040.コルネリウスの悩み

「よし、このくらいでいいかな。ふぅ、念の為魔剣も一本持っていくか。〈収納〉から取り出すわけにも行かんしな。ポーチに入れておこう」


 ラントは出陣に際して万全の準備をしていた。工房に籠もり、装備のチェックをしていく。万が一でもコルネリウスが害されてはいけない。其の為に新しい魔法具も作った。コルネリウスに与える為の物だ。

 更に革鎧がハンター染み過ぎていて高貴な方々と一緒するにはそぐわない。

 ラントの革鎧は実は竜の革だ。地味に見えるが高度な防御力を誇る。


「ベヒーモスの皮でいいかな。金属鎧は重いから着けたくないし、かと言って今から二週間で加工できる職人もいないだろうからな、仕方ない。自分でやるか」


 ラントは素材庫に仕舞ってあったベヒーモスの皮を取り出す。一部分だけ切り取っても余りある巨大な皮だ。何せ巨大なビルのようであった。重さなど考えたくはない。ベヒーモスも竜と同じ捨てる所がない素材の宝庫で、血の一滴すら無駄にしなかった。

 それを魔法で鞣し、騎士が着けていてもおかしくない鎧の型紙を作り、それに合わせて切り取っていく。切り取るのも魔法銀ミスリルのナイフを使う。そうでないと傷一つ付かない。

 八ツ目大蜘蛛と言う名の魔物の頑強な糸を使い、竜の奥牙から削り出した針を使って縫う。そのくらいでないとベヒーモスの革は貫けないのだ。ベヒーモスの皮はうまく鞣して磨くと銀色に輝く。これならばマリーたちも文句を言わないだろう。鎧下は竜革の物を流用するつもりだ。


「ふぅ、これからが大変だな」


 竜が空の王者であるならば、ベヒーモスは大地の王者だ。北方に突如現れ、都市を五つ破壊した災厄である。万を超える人間が即座に死んだ。

 幸いジジイと一緒に居た頃に現れたのでラントとジジイが討伐した。素材はほとんど譲ってもらえた。ジジイはベヒーモス素材など腐るほど持っているらしい。

 血は特殊な魔法薬になり、牙や爪は強力な武具になる。皮は強靭で鎧にしても盾に貼り付けても良い。物理でも魔法でも跳ね返す強力な皮だ。


「鎧の新調など久しぶりだな。あの鎧も竜革であるから良いものなんだがな。一応盾も作るか、そっちは魔法金属を盾の形にしてベヒーモスの革を貼り付けるだけでいい」


 鎧掛けに掛かっている以前から愛用している鎧を見る。見るものが見ればわかるが、ハンター用に作ったので見た目がしょぼい。マリーやエリーにもダメ出しをされてしまった。だから仕方なく新しく鎧を作っている。

 こんな素材を持ち込んでも加工できる職人がいるかどうかすらわからない。たとえ加工できたとしても数ヶ月単位で時間が掛かる。代金も素材持ち込みでも恐ろしい値段になるだろう。

 それを考えただけでブルリと震えた。ラントは今や大金持ちだが金銭感覚は庶民だ。それにやはり自作が良い。


 チクチクと針を動かす。仮縫いで試しに着けてみて動かし心地を確かめる。


「よし、これでいいな」


 本縫いに入る。集中力のいる作業だ。少し動かしづらい部分があり、革を一部切り取る。胸部分と腹部分には薄い竜の鱗を仕込む。首周りはしっかりとした魔法金属で守る。


「兜もいるか? いや、視界が悪くなるし、騎士というよりも魔法士だからな。要らんだろう」


 その代わりではないがローブも作ろうかと考えた。


「いや、ダメだな。せめて魔導士資格を取ってからにしよう」


 魔法士、魔術士、魔導士、宮廷魔導士でローブの色が違う。与えられたローブは悪い物ではないが、防御に不安が残る。ただ魔導士資格を取ってしまうと違う色のローブを纏わなければならない。今魔法士用のローブを作ってしまうと冬場に行われる魔導士試験に通った時、無駄になってしまう。それは流石に勿体ない。

