041.近衛騎士団

 始めの声が掛けられたに関わらず、スイードは動かなかった。動けなかった。


(構えても居ないのに隙がない……だと?)


 スイードは貴族院の頃から頭角を現し、当時から騎士団入りは確実だと言われていた。騎士志望の者は多く居たが、上級生にもスイードに剣技で勝てる者は居なかった。三年間無敗の記録を打ち立てたのである。

 その功績を称えられ、近衛騎士団から誘いが来た。三男であるスイードでは爵位を継ぐ権利は余程のことがなければ存在しない。近衛騎士団は上級貴族の子弟だけで構成される騎士団だが、他の騎士団に劣る物ではない。しっかりと実力を見定められ、剣に魔法も使えなければ入ることさえ許されない。

 学生時代は剣に打ち込んでいたが、魔法も勉強し、魔法士の資格も取った。騎士団長にも実力を認められ、若くして国王陛下の近衛に抜擢されていることからもスイードの実力は明白だ。


「行け、スイード、何をしている」


(そうだ。剣を合わせて見なければ何もわからない。軽く様子を見るか)


「〈火球〉」


 様子を見ようとした瞬間の動き出しに合わせてあまりに速い〈火球〉が放たれる。しかも五つだ。咄嗟に障壁を張った。〈火球〉が障壁で爆発し、煙幕のようになる。そして砂埃の中からラントが現れた。〈火球〉を追って走り込んでいたのだ。

 袈裟に剣が飛んでくる。なんとか躱す。だが体勢が崩れている。切り返しで胴を薙ぎに来た。それは盾で受ける。


「〈雷撃ブリッツ〉」


 スイードも魔法士の資格を持っている。出が速い〈雷撃〉で迎撃するもするりと避けられた。


(読まれたっ? まさかっ)


「甘いな」

「くそっ」


 飛んできた剣を盾で受け、次の刃を剣で打ち合わせる。軽い。行けると思った。だがそこに合わせて攻撃が来た。軽かったのは其の為だったらしい。腹に蹴りが飛んできた。不意を突かれたスイードは「ぐはっ」と苦しみながら五メルは吹き飛ばされた。


(いかん、良い所が一つもないではないか。これは一度死んだな、俺の負けだ)


 スイードは〈身体強化〉のレベルを上げる。本気で相手せねば目の前の男は倒せない。舐めていたことは否めない。ラントはスイードが立ち上がるのを待ってくれていたようだ。ラントの俊足ならあの一瞬で首筋に剣を添えることすら可能だったに違いない。


「本気でやらないと実力の差などわからないだろう? 最初は手を抜いていたな。どこぞから生えてきた雑草だと舐め腐っていたか? だがその本気の顔はいい表情だ。なかなかの強化っぷりだ。やるな。だがまだ少し甘いな」

「何をっ」


 ラントがニヤリと笑う。

 煽られたスイードは〈瞬歩〉を使って接近し、神速の剣を叩き込む。そこにラントの剣が挟まれるように現れた。同時に〈火矢〉を顔面にお見舞いする。死にはしないが顔は焼け爛れる威力だ。だがそれは首を傾げただけで避けられた。


 ジャリィン。


 スイードの渾身の一撃は流され、超接近戦での無詠唱の〈火矢〉すら避けられた。絡め取られたスイードの剣が宙を舞う。


「おいおい、剣が飛ばされたくらいで止まるなよ。当身でも体当たりでもしろ。もしくは即座に一度退け。そうじゃないと死ぬぜ。〈浸透剄ペネトレイト・ショック〉」


 いつの間にか懐に潜り込んでいたラントは、スイードの腹に掌底を当て、魔法が発動する。聞いたことのない魔法だ。剣を飛ばされ万歳の格好になってしまったスイードに避ける術はない。鎧の強度を信用する以外何もなかった。近衛騎士の鎧には魔法付与がされている。掌底など何のことはない……と、思っていた。

 今度は苦鳴すらあげられなかった。鎧などなかったかのように腹の中がかき回されたような衝撃がスイードを襲い、血を吐いた。立っていられなくなり、地面に伏せる。口からは血が垂れ、あまりの痛みに声を上げることすらできない。胃が破れたのだ。


「しょっ、勝負ありっ」


 騎士たちがわっと湧く。


「まさかスイードが何もできずにやられるとは。何者だあの男」


 大隊長の声が微かに聞こえながらスイードは気を失った。



 ◇ ◇



「あらあらあら、陛下の近衛騎士がやられてしまったわよ、クラウディア。貴女、勝ち目はあるかしら」

「スイード卿とは幾度か模擬戦をしたことがありますが私に勝ち目はありませんでした。スイード卿が負けるのであれば私にも勝ち目はないでしょう。クレットガウ卿が味方で助かりましたね。国王陛下、王妃殿下、王女殿下、王太子殿下。例え二十人の近衛騎士に囲まれていたとしても難なく首を取られていたでしょう」


