039.王太子の呼び出しと魔力隠蔽

「ラント様、王城から呼び出しが届いております」

「王城から? 誰からだ」

「コルネリウス王太子殿下からです」

「それは行かにゃならんな。適当に断る理由も思いつかん」

「どんな理由があっても断るなどあってはなりません」


 ラントが冗談を言うと執事がきつい顔で見つめてきた。それはそうだ。王太子の呼び出しだ。取るもの取り敢えず駆けつけるのが当然なのだ。


「じゃぁ行ってくる。急ぎのようだからアレックスだけで良い。用件がわからんので夕食の用意はいい、いつ帰れるかわからんからな」

「畏まりました。アレックスの準備は既に整っております。お帰り、お待ちしております」


(相変わらず公爵家の使用人は完璧に仕込まれているな)


 執事の礼は完璧で所作すら美しい。ラントも付け焼き刃で習ったがあぁは簡単にいかない。ラントが習った礼法は旧大帝国時代の物で、古い礼法とされる。だが上流階級の者たちには受けが良いのか咎められたことはない。昔に覚えた限りだが案外体は覚えているものだ。


「はっ」


 アレックスを走らせる。貴族街をバトルホースに乗り、駆け足で走るなど咎められて当然だが王太子の呼び出しだ。急いで当然だろう。咎められても呼び出しの手紙を見せれば必ず通れる。何せ王太子の印章がついているのだ。王城と公爵邸は距離も近い。幸い、咎められることはなかった。


「さて、……何の用かな?」


 とりあえず呼び出しの件だ。どのような理由だろう。早く面倒な事は終わらせて図書館で借りてきた本でも読んで居たいものだとラントは考えながら王城内を急いだ。王城は広いのだ。目的地に着くだけで時間が掛かる。

 門番に問い合わせると場所はコルネリウスの執務室だと言う。場所は知らなかったので騎士に案内され、辿り着くと既に話は通っているようで近衛たちに顔を見せると扉が開かれた。

 中には近衛騎士と使用人、そして呼び出した張本人、コルネリウスがいる。そして部屋には見知らぬ幼女が居た。高貴な令嬢であると一目でわかる侍女がついていることと言い、ドレス姿でこの場所に入れることと言い、ただの貴族令嬢ではないだろう。

 書類が山のように高く積んである。激務なのだろう。書類に埋もれる人生だけは嫌だなとラントは思った。

 コルネリウスがラントをちらっと見てソファに案内され、コルネリウスの対面に座る。


「お兄様、忙しそう」

「そうだ、今俺はとても忙しいんだ。ヘルミーナ、相手してやれなくてすまんな」

「いいの、ヘルミーナはいい子だから我慢できる子だもん」

「はははっ、本当にヘルミーナは可愛いな。だが兄様は少し仕事の話がある。悪いがディートリンデの元へでも遊びに行って貰えないか」

「仕方ないなぁ、お兄様のお願いだから叶えてあげる。次はもっと構ってね」

「わかったわかった。約束だ。ほら、侍女が呼んでいるぞ」

「は~い」


 ヘルミーナと呼ばれたピンク色のドレスを着た幼女は可愛らしく礼をして部屋を出ていった。


「呼び出して悪いな、クレットガウ卿。あの子はヘルミーナだ。父上の側室の末妹でな、皆甘やかしているのだ。困ったものだ。だが普段は幼すぎて離宮から出られないし王城から出たこともない。王城が彼女の遊び場なのだ」

「構いません、王太子殿下のお呼びとあればいつでも参上致します」

「そう固くなるな。コルネリウスで良いと言っただろう。マルグリットを救ってくれた恩人なのだからな」


 コルネリウスは「はははっ」と笑うが王太子を呼び捨てにしているのを誰かに聞かれたらいつ咎められるかわかったものではない。


「それで、ご用件は?」

「うむ、それなのだがな、戦の日取りが決まった。三週間後だ。それまでにリドウルビスに移動する」


 リドウルビスはホーエンザルツブルク要塞の近くの大きな街だ。王都から騎馬で行けば一週間ほどだろう。既にリドウルビスには大量の兵糧や武具などが運び込まれていると言う。

