048.戦勝

(勝ったな)


ラントは確信した。遠く離れた要塞でも魔力が乱れているのがわかる。動揺が伝わるようだ。騎士たちが門からなだれ込み、中では裏切りによる同士討ちも起きているようだ。

だが油断はしない。ラントは再度〈拡声〉の魔法を使う。


「歩兵は騎兵に続き、捕らえた者を要塞の前庭に集めよ。槍や捨てた剣を集めておけ。間違っても懐を探ったり略奪したりするなよ。王太子殿下から処罰が降るぞ。略奪は禁止だ。その代わり後で褒美がある。行けっ。怯むなっ。敵は混乱しているぞっ。間違えても投降したものを殺すなよ。大事な民草だ。同胞殺しなど厳罰対象だぞ、あいつらはランドバルト侯爵に命令されて操られているだけだ」


ラントが叫ぶと歩兵たちも走り出す。暗い夜闇の中だが魔法士たちが〈光球〉を使って誘導している。


「おい、略奪は許さぬのか?」


アドルフが聞いてくる。


「反乱軍とは言え、元は同じ国の民です。彼らの多くは無理やり従軍させられてきた民なのです。更に略奪を許せば軍規が緩むでしょう。その代わり寝返りを約束した貴族たちからは許す代わりに賠償金をむしり取ります。その賠償金で報奨を出せば王家の財政には響きません。王太子殿下の寛容さも示せます。人質を取られ、ランドバルト侯爵に渋々従っていた貴族も、王家に寝返った貴族たちも、民草も王家により忠誠を尽くすでしょう」

「なるほど、良い策だ。確かに相手は反乱軍とは言え国家の礎たる民草がほとんどだ。それに王家の威信に王太子殿下の名声まで響き渡り、報奨は反乱に加担した貴族から搾り取るか。やるものよ」


アドルフはラントの示した策に同意した。コルネリウスもなるほどと頷いている。

コルネリウスは初陣だ。王太子として教育はされていても戦の経験はない。ハンスは広大な結界を張ってコルネリウスと近衛たちを守っている。これで万が一もない。


「第三騎士団。魔法士団。集まっているか」

「「「はっ」」」

「お前らには特命を与える。要塞裏に回り、川を監視せよ。必ず川から小舟で逃げ出す者がいるはずだ。魔法を使って川上に向かうかも知れぬぞ。必ず川下と川上を監視せよ。一人残さず見つけ出して捕らえろ。最悪殺しても構わん。帝国の間者が居るぞ。手強いかもしれん。だが報酬はでかいぞ。行くか」

「もちろんでございますっ」


中隊長がビッと敬礼する。魔法士団を纏める隊長もラントの前に跪く。


(おいおい、俺は指揮官じゃないぞ。アドルフ閣下か王太子殿下に跪け)


そう思いながらも声には出さない。

彼らは一糸乱れぬ動きで要塞裏の川に向かって走っていく。川向こうまで逃げられては仕方がないが、夜闇の中あの大河を渡るのは困難だ。〈飛行〉の魔法でも使えれば良いがあれは制御が難しい上級魔法だ。〈浮遊〉とは訳が違う。舟を使って川上か川下に逃げるのが精一杯だろう。〈飛行〉や魔道具で逃げられたら仕方がない。


「クレットガウ卿、逃げ出す奴などいるのか」


コルネリウスが尋ねてくる。


「ああいう要塞には必ず高官が逃げ出す隠し通路があります。見取り図にはありませんでしたが、そこを使うでしょう。爆裂魔法で死んでいれば良いのですが帝国の間者は優秀です。呪印が発動したことを察知して逃げ出しているやもしれません。今ならまだ間に合うかも知れません」

「そうか、なるほど。王宮や王城にもあるな」

「殿下、……それは機密では」

「そうだったな。忘れてくれ」

「はっ」


ラントはコルネリウスに従って忘れた事にする。実は王城や王宮を歩いている時にいくつか魔力が怪しくなっている箇所を調べてみたら隠し通路を見つけてしまったことがある。だが当然そんなことは言わない。首が飛んでしまう。


「伝令、反乱軍は大混乱に陥り、ほとんどの兵が降伏しています。貴族たちの一部は逃げ去ったようです。ですが大半は捕らえております」

「そうか、では貴族たちだけ引っ張ってこい。弁明の機会を与えてやる」

「畏まりましたっ」


なぜラントの元に伝令が来るのか。これがわからない。もっと偉い御仁がここには何人もいる。アドルフがニヤリと笑っているのがわかる。ハンスもニヤニヤとラントの指揮を見守っている。まるで見定められているようだ。


(いや、まるでじゃないな。確実に見定めに来ているな)


近衛たちはしっかりと殿下の回りを固めている。さっき騎乗しようとした者たちは叱られている。近衛の癖に功を逸って殿下の側を離れようとはどういうことかと雷が落ちている。

ラントが後で言おうと思ったが上司が言っているならばそれで良い。ちょっと発破を掛けすぎたのだろう。なにせコルネリウスまで動き出そうとしていたのだ。一国の王太子が突撃してどうすると呆れそうになった。だが原因はラントだ。流石にラントもコルネリウスを叱り飛ばすわけにはいかない。アドルフが止めてくれて助かったと思った。


