060.教育と伯爵邸
「失礼します」
「あ、どうしたこんな夜半に」
訪ねて来たのは侍女の一人だった。確か子爵家の夫人だった筈だ。夫は王宮に文官として勤めており、彼女は公爵家に見出されて侍女に選抜された。
公爵家の侍女選抜は厳しい。全て美しく、更に所作に欠片も隙がない。貴族令嬢や夫人であるのだから当然なのだが、公爵家で教育されているからか、彼女も子爵夫人とは思えないほど所作が洗練されている。
「あのっ、マルグリット様からラント様のご寵愛を頂いて宜しいと許可がでまして」
「本当か?」
「嘘など申しません。よろしければ二つ隣の客室に移動しませんか?」
ラントはそれでピンと来た。これはマルグリットの策略だ。ラントを公爵家にずぶずぶにし、逃さないように囲うつもりなのだ。何せ公爵家の侍女をあてがうのだ。使用人を抱くのとは訳が違う。彼女たちはれっきとしたアーガス王国の貴族夫人か子女だ。公爵家内で内々で処理する。だから楽しめ。そうマルグリットが言っているように感じた。
「お前は夫が居た筈だろう。いいのか。まだ若いだろう」
ラントは侍女を見た。まだ二十四、五だろう。ラントとそう年は変わらない。子が一人居ると聞いている。結婚してまだ十年と経っていない筈だ。
「マルグリットお嬢様の命でございます。従わない筈がありません。それに私も旦那様の寵を頂きたく存じます」
「そうか、なら遠慮なく頂くぞ」
「はい」
ラントが二つ隣の客室に移動する。ぴっちりと整えられている。そして隠し部屋からはマリーとエリーだけではなく、アドルフィーネ、ハンネローレ、エステルの気配すら感じる。
つまりこれは教育なのだ。アドルフィーネはともかくハンネローレとエステルは乙女だ。男と女が情事を行うということがどういうことなのか全く知らないだろう。
ラントはマルグリットの用意周到さに舌を巻いた。侍女をあてがい、ラントを逃げられなくし、更に新任侍女たちへも教育する。そして誰が上位者かわからせる。一石二鳥の作戦だ。
しかしラントも乗らない訳には行かない。夜に勇気を出して訪ねてきた女に恥を掛かすなどあってはならない。侍女は震えている。夫以外に体を許したことなどないのだろう。隠し部屋で見ているハンネローレとエステルは恐怖するかもしれない。だがマルグリットとアドルフィーネがしっかり言い聞かせるだろう。
(仕方ないな。乗ってやるよ、マルグリット。なかなかの策士だな。やるじゃないか)
ラントは侍女の名を聞き、抱き寄せた。隠し部屋から良く見えるように部屋の中央で彼女の体を引き寄せる。顎をくいと上げさせ、唇を貪る。抱きしめながらネグリジェとドロワーズを降ろす。即座に侍女は裸になった。恥ずかしそうにしているがキスで蕩けている。すでに準備は万端だ。
だがこれは教育だ。しっかり見せてやらなければならない。ラントは侍女をベッドに連れて行き、徹底的に愛撫して善がらせた。夫よりも良いと叫ばせ、自らも裸になり、貫いた。
ハンネローレもエステルも自分がどういう目に合うのかしっかりわかっただろう。ラントは侍女が力尽きるまで抱き潰した。
◇ ◇
「ふふ、ラントは流石ですね。どうですか、アドルフィーネ、ハンネローレ、エステル」
「素晴らしい肉体美でした。更にあの技術、体力、前夫とは比べ物にはなりません」
アドルフィーネはラントの情事を隠し見て素直な感想を言った。女がうずいているのがわかる。
「初めて見ました。あれほど激しいのですね」
「言葉にできません。私も本当にアレをやるのですか?」
ハンネローレとエステルが素直に感想を言う。少し怖がっているようだ。だがもう彼女たちには逃げ場がない。従うしかないのだ。
今日のこれは禊だ。マルグリットとラントに従うか、捨てられ路頭をさまようか。どちらかしかアドルフィーネたちには選択肢がない。捨てられればすぐさま下町の荒くれ者の慰み者にされるだろう。目に見えるようだ。そんな目に娘たちを合わせる訳には行かない。