 リドウルビスとホーエンサルツブルク要塞の間にはリドウルビス平原という大きな平原がある。軍はそこに集結するようだ。


「では本当にあの策で行くのですね」

「あぁ、そうだ。貴殿の立てた策だが何度検討しても本当に可能ならば最速だと結論が出た。貴殿の魔法頼みだ。頼む」


 コルネリウスが小さく頭を下げる。ラントは一度立ち上がり、跪き、コルネリウスに礼を尽くした。


「殿下のお達しならば全力を尽くします」

「あぁ、マルグリットがあれほど信頼しているのだ。それに魔法の腕も見せて貰った。更に本業は錬金術師だと言うではないか。ディートリンデとの茶会で凄い物を見たと妹に自慢されたぞ。俺にも見せろ」

「では次登城する時は持って参ります」

「あぁ、頼む」


 用件はそれだけだったようだ。つまり二週間後には出発しなければならない。軍を率いる殿下たちはもっと早く出立することだろう。王城には戦の気配が漂っている。慣れた気配だ。

 宜しくはないのだろうが、久々のピリピリした雰囲気にラントはニヤリと笑った。間違っても言葉には出せないが楽しんでいる自分がいる。


(どうせランドバルト侯爵も帝国の間者に操られているだけだろう、いいだろう。その首落としてやる。それに間者も逃さん、俺を舐めたらどうなるか、思い知らせてやらねばならん)


 ラントは凶相をしていたらしく、通りすがる使用人が「ひっ」と悲鳴を上げた。



 ◇ ◇



「ラント、いいかしら」

「マリーに閉ざす扉はないよ。借りてきた歴史書を読んでいただけだ」

「そう、戦の日取りが決まったそうね。心配だわ」

「だがマリーが戦場に出る訳にもいかんだろう。公爵邸で大人しく待っていろ」


 ラントがマリーの頭を撫でてくれる。つい顔が赤くなってしまう。ラントのごつごつした手で撫でられると声も出なくなってしまう。このままずっと撫でてくれないだろうか。だがその願いも虚しく、ラントは手を引っ込めてしまった。


「勝算はあるのですか?」

「あぁ、大丈夫だ。相手は二万人。こちらは五万の大軍だそうだ。城攻めを普通にしても落とせるだろう。何せ宮廷魔導士まで出るというのだからな、魔法士の数も騎士の数も大幅に違う。向こうは烏合の衆だ。蹴散らしてやるよ」

「ラントが言うと本当にそうなりそうですわね。わたくしもラントを信じて待つことに致しますわ」


 使用人たちがお茶を淹れてくれ、お茶菓子が並ぶ。

 ラントが心配そうに発言した。


「俺が居ない間に攫われたりするなよ。流石に助けにはいけん」

「あら、ラントなら颯爽と助けてくれると信じていますわ」

「物理的な距離を考えろ」


 ラントは手を振った。使用人たちが下がる。部屋にはラントとマリー、エリーのみになる。ラントのこういう仕草も慣れてきたようだ。最初は不慣れだった使用人の扱いがいつの間にかうまくなっている。いつもの遮音の結界が張られる。聞かれたくないことを話すのだろう。


「本当に何かあればこの鈴を鳴らせ。飛んでいってやる」

「本当に飛べますの? 〈飛行フライ〉の魔法は高度だと聞きますわ」

「俺が〈飛行〉魔法程度使えないと思うか? それに切り札がある」


 自信満々の様子のラントについマリーとエリーは身を乗り出した。


「まぁ、なんですの」

「〈転移テレポーテーション〉だ。誰にも言うなよ。その鈴を持っていればそれを起点に本当に飛んでいってやるさ。一瞬で飛べるぞ。魔力は莫大に食うがな」

「まぁっ、伝説の魔法ですのよ。使える者など伝承の中でしか有り得ませんわ」


 ラントはふふんと笑い、胸を張った。


「俺を誰だと思っている。ジジイの弟子だぞ。流石に習得は苦労したがな。それに人前では流石に使えん。即座に国に捕まる。ハンス閣下になど見られたら首輪を着けられて宮廷魔導士一直線だな。そんな人生は歩みたくない」