 ちなみにローブは支給されるが、自分で作っても色が同じなら良いらしい。何人かの上級貴族らしき魔法士や魔導士は自家製のローブを纏っていた。ハンスも良い魔物の革製のローブだったのを思い出す。


「仕方ないな。魔術陣を仕込んで誤魔化そう。一時的なら十分な防御力になる」


 ラントは万全を期していたつもりだが、他人が見たら一体何と戦うつもりなのかと問うたろう。そのくらいラントの作った品物は非常識な物ばかりだった。



 ◇ ◇



 コルネリウスは執務室でうんうんと唸っていた。何せ初陣だ。流石に緊張する。もう出立はすぐ傍に迫っている。

 ヘルミーナはコルネリウスが忙しいのがわかっているのか最近は遊びに来ない。ディートリンデや他の王子、王女の元へ通っているようだ。


「いかが致しました。王太子殿下」

「アドルフか、いや、初陣なので緊張していてな。つい本当に勝てるのかと考え込んでしまうのだ」


 アドルフは歴戦の武人だ。身長は百九十セントメルを超え、膨れ上がった筋肉がパンパンに軍服を圧迫している。胸にはいくつもの勲章の略章が飾られている。

 子爵家の出であるのに先の対帝国戦争で大功を上げ、それからも地道に出世して元帥までなった男だ。現国王どころか先代国王にも信の厚い男だ。


「大丈夫です。私が保証致しましょう。クレットガウ卿の魔法の見事な事。献策も素晴らしい物でした。先日は秘密兵器を見せて貰いましたが凄い物でしたぞ。あれならばあの奇策も必ず成功致しましょう。騎士団もついています。心配ならばクレットガウ卿を側に置けば良いのです。アレは騎士団の訓練場にも顔を出しておりました。正規の騎士の剣は学んでおりませんでしたが、歴戦の騎士たちをバッタバッタと薙ぎ倒しておりましたぞ。実戦を知らぬ近衛よりも余程頼りになりましょう。なにせランドバルト侯爵に乾坤一擲の策があるとするならば殿下の首を取ることです。そういう意味では近衛の質には心配が残ります。彼を側に置いては如何ですか」

「なんだとっ」


 アドルフの物言いに流石の近衛も怒りを露わにする。


「近衛騎士団は精鋭中の精鋭。平民上がりの雑魚になど負けぬ」

「そう言って第一騎士団は大隊長まで地面にへばりついておりましたぞ。それほど自信があるならば試してみれば宜しい。今クレットガウ卿は王宮図書館に来ているとか。呼び出して模擬戦でもしてみては如何か」

「宜しい。近衛騎士団の実力、とくと見よ」


 アドルフが煽り、近衛騎士たちが怒りに燃えている。こうなれば流石のコルネリウスにも止められない。それにコルネリウスもラントと近衛、どちらが強いのか見てみたいと思った。


「クレットガウ卿を呼び出せ。近衛騎士たちと腕試しをして欲しいとな。こうなれば止まるまい」

「そうですな。使用人を図書館に走らせましょう。場所は騎士団の訓練場で宜しいですな」


 アドルフがニヤリと笑う。既定路線だったのだろう。コルネリウスの心配を晴らさせてくれるつもりかも知れない。

 そういえばこの数日ずっと執務室に籠もっていた。大量の書類は残っているが、後回しにして見に行こう。少しは気も晴れるだろう。




「クレットガウ卿、すまぬな」

「いえ、殿下のお召しとあらば仕方ありません。しかしどうしてこうなったのですか?」

「それがアドルフがな、近衛よりもそなたを側に置けと進言したのだ。それに近衛が怒ってしまってな」

「そりゃぁ怒りますよ。近衛は上級貴族家の者しか成れないエリート集団でしょう。私のようなどこから生えてきたかわからないような雑草と比べられれば怒らざるを得ません。しかしアドルフ閣下、煽るのは止めて頂けませんか。とばっちりで装備もないのに訓練場に呼び出されて何かと思ったじゃないですか」

