057.ラントとエリー

「マリー、帰ったぞ」

「お帰りなさい、ラント。危険はなかった?」

「王太子殿下が襲撃された。だが怪我はない。死者も居ない。大丈夫だ、心配するな」


 マリーはラントに傷がないか丹念に確かめた。だがラントの言う通り傷一つない。だがラントの体が火照っている。滾っているのだろう。

 ぐいと腰を掴まれた。胸が潰れるほど抱きしめられる。ラントの匂いが胸いっぱいに入ってくる。即座に安心する。マリーの居場所はラントの腕の中なのだ。例え王妃殿下でも、国王陛下でさえも、誰にも邪魔させはしない。


「マリー、湯浴みを済ませてくる。もう覗くなよ」

「のっ、覗きません!」


 マリーは真っ赤になった。やはりバレていたのだ。ラントの目を誤魔化すことなどできない。

 公爵令嬢が男女の情事を覗く。それがどれだけ恥ずべきことか、マリーは以前見た情事を思い出して真っ赤になる。


「あぁっ、ラントっ」


 ラントが去ってしまう。もう少し抱きしめて欲しかった。だが滾っているラントの相手をマリーがする訳には行かない。公爵令嬢には辿るべき手順というのがあるのだ。

 婚前交渉をしたなどと世間に知られれば、簡単に股を開く女だと夜会で噂に晒されるだろう。そんな恥辱は味わいたくなかった。だがラントになら抱かれても良い。その思いは日に日に強くなっている。むしろ早く抱いて欲しかった。


「今日もうまいな。更に豪勢だ。そうだ、エリー。後で部屋に来い。デボラ、二つ隣の客室は綺麗に掃除しているか?」

「はい、どこの客室もいつでも使えるようにしています」

「なら今日はそこで寝る。準備しておけ」

「わかりました」


 ラントは凄い勢いで肉や魚を平らげている。

 王都の広場で戦いがあったと噂が流れてきた。コルネリウスが帝国の魔導士に狙われたのだと。そしてコルネリウスは無事に王宮に戻った。つまりラントが対処したのだ。

 ラントの目がギラついているのがわかる。戦闘をしたラントはギラギラとしていて普段とは違う危うい雰囲気を醸し出す。だがその危うい雰囲気ですらマリーは好きだった。ギラギラとしたラントに組み敷かれたい。そう思った。


(やだ、最近ラントとの情事のことばかり考えてしまっているわ)


 マリーは恥じた。だが妄想は止まらない。食事中のラントが話しかけてくる。それにはマリーも如才なく答える。ラントと話すだけで楽しい気分になる。久々にラントと会えたのだ。ほんの数週間でも数年は待った気にさせられた。それほど愛しかったと言える。


 もうマリーはラントとは離れられない。ラント抜きの生活など考えられない。それほど嵌まってしまっていた。そしてそれを自覚している。

 早くラントに出世して貰って公爵令嬢であるマリーを娶れるだけの爵位について欲しいと思った。最低でも伯爵位はいるだろう。一番早いのは宮廷魔導士だろうか。だがラントは宮仕えをするとは思えない。実際ハンスからの誘いを断ったと聞いたことがある。

 女であるマリーがラントを求めるのははしたないが、そろそろ我慢が利かなくなりそうであった。


「ふぅ、食った食った。やはり戦いの後は肉だな。酒も美味い。シェフに礼を言っておいてくれ」

「はい、旦那様」


 最近デボラや執事はラントのことを客人扱いではなく旦那様と呼ぶようになった。本来ならこの家の主人である公爵が呼ばれるべき呼称である。だが誰もそれに疑問を覚えなかった。

 ラントはいつの間にか家令、侍女、執事、使用人たちの信を得ていたのだ。旦那様と呼ばれるほどに。ラントは真にこの館の主と認められているのだ。


 夜になり、エリーがおめかしをしている。冬だと言うのに薄いネグリジェだ。だが以前にマリーは同じように薄いネグリジェでラントの部屋を訪ねたことがある。エリーを叱る訳にもいかない。胸が透けている。ドロワーズに薄いネグリジェのみの姿だ。