 ベアトリクスは信頼するクラウディアの言葉を信用する。マルグリットは特大の爆弾を引き連れてきた。彼女は神に愛されているのだろう。何せ死の淵に遭った時に、ラントのような男が助けに入ってくれたのだ。

 アレでは盗賊の振りをした襲撃者など一蹴されて当然だ。ハンターや傭兵たちも同様だろう。敵う筈がない。

 ベアトリクスは魔導士資格試験を受けても合格できるほどには魔法にも魔術にも精通している。王妃という性質上、資格を取る必要がないだけだ。ベアトリクスが魔法を使うということは、近衛騎士たちが既にやられていることだろう。それはすでに絶体絶命に近い。王城が落ちていることだろう。それはつまり国が崩壊していることを意味する。


「次は俺がやる」


 新たな近衛騎士が現れる。その男の顔も知った顔だ。コルネリウスの近衛騎士の隊長をしており、四十代の壮年の男で槍を構えている。魔法も魔術も使える達人だったはずだ。


「コルネリウス、ディートリンデ、ヘルミーナ。良く見ておきなさい。これほどの戦い、そう見れるものではありませんよ」

「そうですね。あれほどとは思いませんでした」

「はい、お母様」

「は~い。ラント格好いい!」


 ベアトリクスはラントを注視する。纏っている魔力が尋常ではない。一体どうやってあの若さであれほどの魔力や制御力を身に着けたのだろう。魔力制御は一朝一夕では身につかない。毎日毎日幼い頃から鍛錬しないとできないはずだ。

 稀にそんなことをしなくとも才能でその壁を乗り越える者もいる。だがそれほどの天才ならば名が売れているはずだ。ベアトリクスは国内の一級二級の有名どころの傭兵やハンターの名はすべて知っている。神童や天才と呼ばれる者も全てチェックしていた。


 だがラントなどという名前は聞いたことがなかった。級も五級だと言う。わざと実力を見せず、隠れていたのだろう。理由はわからない。だがもうラントはマルグリットに連れられて表舞台に出てしまっている。

 近衛騎士の俊英も圧倒的に倒してしまった。

 あれなら第一騎士団が敗れたというのも頷ける。それほどの腕だった。近衛騎士たちの訓練などをよく視察しているベアトリクスが言うのだ。間違いはない。


「始めっ」


 再度開始の合図が始まる。槍使いの近衛はすかさず近寄り、魔法を使わせる隙を与えずに神速の突きを入れる。一段、二段、三段。一瞬で頭、胸、腹を狙った三段突きをラントは体捌きだけで避けきる。


(見切っているわね)


「〈土槍アースランス〉」


 剣山のように槍使いの〈土槍〉が地面から五十を超えて一瞬で生え、ラントを襲う。ラントは読んでいたかのように軽くバックステップしてそれを避けた。


「ぬおおおおおっ」


 〈土槍〉を消し、槍使いが追いすがる。


「あらあら、本気も本気ね。あんなの当たったら模擬槍でも死ぬわよ?」

「母上、笑っていないで止めてください」

「貴方がなさいな、コルネリウス。貴方の近衛でしょうに」

「あれほど本気でやるとは思わなかったのです」

「大丈夫ですよ、クレットガウ卿の実力はあんなものではありません」


 ベアトリクスは断言した。最初の三連撃を躱した動きは見事だった。魔法で動体視力を上げているベアトリクスですら残像しか見えなかった。槍が貫いたと思ったらすでにラントは避け終わっていた。見切っているのだ。明らかに常人のなせるわざではない。

 どんな人生を歩めばあの若さであれほどの頂きに立てるのか、次の茶会ではラントの生涯を本人から直接聞いてみようと思った。



 ◇ ◇



(おいおい、殺す気か?)