二時間後、殆ど戦闘は終わったようだ。一部猛烈に反抗した者たちがいたようだが殆ど損害もなく首と胴が別れた。残った者たちは要塞で縛られている。こちらの被害は最小だ。

項垂うなだれた貴族たちが縄に縛られ、列になって連れてこられる。まだ夜は開けていない。

篝火に照らされ、貴族たちが憔悴していることが見られた。やはりほとんどの貴族は意に沿わぬ反乱だったのだ。


「弁明の機会を与える。嘘は間違っても許さんぞ。コルネリウス王太子殿下の御前だ。どうだ、何かあるか」


ラントが問いただすと貴族たちは縛られ、跪きながらもわーわーわめき出す。

曰く、人質を取られた。曰く、加担せねば攻め滅ぼすと脅された。曰く、寄り親には逆らえなかった。

どんな理由があっても反乱軍に加担して良い訳が無い。だが彼らの全てを処罰してしまうと国が傾く。統治する貴族が足りなくなってしまうのだ。だから賠償金で済ますしかない。治水や街道整備などの労役を課すのも良いだろう。だがそれを決めるのはコルネリウスだ。


まずは送られた書簡で寝返りを約束し、実際に寝返った貴族たちを解放する。彼らは軽度の罰金で済ます。

次に人質を取られたり脅された者たちだ。彼らは大きく賠償金を払わせる。だが賠償金で済むと知った貴族たちはホッとしていた。

送られた書簡も無視し、寝返らなかった貴族たちが少数ながら居る。爆裂魔法も免れていたらしい。だが主だった者たちはほとんどラントの爆裂魔法で死んだそうだ。当然ランドバルト侯爵もだ。


「そうか、貴殿らの意見はわかった。殿下、何かありますか」

「いや、良い。クレットガウ卿に任せる」


弁明を聞き、処罰を決める。当然コルネリウスに許可を取る。ラントが勝手に貴族の処罰を決める訳には行かない。だがコルネリウスには事前にこうすると説明してある。説得済みなのだ。


「殿下、我らは如何致しましょう」


大凡二万の兵が要塞に襲いかかり、戦は終わりつつある。残った三万は諸侯軍だ。だが彼らの使い道は当然考えている。


「夜が明け次第、ランドバルト侯爵の本拠、ランドバルト市を目指して軍を発する。そこに貴族の子弟や夫人たちが囚われているはずだ。彼らの解放をせねばならん」


ラントがそう言うと人質を取られていた貴族たちが泣いて感謝した。


(だから感謝する先はコルネリウスだろうが!)


ラントは心の中でそう罵倒しながらも、まぁ横にコルネリウスも居るし良いかと思った。


「畏まりました。それで、貴殿は。見かけぬ顔ですが」

「クレットガウ卿は此度の作戦を立案し、見事達成した功労者だ。俺が後見している。クレットガウ卿の言葉は俺の言葉と心得よ」

「はっ、コルネリウス王太子殿下」


侯爵たちがコルネリウスに跪く。ラントにも跪いているようにも思える。だが跪いているのは大都市を治める侯爵や伯爵たちだ。ラントなどただの騎士爵でしかない。

なぜ総大将じみたことをやっているのか。その原因はマリーだ。

ベアトリクスとのお茶会でコルネリウスが来た時に良い策はないかと問われた。流石にアーガス王国の王太子に適当な策など言える筈がない。最良の手段を経験から導き出し、献策した。それが全ての始まりだった。

あれよあれよと騎士と魔法士にされ、今回の行軍でも大将のようなことをやっている。本来この役目はアドルフか第三騎士団長がやるべきなのだ。

流石に初陣のコルネリウスには荷が重い。餅は餅屋だ。将軍か騎士団長に任せてドンと構えていれば良いのだ。だがラントの言葉を自分の言葉だと思えとまで言われるとは思っても見なかった。大誤算だ。


(なんかどんどんと泥沼に引きずり込まれている気がするな)


やはりマリーは大きな地雷だった。だが見捨てたら必ず後悔するのは目に見えていた。ラントには救うしか選択肢がなかったのだ。それにラントもマリーの美しさと芯の強さに惹かれている。身分の差が大きすぎてどうにもならないと思っていたが、今回の戦功で領地を持たぬ男爵あたりに叙爵されてしまうだろう。いくつか空いた領地もある。もしかして領地を任されてしまうかもしれない。


(書類に埋もれるのは勘弁だな。優秀な家令を探して押し付けるか)


もしそうなったら代官か家令を王家に推薦して貰い、全部押し付けることにラントは決めた。


「伝令、川下に逃げる小舟あり。魔法士たちが全員捕らえました。二人ほど手酷く抵抗した為、殺しました」

「ご苦労、よくやった。連れてこい」


連れてこられたのはランドバルト侯爵の縁者だった。次男と三男らしい。だが詳しく聞いてみると違うと言う。

ランドバルト侯爵は同盟国との国境を任せられるほどの信の置ける男だった。だがその弟に帝国の間者が近づき、不意打ちをして侯爵家の者たちを全て地下牢送りにした。本来のランドバルト侯爵は病気に掛かり、執務不可能として弟である男がランドバルト侯爵を名乗ったのだという。

よくある話だ。帝国の間者に良いように転がされたのだろう。本人と長男は既にラントの爆裂魔法で消し炭になったと言う。他にも反乱に積極的だった貴族はほとんど消し炭になったか捕らえられた。彼らは生き証人だ。王都に連れて行き、帝国の策謀を暴かれ、法に裁かれる。家中で謀反を起こし、反乱まで主導したのだ。縛り首が妥当だろう。どのみち彼らに未来はない。

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