047.電撃作戦
コルネリウスはラントの予言通り暗殺者が襲来したと聞いて飛び起きた。ハンスは気付いていたらしい。既に臨戦態勢に入っている。アドルフも鎧を着たままで、コルネリウスの前に立っている。近衛たちも既に構えている。呑気に寝ていたのはコルネリウスだけだったらしい。
「殿下、暗殺者は全て倒しました。捕縛したものも居るのですが呪印で自殺されてしまいました。最後には自爆し、骨も残っておりません。これでは帝国の手先であるかはわかりませんが、当面の危機は去りました。そして今こそ好機です。着替えはお持ちですか。王太子殿下の姿にお戻りください」
「わかった」
幻影の腕輪をラントに返し、近衛の服を脱いで収納鞄から替えの服に着替える。そうして本来の自分のテントに行くと幾箇所にも血が飛び散っていた。焼け爛れている箇所もあり、激戦であったことが伺える。何人かはまだ血がついている。ただ死んだ者は居ないようだ。ホッとした。
近衛はコルネリウスの替わりに盾になるべきものたちであるが、見知った顔が死ぬのは辛いものだ。できれば味わいたくはない。
「殿下、汚してしまってすいません。すぐに掃除致しますので少々お待ち頂きたく」
「構わん。暗殺者を返り討ちにしたのだろう。むしろ褒美をやらねばならぬところだ。戦場だ、多少血がついていても問題ない。それにラントは今が好機だと言っていたぞ。すぐ動けるようにしておけ」
「「「はっ」」」
近衛たちに号令を掛ける。外に出るとラントが第三騎士団の特戦隊を呼びつけていた。
「今こそ秘策を実行する時だ。風魔法士を連れて行け。そうでなければ洞窟の中で死ぬぞ。洞窟は二キラメルほどの距離だ。十分で走り切れ。風魔法士、洞窟の中の空気を常に入れ替えるんだ。そして奥には魔法石が十落ちている。そこが終点だ。必ず拾って返せ。貴重品だ。ちょろまかすなよ。案内をつける。ついていけ」
「「「はっ」」」
特戦隊十人と風魔法士が即座に応える。
「あぁ、魔法士はこれを持っていけ。終点の天井を砕くと門の裏にでてそこが門を開ける為の部屋の前だ。魔法でドアを蹴破り、中の者は皆殺しにしろ。そしてこの魔法石で結界を張れ。そうすれば誰も入れん。そうして門を開くんだ。爆発音がしたら即座に開け。わかったか?」
「「「はっ」」」
「トール、出てこい」
十一人がラントの言う事を即座に聞く。ラントの影から白い狼が現れる。彼が案内人のようだ。子狼のようで中型犬のようなサイズしかない。トールと呼ばれた子狼は特戦隊を案内するように闇の中を走り出した。
彼らは音を立てないように革鎧を装着し、トールを追う。
「さて、目にもの見せてやりましょう。これからが見ものですぞ。殿下」
「ふぉっふぉっふぉ、儂も一緒して良いかの。クレットガウ卿の妙技、側で見たいものよ」
「ハンス閣下、閣下には殿下の側に居て貰いたく」
「なぁに、宮廷魔導士が幾人も
「クレットガウ卿、悪いがハンスはいい出したら引かぬ。それにハンスの言う通り戦に急について来るといい出したのだ。悪いが連れて行ってくれぬか」
「……仕方ないな」
ラントが答えるとハンスは「ふぉっふぉっふぉ」とまた笑った。だが目は真剣だった。
「ヴィクトール」
「はっ」
「後学の為じゃ。お主も見せて貰え」
「わかりました。クレットガウ卿、同行しても宜しいですか」
「一人来るなら二人でも三人でも同じだ。そうだな、殿下は俺の側に居たほうが安全だ。殿下、同行しますか」
「良いのか?」
あまりの提案にコルネリウスは聞いてしまった。だがラントの妙技、この目で焼き付けたいという思いはある。近衛たちも反対はしない。ラントとハンスが居て危険だと言うならばどこが安全だと言うのだろう。
なにせ近衛を叩き伏せたラントと、宮廷魔導士を纏める老練な長である。これほど安全な場所はない。更に俊英と言われるヴィクトールまでついている。大規模魔法を撃ち込まれても防ぎ切ることだろう。
「では行きましょう。浮きますよ。少し高いので気をしっかり持っていてください。〈
「おお、四人を軽々と持ち上げるとは、流石やりおるの」
「閣下もできるでしょう。閣下にお任せしても良いのですよ」
「ほっほっほ、老人を酷使するではないわ。若いものは苦労を買ってでもしろと言うであろう。それ、早く上昇させんか」
ラントは諦めた顔をして上昇させる。結界も張ってあるらしく風も寒さも感じない。
二つの月は半分隠れている。ラントの結界は闇を纏っているので見つからないとハンスが解説してくれる。
一キラメルも上昇しただろうか。山の上にあるホーエンザルツブルグ要塞が遠く眼下に見える。地面は篝火が小さく見えるくらいだ。恐ろしい。これで落ちればコルネリウスは必ず死ぬだろう。
〈暗視〉と〈遠見〉の魔法を使えと言われ、即座に使う。距離は二キラメル近くあるように思えた。
「殿下、よ~く見てください。要塞の見取り図にチェックをつけた場所に灯りが灯っているでしょう。あれは暗殺者たちの帰りを待って司令官たちが起きているのです。殿下の首を落としたという報告を首を長くして待っていることでしょう。そこをピンポイントで狙います。見ていてくださいね。一瞬ですよ」
