはエステルの唇を強引に奪った。ファーストキスだと思う。全く慣れていない。

 暫くは暴れていたが少女が暴れてもラントの腕は緩まない。片手で腰を抱き、片手で後頭部を押さえている。エステルは逃げられない。観念したのか静かになる。唇を割り、舌を入れる。エステルは驚いたようだが受け入れた。舌が絡まる。エステルの腕が上がり、ラントの体に絡まってくる。ラントを庇護者として、上位者として認めたのだ。


「羨ましいわ。エステル。その調子でお仕えするのよ」


 アドルフィーネなど娘の唇が突然奪われたと言うのにほうと顔を火照らしている。夫とは没交渉だったと聞いている。女がうずいているのだろう。今日は部屋に呼んでやろうと思った。


 エステルとのキスが終わり、ハンネローレは両手を口に当て、真っ赤にして妹のキスシーンを見つめていた。そしてアドルフィーネも同様に顔を赤くしている。この様子ならすぐにラントの侍女として馴染みそうだとラントは思った。

 贔屓は良くない。ラントは即座にハンネローレやアドルフィーネも抱き寄せ、キスで蕩けさせた。貴族令嬢のファーストキスを連続で奪ったのだ。ラントも十分満足だった。



 ◇ ◇



「貴女がアドルフィーネ、そしてハンネローレ、エステルね」

「はっ、はい」

「楽にして頂戴。先程は取り乱しましたが、陛下や王太子殿下のお達しとあれば仕方ありません。しかしラントを奪うことは許しませんよ。ラントはわたくしの男です。しかしおこぼれは差し上げましょう。ラントに呼ばれたら必ず行きなさい。ラントの言葉は陛下の言葉と思って聞くのです。できますか?」

「できますっ」


 アドルフィーネは娘二人を連れてマルグリットの部屋を訪れていた。何せこの屋敷の女主人であり、公爵の孫であり、更に王妃殿下の姪に当たり、王太子殿下の従姉妹であるのだ。更に言えば国王陛下の義姪でもある。

 侯爵家の次男坊の妻だったアドルフィーネにはその高貴さは圧倒的に違うと映った。


 アドルフィーネはマルグリットの言葉に即答した。娘二人はマルグリットの高貴さと美しさに目を奪われている。後ろにいる侍女、エリーの目が厳しい。

 更にアドルフィーネはマルグリットの母、アンネローゼを知っていた。王国の至宝と言われ、同盟国エーファ王国の公爵家に嫁いだ美しい女性だった。妹のベアトリクスは王妃として当時王太子だった陛下に嫁いでいる。影の女王と呼ばれる女傑だ。

 アンネローゼがアーガス王国を出る際、悔しがった貴族たちは無数に渡ると言われていた。アンネローゼが夜会にでるだけでその夜会が華やかになり、アンネローゼが踊るのを見つめるだけで同じ女だと言うのに見惚れていたものだ。アドルフィーネはマルグリットにアンネローゼの影を見た。生き写しだと思った。


「よろしい。貴女たちをラント専属侍女として認めます。誠心誠意勤めなさい」

「「「はいっ」」」


 そのアンネローゼの娘、マルグリットがソファに座っている。アンネローゼの若い頃そっくりだ。夜会で淑やかに振る舞っているのに周囲は彼女を女王として崇めていた。それほどの高貴さと美しさを持っていたのだ。

 当然そんな女王の声に従わない訳がない。美しさに見惚れていた娘たちも同時に返事をした。

 この方に仕えられる幸せをアドルフィーネは感じていた。娘たちも見惚れている。そしてラントのたくましさにも見惚れていた。彼女たちがラントに惚れるのも一瞬だろう。エステルたちなど一度のキスでわからせられてしまっていた。もう二度と抜け出せない沼に嵌まり込んでいるのが母親ではなく女として理解わかる。そしてアドルフィーネもまた、ラントに抱かれるのだ。それは決定事項である。


「貴方達には避妊薬の使用を禁止します。ラントに呼ばれたら必ず行きなさい。そして彼の子を孕むことを許します」

「マルグリット様、あのっ、私もでしょうか」

「当然でしょう、アドルフィーネ。あなたもう女として終わっているの?」

「いえ、そんなことはありません」


 マリーは当然という顔をして続けた。


「なら問題はありませんね。何人産んでも宜しくてよ。ラントの種は貴重だわ。この国最高の魔導士よ。その種を頂けるのよ。ありがたく頂きなさい」

「畏まりました。マルグリット様。娘たちにもしっかり言い聞かせておきます」

「宜しい。下がって宜しくてよ」


 アドルフィーネはそう答えるしかなかった。それほどマルグリットは威厳があった。あの荒々しい気を持ちながらワイルドな貴公子であるラントの子を孕める。そう考えただけで女の部分がうずいた気がした。

 娘たちにはちゃんと言い聞かせなければならない。ラントは神なのだと。ラントに抱かれるのは女として幸せなのだと。子を孕むのは義務なのだと。アドルフィーネはマルグリットに態度で忠誠を誓い、心の中でそう誓った。

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