058.包囲網と報奨

「サバス、ラントの市井での噂を集めて頂戴。ラントが市井でどのように評価されているか知りたいの。あと王宮での評価ね。ラントの功績は大きすぎるわ。嫉妬に晒されているのではないかしら」

「畏まりました。マルグリットお嬢様」


 サバスは公爵家のタウンハウスを任されている家令だ。もう老人ではあるが未だその威は健在で矍鑠かくしゃくとしている。更に有能だ。

 公爵家の者が居ない今、この家の全てを取り仕切っているのはサバスとデボラだと言える。そして外向きの事はサバスに任せるのが一番だ。デボラは内向きの事を取り仕切っている。

 ラントはコルネリウスに呼び出され、王宮に参内している。報奨の件で詰めることがあるのだと言う。ベアトリクスも同席すると言うからしばらくは帰らないだろう。


「デボラ、ラントのお手つきになった使用人を集めて頂戴。話を聞きたいわ」

「畏まりました。すぐに集めます」


 マリーの部屋に入ってきた使用人の数は二十を超えていた。それぞれが可愛らしい顔立ちや美人ばかりだ。マリーの湯浴みを良く手伝ってくれる使用人の顔もあった。公爵家の女性使用人は軽く五十を超える。それでも足りないくらいだ。すでに半数近くがお手つきになっているのだ。


「貴女たちを呼び出した理由はデボラから聞いているわね。恥ずかしがらずに、ラントのことを教えて頂戴。赤裸々な話でも構わないわ。むしろ隠し事は許しませんことよ?」


 マリーがそう言うと使用人たちはピシッとなった。だがすぐに顔を真っ赤にしてもじもじとする。


「ラント様は素晴らしいお方です。優しく、激しく、女の壺を全て押さえていると言って過言ではありません。あれほど激しい殿方は始めてでございます」


 年嵩の使用人がそう答える。彼女は夫も居たはずだ。だがお手つきの可能性も含めて公爵邸に勤めている。夫が知っているかどうかは知らないが、公爵家では当たり前のことだ。


「私は初めてでしたが優しくしてくださいました。初めての痛みを感じたいと言うと優しく痛みを感じさせてくれ、痛みを堪能した後〈治癒〉の魔法を掛けて頂きました。それからは凄かったです。痛みなど感じられず、一回でメロメロにさせられてしまいました」


 年若いメイドがそう語る。なるほど、治癒をそんなことに使うとは思わなかった。そしてエリーがあれほど嬌声を上げていた理由がわかった。同じように痛みを堪能した後、治癒を掛けられたのだろう。


「ラント様はまるで魅了や官能を刺激する魔法を使えるのかと疑ってしまうほど巧みでした。どの女性でも一晩で惚れてしまうでしょう」


 美しい所作をする使用人が頬を赤らめて言う。


「私は戦の後の昂ったラント様に呼び出されました。そして荒々しく組み敷かれました。しかし嫌悪感はありませんでした。あれほど極上の夜はありませんでした。次に呼び出されても必ず行きます」


 可愛らしい顔をした使用人はそう断言した。

 多くの意見を聞いたが、ラントは絶倫で体力が無限にあるとのこと。更に女の扱いに慣れており、乙女でも他の男を知る女でも一回で落としてしまうことが発覚した。

 ラントに抱かれた使用人たちでラントのことを悪く言う者は存在しなかった。むしろ次に呼ばれるのはいつだろう。手をまた出して欲しい。それにその噂を聞いて他の使用人もいつ呼ばれるのか楽しみにしているようだ。

 マリーの部屋にはピンク色のオーラが漂っていた。そのオーラにマリーまであてられそうになった。


「そう、わかったわ。ありがとう。恥ずかしい告白をさせてしまったわね」

「構いません、マルグリットお嬢様のお役に立てたなら幸いです」

「もう仕事に戻って良いわよ。十分役に立ったわ。ですがわたくしは経験がありません。ラントの相手が務まるかしら?」

「大丈夫です、ラント様はとてもお優しい方ですよ。優しくしてくださいと言えば優しくしてくださいますし、激しくしてくださいとお願いすれば気を失うほど激しくしてくださいます。マルグリットお嬢様もお好きなシチュエーションでおねだりすれば良いのです。お嬢様ほどお美しい方の隣に並べられるのはラント様しかありえません。不敬ですがコルネリウス王太子殿下ですらマルグリットお嬢様にはまだ至らないかと」