確かに灯りが灯っている場所がある。三箇所だ。
「お主、魔法結界はどうするのじゃ。〈爆裂〉くらいは跳ね返すぞ」
「要塞の魔法結界は整備をしていなかったのでしょう。粗があります。本来なら魔法士たちに飽和させて頂きたく思ったのですが仕方ありません。自分がやりましょう。結界を壊すことはできませんが穴を開けるくらいならできます」
ラントに魔力が集まるのがわかる。コルネリウスですらわかる圧倒的な魔力だ。
ラントが小さく詠唱する。コルネリウスは聞き取れなかった。
「〈極大闇球〉」
ラントの夜より深い闇の魔法が要塞に飛んでいき、魔法結界に炸裂して一部が崩れた。
「火炎の精霊よ、我が呼び声に応えよ。我が意を汲み、炎を纏い、敵を焼き尽くせ。〈
「なんと、
ハンスが叫ぶ。コルネリウスとヴィクトールは声も出ない。
ラントの手の平から三つの閃光が走る。その閃光は夜闇の中で光り、魔法結界に空いた穴を通り、遠くに見える要塞に一瞬で目標に到達し、爆発した。流れ星が光ったようにしか見えなかった。
灯りの付いていた部屋が全て消えている。だが爆発の光と〈遠見〉と〈暗視〉も使い見ていたが、建物にはほとんど傷がないように見えた。目標の部屋だけをピンポイントで爆裂させたのだ。
恐ろしい魔力制御だと思った。コルネリウスも王太子だ。当然魔法の研鑽も積んでいる。だが何十年掛けても今のラントにすら敵わないと思った。それほどの差を感じた。ヴィクトールも震えていた。ハンスは笑っている。
「見事な物よの。まさか三重詠唱とは思わなんだ」
「逃がす訳には行きません。さぁ殿下。降りますよ。これからは時間が勝負です。ちょっと怖い思いをしますが大丈夫です。信頼してください」
そう言われた瞬間浮遊感が襲ってきた。自由落下しているのだ。
夜闇の中一キラメルの上空である。
「うわぁぁぁぁぁっ、死ぬっ。死ぬぞっ」
「死にませんよ殿下。漏らさないようにしてくださいね」
冷静なラントの声が聞こえる。他二人は宮廷魔導士だ。自前でなんとかできるだろう。だがコルネリウスにはこんな状態で〈浮遊〉の魔法を唱える余裕などなかった。
地面が近づいてくる。激突する。そう思った。だが目を瞑った瞬間、ふわりと浮遊感が訪れ、目を開けると地面から五メルのところで浮いていた。助かったのだ。
「だから大丈夫って言ったじゃないですか。漏らしてませんか」
「漏らしてなどおらん!」
つい大声を出してしまった。周囲の騎士たちも王太子が空から降って来るとは思わなかったようでポカンとしている。
本当はチビりそうになっていた。危なかった。もう十秒遅ければ漏らしていただろう。それほどの恐怖だったのだ。
「さぁ、殿下。これからが勝負ですよ」
「こ、腰が抜けて立てん。貴殿のせいだぞ」
「時間が勝負なんですよ、仕方ありません。号令は俺がやります。宜しいですか」
「頼む」
「わかりました」
その瞬間ラントの声が大きく響いた。
「諸卿、敵の首魁は討たれ、門は即座に開く。今が好機だ。突撃せよ。敵は混乱している。だが無闇に殺すな。まずは投降を呼びかけよ。ランドバルト侯爵は死んだと大声で叫ぶのだ。そして剣を捨てた者は縄で縛り上げて転がしておけ。剣を捨てぬ者は構わぬ、即座に斬り捨てよ。今が功を上げる機会ぞ。王太子殿下より褒美が貰える絶好の機会だ。今功を上げずして何が騎士かっ。さぁ行けっ。一番槍には褒美をやるぞっ。第三騎士団。一個中隊をここに寄越せ。魔法士団。二個小隊をこちらへ。残りの騎兵は全て突撃せよ。この陣の守りは厳重だ。近衛騎士団と宮廷魔導士が守っている。何があっても王太子殿下の身は無事だ。さぁ、行けっ」
ラントの指示を聞いて全ての騎士があっという間に動き出す。
ラントの声は五万の大軍にまで響き渡った。良き大将の資格に声が遠く響くことだと聞いたことがある。コルネリウスが総大将であるのだが、初陣で戦の機微もわからない飾りだ。元帥のアドルフも横にいるのだが、まるでラントが大将のようだと思った。危なくコルネリウスまで動きそうになり、アドルフに腕を取られる。
「殿下は堂々として戦果をお待ちください。ほれ、門が開いて行きますぞ。敵は大混乱に陥っていましょう。一夜でホーエンザルツブルグ要塞が落ちるなど聞いたことがありませぬ。クレットガウ卿は世紀の軍師でございますな。間違っても敵対してはなりませぬぞ」
「そうだな、俺もそう思う」
「それにしても儂の出番が無くなってしまったな。これ、近衛まで出ていこうとしてどうする。誰が殿下を守るのだ」
ラントの檄が効きすぎたのか近衛騎士たちまで準備を始めている。アドルフが活を入れて目を覚まさせる。その様にコルネリウスは笑ってしまった。
この戦必ず勝てる。そう思った。
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