「がははっ、貴殿なら傷一つ負わずに近衛のプライドなどぺしゃんこにしてくれるだろうよ。あいつらは家柄を鼻に掛けていて気に入らなかったのよ。少しはその高い鼻を折ってやらねばならん。何せ王族の命を守っているのだぞ。先日の第一騎士団との模擬戦を見たぞ。見事な物であった。儂がやっても良いのじゃが貴殿の方がショックが大きかろう。何せ元ハンターであり、騎士爵でしかないのだ。しかも本業は魔法士であり錬金術師。そんな者に敗れては近衛の名が廃ると言うものよ、のぅ?」


 コルネリウスに侍っている近衛の顔が真っ赤になっている。彼も模擬戦に出場するつもりのようだが、ラントを射殺しそうな眼差しで見つめている。


「間違っても死ぬような目に合わせるんじゃないぞ。クレットガウ卿は今回の戦の要。彼が居なくては勝てる戦も勝てなくなる」

「わかっております。少しだけわからせてやるだけでございます。スイード」

「はっ」


 一人の近衛が完全武装で跪く。腰には模擬剣を佩いている。


「平民ごときに負けるなど許さぬぞ。近衛の誇り、見事見せてみよ」

「畏まりました」

「ほう、スイードを出すか。本気だな」


 アドルフが呟く。


「それほどの腕なのか」

「近年では最高の逸材だとか言われている伯爵家の三男坊ですな。剣も魔法も嗜み、魔法士の資格も持っているとか」

「ほう、それはなかなかだな。と、言うか彼は父上の近衛ではないのか。俺はあまり見たことがないぞ」

「ですな。近衛騎士団長のお気に入りでございます。陛下の側を常に守っている期待の星ですな」


 ラントは気怠そうに騎士服にローブを羽織っている。登城する時はいつもあの格好だ。模擬剣も適当に選んでいるようにしか見えない。その様子が余計に近衛騎士団たちを苛立たせている。


「あら、面白そうなことをしているわね。私も観覧して良いかしら」

「お母様、ディートリンデにヘルミーナまで。どうしたのですか」

「クレットガウ卿が近衛と腕試しをすると聞いてお茶会を切り上げて急いで来たのよ。こんな面白い催しをするなら私たちも呼びなさいよ」


 ベアトリクスがディートリンデとヘルミーナを伴い、観覧席に現れる。


「第一騎士団の精鋭を叩きのめしたと聞いた時は耳を疑ったわ。でも事実だったようね。私も見たかったのよ。でも聞いた時には既に終わっていたの。クラウディア、貴女なら勝てるかしら?」

「どうでしょう。クレットガウ卿の腕前を見たことがありませんので」

「あら、始まりますよ。近衛騎士団の実力、クレットガウ卿の実力。特と見させて頂きましょう」


 そう言われコルネリウスも訓練場を注視する。周囲で訓練をしていた騎士たちも見守っている。何せ近衛騎士と最近騎士に就任したばかりのラントとの戦いだ。


(最近騎士団が妙に訓練を激しくしていると聞いていたがクレットガウ卿のせいだったのか)


 忙しくて第一騎士団とラントが戦ったことすらコルネリウスは知らなかった。だが騎士団の稽古が激しくなっていることは知っていた。それは戦争の為だと思っていたのだ。まさか平民上がりのラントに負けたからだとは露とも思わなかったのだ。大体第一騎士団の任務は王都警備で戦争には出ない。


「始めっ」


 騎士団大隊長を務める男が声を掛ける。ラントは模擬剣をぶらんと下げて構えすら取っていない。どうなるのかコルネリウスは目が離せなかった。

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