「あら、本当に不敬ね。ふふふっ、聞かなかったことにするわ」


 クスクスとマリーが笑った。使用人たちも笑っている。

 マリーは十分情報が収集できたので使用人たちを解散させた。

 サバスは影たちに情報収集の任務を言い渡しているだろう。だが流石に一日でとは行かない。

 マリーはラントの敵となる者を許す気はなかった。エーファ国の公爵令嬢であり、アーガス王国ではそんな権力はない。だが叔母が王妃であり、王太子が従兄弟である。王女たちも従姉妹だ。公爵位を賜っている祖父もいる。マリーが一声掛ければ動く者は多くいる。そんなマリーにおもねろうとする者は後を絶たない。

 茶会や夜会の誘いなどひっきりなしにくる。冬場は社交の季節だ。だがマリーは敢えて自分の価値を上げるように、たまにしか夜会や茶会にしか顔を出さなかった。デボラが希少価値を上げることでマリーの立場を固めることを勧めてきたのだ。故にマリーが参加した茶会の主催主や夜会の主はマリーを大歓迎する。マリーが参加すると言う事はマリーに認められた証左なのだ。


「マルグリットお嬢様、わたくしたちもラント様のお相手をしても宜しいですか?」


 侍女の一人が尋ねてくる。


「あら、貴女は婚約者がいるのではなくて? 貴女もラントに惚れたの?」

「お恥ずかしながら、ラント様の素晴らしさに当てられた者は数知れません。他の侍女たちも同じ思いを抱いていると思います」


 侍女はちらりと隣の侍女を見た。その侍女も顔を赤くしながら頷いている。彼女はすでに夫も子も居たはずだ。良いのだろうか。公爵家に仕えている侍女だ。それなりの貴族夫人であることは間違いがない。家名までは確認してないが、確か伯爵家ではなかっただろうか。


「夫とは没交渉ですし、夫も浮気をしています。許されるならラント様に抱かれることをお許し頂きたく」

「えぇ、構わないわよ。そんなに狭量ではないわ」

「ラント様の子を孕んでも構いませんか?」

「え?」


 その言葉は流石に見過ごせなかった。だが侍女はそんなマリーを気にせず続ける。


「ラント様のお子であればとても才ある子が生まれると思うのです。あの魔力、魔法の腕、魔術の腕、錬金術の腕。そこらの伯爵家や侯爵家でもとても敵いませんわ。マルグリットお嬢様はエーファ王国に帰ってしまうかも知れません。次代を考えればラント様の種はアーガス王国に残して頂けると嬉しいのですが……」


 マリーは顎に手を当てて思案した。悪くない提案だ。


「そうね、ラントの子ならとても才ある子に生まれるでしょう。アーガス王国の次代にラントの子たちが多く溢れる。それは面白い提案ね。わたくしが最初にラントの子を孕みたかったけれど、ラントの事ですから市井に既に子が居てもおかしくありません。許します。ただし、夫や婚約者にバレないようにするのですよ。もしくは許可を取りなさい。わたくしの許可があると言っても良いわ」

「「「はいっ」」」


 侍女たちはラントに侍ることを許可され、更に子を孕む事まで許可された。


「そうね、デボラ。使用人たちにも密かに避妊薬の使用を止めさせなさい。そして子ができたら離れで育てさせるのです。次代の公爵家を支える優秀な使用人が生まれますよ」

「それは素晴らしいですね。是非そうします」


 デボラは嬉しそうに答えた。

 そうしてラントの知らぬ合間に包囲網は完成していたのだった。エリーは静かに見守っていた。



 ◇ ◇



 ラントはコルネリウスの執務室に居た。反乱も収まったことでコルネリウスの悩みの種も晴れたようだ。顔が晴れ晴れとしている。そしてベアトリクスとヘルミーナも居る。ヘルミーナは久々にコルネリウスに構って貰えて嬉しそうだ。


「ラント、抱っこ」

「はいはい、ヘルミーナお姫様」

「うふふっ、ヘルミーナはラントのお膝が大好きなのよ」

「あらあら、甘えん坊ね。ヘルミーナはあまり懐かないのよ。それなのにそんなに懐いて。あなた幼女すら虜にする能力でもあるんではなくて?」

「そんなものありませんよ。私もどうしてこんなに懐かれているのかわかりません」

「ラント~、頭撫でて~。あとワンワン出して」

「わかった、トール。おいで」

「わ~い、ワンワンだ~」


 ヘルミーナに絡まれ、ベアトリクスにからかわれる。ヘルミーナは膝の上に乗り、トールを可愛がっている。とても幸せそうだ。


「それで、殿下、ご用事とは?」

「ふむ、報奨の件だ。そなたへの報奨が決まった。侃々諤々かんかんがくがくだったぞ。大臣たちが異例の戦功にどうすれば報いられるのかと頭を捻っていた。何せ卿は地位や名誉を求めぬからな」