 呑気に王宮図書館で読書に励んでいたラントは急に呼び出された。王太子殿下の呼び出しだと言うので行かない訳にはいかない。仕方なく向かうと騎士訓練場だった。

 以前にも似たようなことがあった。訓練場を覗いて居たらウルリヒ、第一騎士団団長に捕まって騎士の訓練に参加させられたのだ。そして掛かって来た奴らをすべて叩きのめした。ウルリヒは大笑いしていた。そして騎士たちの鍛錬の足りなさを指摘し、訓練を倍にすると宣言していた。

 何せポッと出の平民のなりたての騎士に地を這わされたのだ。騎士のプライドは粉々だろう。

 それ以来騎士訓練場には近づいていない。だが呼び出されたのでは仕方がない。そして待っていたのは近衛の服を着た完全武装の騎士たちだった。


「ぬおおおおおっ」


 槍使いの男が突進してくる。なかなかやる男だ。手加減はできそうもない。先程の剣士もなかなかの使い手だった。魔法の扱いも上手かったが魔眼によってラントは数秒先の未来を見ることができる。〈予見眼〉と言うやつだ。

 そうでなければあれほどの三連撃、容易に躱しきれるはずがない。身体強化の制御も見事なもので、槍捌きも上手い。隙がほとんど見当たらない。


(やれやれ、空間魔法で初見殺しをするわけにもいかんしな)


 ブンと振られた槍を上空に飛んで躱す。


「中空に躱すとは愚かな。空ではどんなに素早く動いても良い的だぞ」


 その通りだ。だがラントは〈障壁〉を空中に生成し、それを蹴って追撃を躱した。ただの無詠唱の障壁だが良い具合に足元に作るのは難しい。〈天駆〉という技名を着けている。


「なんだとっ」


 くるりと一回転して槍使いの後ろに回る。後ろを見もせずに剣を下段に薙ぐ。どんな良い鎧を着ていても急所というものはある。ラントの剣は膝裏に当たり、槍使いが振り向こうとするのを止め、膝をつかせた。それで仕舞いだ。だが槍使いは膝をついても諦めなった。後ろを向きもせずに槍を薙いでくる。いい根性だ。最後まで諦めていない。

 だがそれも体を低くして避けたラントの剣は槍使いの男の首筋にそっと添えられていた。


「なかなか楽しかったよ」

「貴殿こそ素晴らしい腕前であるな。上には上がいるものだ。その若さで素晴らしい研鑽。見事」


 ラントは槍使いに認められたようだった。


「しょっ、勝負あり」


 それからは酷かった。一部の近衛騎士は腰が引けていたが次々と「俺がやる」と名乗り出てきたのだ。第一騎士団の時と同じだ。


「仕方ないな。一人ずつやっていたら日が暮れる。全員纏めて掛かってこい」

「なんだとっ」

「舐めているのかっ」


 その場には二十を超える人数の近衛騎士が居た。そして十分後、彼らはすべて地に這いつくばっていた。



 ◇ ◇



「ラントっ、無事!?」

「マリー、どうしたんだ。そんな慌てて」


 公爵邸に帰るとマリーが慌てて飛びついてきた。ラントに傷がないか前に周り、後ろに周り確かめている。噂は千里を走る。ラントが近衛騎士と大乱闘したことは既にマリーの耳に入っていたようだ。

 ローブは多少傷ついたが直撃はない。いくつか傷は流石に負った。それもすでに治っている。

 だが一対一よりも乱戦の方がラントは得意だ。それよりも近衛たちが本当に纏めて掛かってきたので手加減はあまりできなかった。魔法薬を傷ついた近衛たちに分け与えてやったほどだ。

 近衛騎士が二十人も動けなくなっては王族の護衛にも困るだろう。故にラント謹製の魔法薬で癒やしてやった。

 最初に戦った男は内臓をかき回されていたので放って置いたら二週間は寝込む。流石にそれはラントも許されないと思ったのだ。王宮には優秀な癒術士がいるから大丈夫だとは思ったが念の為だ。


 コルネリウスやベアトリクスには「良い物を見せて貰った」と褒美まで貰ってしまった。白金貨が十枚入っていた。白金貨はそうポンポンと出てくるものではない。使い心地も悪い。だが断る訳にはいかない。有り難く頂戴するしかないのだ。金は幾らあっても足ることはない。錬金術の素材は高いのだ。だから魔の森でトールと共に自分で狩っていた。

 アドルフなど大爆笑していた。プライドの高い近衛を嫌っていたらしい。だからと言って人に押し付けるなと声を大にして言いたい。だが仮にも王国軍元帥閣下だ。文句を言える筈もなかった。ただ次からはこういうことはなしにしてくれと念を押しておいた。


「大丈夫だ。傷はない。それより湯浴みをしたいのだが」

「わかったわ。デボラ、すぐ湯の用意を」

「既にできていますわ、マルグリットお嬢様」


 さすがデボラだ。落ち着いていて仕事が早い。むしろマリーが落ち着けとラントは思った。エリーさえ一緒になって傷がないか確認している。

 ラントはゆっくりと湯に浸かり、騎士訓練場には近づきたくないなと思った。

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