「そうですよ、ハンネローレ、エステル。貴女たちはラントの専用侍女なのです。求められれば必ず応えなければなりません。それが義務です。それともスラムに放り込まれたいですか? 使用人たちは全てたった一回でラントに惚れました。アドルフィーネ、次は貴女の番ですよ。ハンネローレとエステルに見せつけて差し上げなさい」
「はい」
アドルフィーネは素直に従った。
「母様」
「お母さん」
娘二人に見られながら女主人の想い人に抱かれる。なんと背徳的なのだろうか。アドルフィーネはドキドキしながらマルグリットに言われるがまま部屋を出て隣の部屋をノックした。
アドルフィーネだけがネグリジェ姿でこさせられた訳だ。娘たちへの教育を兼ねているのだ。見事役目をこなさなければならない。
だがその思いは部屋をノックし、情事の匂いに包まれた部屋に入った瞬間に吹き飛んだ。
「お、お替りか? アドルフィーネじゃないか。どうしたんだ。覗いてたんじゃないのか」
「気付いておられたのですか。娘たちに見本を見せろとマルグリット様に言いつけになられました」
「ならば人妻だった女の雌の部分、しっかりと娘たちに見せつけるんだ。できるな」
裸で振り向いたラントの姿は美しかった。その言葉には従わなければならないと女の本能が言っている。危うく跪きそうになった。いや、跪いて情事の後を丁寧に掃除した。
「わかっているじゃないか。自分の立場が」
アドルフィーネは自分から服を脱ぎ、ベッドの上に四つん這いになった。女の部分はすでにトロトロであった。
即座にラントがのしかかり、女の声が出た。それからは全く記憶になかった。ラントに蹂躙された記憶しかない。気がついたら朝で、使用人たちに風呂に連れて行かれた。
アドルフィーネは一晩でラントの虜になった。
必ずラントの子を産むと誓った。マルグリットがラントに執心する
◇ ◇
「お呼びと聞き、参上致しました、コルネリウス殿下。ランツェリン・ドゥ・クレットガウでございます」
「クレットガウ卿、よく来たな。それにもうフォンを名乗っても良いのだぞ。そんな堅苦しくなくて良い。ソファに座れ。ふむ、明日論功行賞がある。クレットガウ卿は主役だからな。先触れを出させて貰った」
「まだフォンを名乗るのは尚早というものです。未だ騎士爵でしかありません。ですが報酬の内容は既に聞いています。問題ないのでは?」
コルネリウスは執務室にラントを呼び出していた。そう、既に報酬の内容は先日ラントに説明している。だがそれだけではなかった。
「幾つかの貴族が取り潰しになり、王都貴族街の屋敷が空いた。クレットガウ卿には元伯爵邸が進呈されることになった」
「なっ、伯爵邸ですか? 王都のタウンハウスの? 俺はこれから子爵になるばかりの新米貴族ですよ」
「そうだ。だがクレットガウ卿なら即座に功を上げて伯爵程度なら貰えるであろう。マルグリットを妻に娶ろうというのだ。伯爵は最低限だ、違うか?」
「違いませんね、どうやって功を上げようか考えていたところです」
「そこで提案が二つある。一つは王城の結界の魔術陣だ。張られたのは三百年も昔になる。強力だが少し古いことは否めない。クレットガウ卿、卿ならその魔術陣を現代風に改良することも可能ではないかな?」
ラントはう~んと考える。考えながら座る姿も絵になる男だとコルネリウスは思った。
「王城の結界の魔術陣など王家の秘事でしょう。宮廷魔導士に頼んでは如何ですか」
「もちろんハンスたちにも同行させる。だがクレットガウ卿、卿なら我が国の宮廷魔導士に劣らぬ魔術の造詣があるだろう。魔導士試験のことも聞いたぞ。試験官の度肝を抜いたそうじゃないか。ハンスたちはアーガス王国の魔導に染まっている。クレットガウ卿は帝国の魔導にも詳しいと言うではないか。知っているぞ、エーファ王国での帝国の蠢動。それを防いだのは卿だろう」