「会議は踊る、されど進まず。というやつですな」

「ふむ、初めて聞いたが言いえて妙だな。確かにそのような有り様であった」


 コルネリウスは笑う。確かウィーンのリーニュ公の言葉だったはずだ。ラントは古い記憶を引っ張り出す。当然この世界にはリーニュ公は居ない。そんな言葉もないだろう。


「それで、どの様に決まったのですか」

「まずは宝物庫から三つ、好きなものを選んで良いことになりました。流石に制限はありますけどね。私が案内して差し上げますわ。それと禁書庫の入室権も当然付きます。報奨金も奮発されるでしょう」

「それはまた太っ腹ですね。王妃殿下の案内で宝物庫を歩けるだけで幸せです。禁書庫は素直に嬉しいですね。アーガス王国の秘奥、堪能させて頂きます」

「まぁ、口の上手いこと」


 ベアトリクスが笑いながら茶に手を出す。

 三つとは大盤振る舞いだ。大国アーガス王国の宝物庫など入れるだけで幸せだ。更に宝物を三つも頂けると言う。良い魔法具があれば良いなとラントは思った。

 王家の宝物庫の中身などどこに出しても売れるものではない。ならば実用品が欲しいと思った。一つくらいはマリーへの装飾品を選んでも良いかも知れない。

 正面のコルネリウスが口を開いた。


「更にクレットガウ卿を子爵に叙する。魔導士資格を持っているので子爵相当であるからまぁ良いだろう。騎士爵から三段飛ばしの昇進は異例だぞ」

「それはまた太っ腹で。反対はなかったのですか?」


 コルネリウスは少し苦虫を噛み潰したような表情をして続ける。


「当然あった。だがでは反対した者に、あの反乱をほぼ被害なく抑えられたのかと問うと誰も文句は言えなかった。それに俺の命も二度も救われた。その卿に報いぬ訳には行かぬ。父上、国王陛下も承認された。宰相も認めた。ただし領地はない。やるべき業務もない。爵位と貴族年金だけだな。その方が卿には都合が良いだろう」

「しがない平民だった男に領地を統治させようなんて正気の沙汰じゃありませんよ、勘弁してください」


 ラントは手を振って笑う。


「ははっ、そうではない。卿を王都に置いておきたいだけだ。いざとなった時に頼れる存在が王都にいる。それだけで皆安心できると言うものよ」

「そうですか。では有り難く頂くことにします」


 マリーを娶るなら子爵では足らない。最低伯爵号は要るだろう。さて、どこで功を立てようか、とラントは考えにふけった。膝の上ではヘルミーナがトールと遊んでいる。トールは幼女の扱いも上手い。ヘルミーナはきゃっきゃと喜んでいる。


「さらにだ、ランドバルト侯爵の義妹と姪がいる。わかるか?」

「えぇと、反乱を起こした本来のランドバルト侯爵の弟の妻と娘ですか」

「そうだ、妻はまだ三十代。娘たちは今貴族院三年生と一年生になる。彼女たちは当然反乱を起こした本人の妻や娘たちだ。だが彼女たちは何も知らぬ。流石に長年功のあるランドバルト侯爵の一族を郎党死刑にするのはまずいとなった。幼い子もいる。幼子はランドバルト侯爵が引き取ることになった」

「ランドバルト侯爵のお加減は如何ですか。姪っ娘も引き取れば良いでしょう」

「クレットガウ卿の薬で元気になったぞ。すでに固形物が食べられ、歩けるようになったとも聞く。今は侯爵邸のタウンハウスで療養中だ。それなのだがな、ランドバルト侯爵からお主へやりたいと直訴があった。なにせ娘をクレットガウ卿の嫁に出したいといい出しているからな。娘も美しいぞ。反乱が起きたことで婚約は取りやめになって宙に浮いている。ランドバルト侯爵も自身に毒を盛り、家督を強引に奪い、家族を地下牢へ幽閉し、反乱を起こした弟の妻や娘たちだ。流石に引き取る訳にもいかぬ。貴族院に通っているということはすでに成人しているのだ。婚約者も居たが当然婚約も解消された。王国貴族には引き取り手もおらぬ。欲しがる好色貴族もいるが功を上げておらぬ。当然そんなところにやるわけにはいかぬ。妻の実家は反乱に加担していて取り潰しになった。故にクレットガウ卿に感謝の証として好きにして良いとランドバルト侯爵が言っていた。侯爵の姪だ。高貴な貴種の女だ。クレットガウ卿も興味がないとは言わぬだろう」

「それは、そうですが……」


 ラントは言葉を濁した。ランドバルト侯爵は毒と長い地下牢生活で衰えていたがイケオジだった。そして妻たちも美しかった。弟の顔は見ていないがその血が入っているならば娘たちも美しいだろう。妻は三十五で伯爵家の出だと言う。良い感じに熟れている。ラントは必死に表情を取り繕いながらニヤリと心の中で涎を垂らしていた。

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