「ですがわたくしが危機に陥ったらそのリスクを背負ってまで駆けつけてくれるのですよね」

「本当に危ない時だけにしろよ。気軽に鳴らすな。公爵家の騎士と魔法士だけで大概の危難は対処できるだろう」

「それはそうですけれど。わたくしなどよりも戦場に行くラントの方が心配ですわ」

「間違っても神に祈るなよ。神気が漏れる。お前、神気の量が増えているぞ。そろそろ魔力隠蔽を教えるか。ほら、魔力を纏ってみろ」

「はい」


 マリーはラントの言われた通りにした。


「よし、基本は出来ているな。ならその纏った魔力を体の中に押し込めるようにゆっくり引かせていくんだ。このモノクルを使え。魔力が視えるようになる」

「まぁ、本当ですわ。凄い魔道具ですわね」

「魔眼ではデフォルトでついている。俺には必要がない。練習にはもってこいだろう」


 モノクルはマリーにくれるようだ。大事に使おうとマリーは心に誓った。

 ラントが魔力隠蔽を実際に行い、実演してくれる。綺麗な魔力制御だと思った。魔力感知しても全くラントの魔力が感じられない。これが魔力隠蔽かとマリーは感心した。

 そしてラントを真似るように自分の魔力を押し込めようとする。だが自分の魔力はぐにゃぐにゃと曲がってなかなか体の中に入ってくれない。


「普段魔力は垂れ流しなんだ。魔力制御力が伴ってなければ魔力隠蔽は使えん」

「難しいですわ」

「俺が戦場から帰って来るまでに覚えろ。あとこっちのモノクルもやる」

「それは?」


 最初に渡されたモノクルは銀色の装飾がされていたが、こちらは金色だ。ラントの渡す物だ。ただのモノクルな訳がない。先に渡されたモノクルで見ると膨大な魔力が籠められているのが視える。


「神気を視るモノクルだ。貴重品だぞ。丁重に扱え。俺謹製だ。どこにも売っていない。教会などが存在を知れば必ず奪いに来る。何せジジイの魔導書にも絶対に教会に見つかるなと書いてあった」


 神気が視られるならば聖人や聖女など即座に見つかるだろう。神の愛し子を見つけるのも簡単なはずだ。それならば教会が欲しがるのも無理はないとマリーは思った。普段は収納鞄にしまうことにする。魔力登録されているのでマリーしか開けられないのだ。

 こっそりとラントを視ると神気を薄く纏っていることがわかった。聖人だったのかと驚くが表情を隠す。だがラントにはバレていたようだ。モノクル越しに目が合った。ラントは敢えて隠さなかったのだろう。ニヤリと笑った。その獰猛な笑みを見てドキリとマリーの胸が高鳴った。


「次から次へと貴重な物が出てきますのね。ラントの魔法や錬金術の腕前は知っていたつもりでしたが、本当につもりのようです。想像を超えていますわ」

「ジジイに詰め込まれたからな。あのジジイなら魔力隠蔽など『ギュッと詰め込むんじゃ』で終わりだぞ。できないと『なんでこんな簡単なことができないんじゃ?』と首を傾げてくる。全く教えるのに向いていない。弟子を取らなかったんじゃなくて着いてこられる弟子が居なかったんじゃないか?」

「そうかも知れませんね。伝説の大賢者ですもの」


 マリーはラントの魔力制御力を見て自身との差を思い知った。だが魔力視の力があるモノクルがあれば練習にはもってこいだろう。ラントの言う通り、魔力隠蔽をラントが帰って来るまでに覚えることを心に誓った。

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