「なっ、それをどこでっ」
コルネリウスは嬉しかった。ラントを慌てさせるなどそうそう経験できない。常にコルネリウスがラントの実力に驚くばかりだったのだ。ラントが慌てる様を見て、してやったりと笑みを浮かべた。
「何、少し調べさせればわかる。マルグリットが通った場所。そして商業ギルドでグリフォン便を使ってエリナリーゼの名でブロワ家に手紙と共に魔法具を送っているな。そしてその魔法具でブロワ家は王太子とその側近、王城に掛けられた魅了を解いたと噂が流れてきた。時系列を調べれば卿が関わっているだろうことなど簡単に調べられる。エーファ王国からマルグリットを帰還させて欲しいと手紙まで王宮に届いているぞ」
「それは、……マルグリットに知らせているのですか」
ラントがソファから立ち上がりそうになる。手をかざしてそれを止めた。
「ふふふっ、マルグリットのことになると卿は熱くなるな。羨ましいことだ。もちろん知らせている。だがマルグリットの祖父、私の大伯父に当たる方だな。ランベルク公爵がマルグリットたちが王都に居ることを知って会いたいそうだ。祖国に帰ってしまえば公爵ももう年だ。会うことは叶うまい。夜会の女王、アンネローゼの再来と言われるマルグリットだ。会いたいと言う貴族は五万と居る。だがそんな有象無象ではない。れっきとした祖父や伯父たちだ。公爵の願いも叶えてやりたいので、少し待てとブロワ家には伝えている。そう焦るな」
ラントは落ち着いたようだ。だがブロワ家も突然娘を勝手に国外追放されたのだ。当然帰して欲しいという気持ちは本当だろう。王太子妃に戻ることはないだろうが、ブロワ家がマルグリットと会いたい気持ちもコルネリウスにはよくわかった。
「そんな訳でな。色々と事情があるのだ。卿が公爵邸に居る事はバレてはいるが、公爵とはまだ顔を合わせない方が良いかも知れぬ。なにせアンネローゼを可愛がっていた張本人だ。生き写しのマルグリットにも執心するだろう。卿にはその間北へ行って貰えぬか。帝国との国境の要塞がある。辺境伯が守っているが帝国は最近発展が著しい。いつ攻めてきてもおかしくない。卿の意見が聞きたいのだ。どちらも国の大事だ。頼まれてくれるな」
ラントは華麗な礼をした。古風な最敬礼などベアトリクスに聞いた。実際所作は完璧だ。どこでそんな古風な礼法など覚えたのだろう。
「王太子殿下の命とあれば、断る術はありませんな。承ります」
「その分卿の功は上がり、伯爵位にも近くなる。お互い両取りの良い提案だとは思わぬか?」
「ふふふっ、殿下もなかなかやりますね」
「クレットガウ卿に感化されたからな。ぬくぬくと王太子の座になど座ってはおれん。俺の目標はクレットガウ卿、お主なのだ」
「私ですか?」
本日二度目の驚きの顔だ。コルネリウスは嬉しくなった。だが本音だ。
「そう、誰にも縛られず、誰よりも強く、そして未来を見ているのかと錯覚するほどの慧眼。更にアンネローゼ伯母上の再来とまで言われたマルグリットを惚れさせている。王太子としてではなく、男として卿には嫉妬してしまうのだよ。俺もまだまだだと思い知らされた。卿には負けられぬ、そう思っている」
「光栄に存じます」
ラントはソファから立ち上がり、跪いた。コルネリウスはラントが真にコルネリウスに忠誠を誓っているなどとは信じてはいない。彼が王太子だから頭を下げているのだ。
ラントが自由を愛するのはよくわかっている。王家に縛られるとならば即座に逃げだすだろう。多くの者にそう忠言された。
いずれラントの忠誠を向けられるほどの王になりたい。本気でそう思った。
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