 何をしに行くのかマリーはエリーから聞いている。そしてマリーも認めている。

 エリーが嬉しそうに部屋を出ていく。そしてしばらくするとコンコンコンとノックがされた。声を掛けるとデボラだった。扉を開けさせる。


「お嬢様、こちらでございます」

「何かしら」


 そこはラントが指定した客室の隣の部屋だった。デボラが本棚を動かすと隠し廊下が現れる。以前の浴室と同じだ。


「一体誰がこんな仕掛けを?」

「五代前の公爵閣下だと聞いております。好色で十人の妻を娶り、多くの妾を侍らせて居たとか。使用人にも何人も子を産ませています。当然もう鬼籍に入っておりますが」


 公爵家には分家が多い。それが五代前の公爵の仕業だと教えられた。マリーも知らない真実だった。


 デボラに案内されてこっそりと隠し廊下に入る。そこにはやはり覗き穴が開いていた。

 マリーはこっそりと客室を覗く。そこではエリーがラントに身を寄せていた。薄いネグリジェで、ラントにソファで寄り添っている。

 ラントは飴色の蒸留酒を飲んでいた。エリーはワインを飲んでいる。

 マリーは魔法を使った。聴覚を敏感にする魔法だ。それで何を話しているのか盗み聞きすることができる。


「いいのか、エリー。今日の俺は滾っている。我慢なんてできんぞ。お前は乙女だろう。優しくしてやれる日もあるぞ?」

「いいえ、その滾ったラント様に襲われたいのです」


 マリーは自身の心を代弁されたような気がしてドキリとした。


「そうか、なら遠慮はしないぞ。壊れるまで抱いてやる」

「えぇ、好きにしてくださいませ、ラント様」


 二人の距離が縮まる。唇が合わさる。嫉妬の気持ちはない。マリーも了承し、エリーを送り出しているのだ。エリーからも話を聞いている。

 長い口づけが終わり、エリーは初キスだというのにマリーのようにトロトロにされた様子だった。足がふらついているのが見える。ラントたちはベッドに向かった。エリーは静かにラントに手を引かれている。

 ここからでは良く見えない。何せ客室は広いのだ。だが覗き穴はベッドをちょうど捉えるように作られている。〈遠見〉の魔法を使う。

 ラントのことだ。マリーが覗いているなど当然のように気付いているだろう。むしろ覗かせる為にこの部屋を指定したのだと今更気付いた。

 マリーは火照り、下腹部を抑えた。


「エリー、行くぞ」

「はい、覚悟はできています」


 ラントが服を脱ぐ。エリーもネグリジェがひん剥かれ、下着姿になる。ブラジャーなどというものは存在しない。ドロワーズをエリーは自分で降ろし、全裸になる。月明かりでエリーの美しい肢体が露わになる。ラントが興奮しているのがわかった。

 ラントも服を脱ぐ。すぐさまパンツまで落とされる。


「最初くらいは優しくしてやろう。だが今日は寝られるとは思うなよ」

「はい、宜しくお願いします。ラント様。マルグリットお嬢様の侍女であり、末席とは言え、エーファ王国産の貴族令嬢のお味、存分に召し上がりくださいませ」

「ふふん、いい覚悟と表情だ。だがその表情がいつまでできるかな」


 ラントの手が動く。それだけでエリーの体が跳ねる。エリーの声が甘い声に変わっていく。マリーは熱心にその様を見つめている。


(エリー、なんて声。あんな声が出せたのね。知らなかったわ)


 あっという間にラントの手によってエリーは昂らされたらしい。ラントがエリーの足を開き、上に乗る。


「最初は痛いぞ。〈鎮痛〉の魔法はいるか?」

「いえ、いりません。その痛みごとラント様を感じたいのです」

「良い覚悟だ。行くぞ」


 ラントとエリーの体が重なりあう。痛そうなエリーの悲鳴が響く。しかしラントは容赦はしない。


(まぁ、エリー。わたくしより先に大人になってしまったのね。でも羨ましいわ)


 マリーは声も出せず、手を口に当てながら二人の情事から目を離せなかった。確かに最初は優しかった。だが段々と激しくなっていく。ラントは幾度も果てたはずなのに止まらない。

 エリーはすでにぐったりとしている。見ているマリーまでクラクラしてきた。

 これがラントの相手をすると言うことか。マリーにできるだろうか。いや、しなければいけない。そうでなければ伴侶など務まらないのだ。そしてマリーにはラント以外の相手など考えられなかった。考えたくもない。


 気がつくと夜半になっていた。エリーはもううめき声しか上げていない。だがラントは止まらない。トントンと肩が叩かれる。


(デボラ)

(お嬢様、そろそろ就寝されては如何ですか)

(そうね。つい見入ってしまったわ)

(私も後二十年若ければラント様にお相手して欲しかったです)

(あら、デボラもまだまだイケるわよ)

(ラント様の体力には付き合えません。それに夫も居ますから)

(そうだったわね。じゃぁ行きましょうか)


 コソコソと話し、隠し廊下を出る。マリーの体は火照っていた。何せ最愛のラントと、幼い頃から常に一緒に居たエリーの情事を覗き見ていたのだ。

 エリーがあのようによがるなど想像もしていなかった。一桁台の頃からの付き合いだが、まだまだマリーにもエリーの知らない面がある。

 マリーはその日なかなか寝られなかった。


「おはようございます。マルグリットお嬢様」

「おはよう、エリー。貴女、酷い顔をしていますわよ」

「見ていられたのでしょう、ラント様は凄い方でございました。マルグリットお嬢様も覚悟をせねばなりませんよ。私は今後いつでもラント様に抱いて頂きます。お教えしますので覗きに来て宜しいですよ。後学の為です」

「えぇ、しっかり見させて頂いたわ。ですがエリー、今日は休みなさい。命令よ。ゆっくりとベッドで休みなさいな。侍女は他にも居ます。デボラも居るわ。エリーはゆっくり休むべきよ」

「湯浴みの時に寝落ちしかけて使用人に起こされました。お言葉に甘えさせて頂きますね」


 エリーは使用人用のベッドに寝そべると即座に寝てしまった。

 マリーは一晩中ラントに愛されたエリーを羨ましいと思った。

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