034.魔法と魔術、マリーの疑心
ラントはすっきりと目覚めた。久しぶりだ。なにせ使用人が夜這いをしてきたのだ。そしてラントのそういう世話も使用人の契約に入っているという。侍女などは別だ。彼女たちは寄り子の貴族家の子女であることが多い。間違っても手を出す訳にはいかない。
ずっと我慢してきただけあってラントは燃えた。こっそり下町の娼館に行こうと思っていたくらいだ。だが使用人たちが秋波を送っていたのはそういう意味だったのだ。ラントはあまり我慢しないことに決めた。
何せマリーも許可していると言うのだ。あまりそういうことを気にしないラントは次はどの子にしようかなどと下衆なことを考えた。
何せ公爵家の使用人だ。顔採用でもあるのかと思うほどレベルが高い。ハンターギルドの受付嬢などより余程綺麗所が揃い、所作も洗練されている。
すっきりしたラントは公爵家の魔法士と共に城の訓練場に足を運んでいた。
「魔法士試験?」
「えぇ、そうです。魔法士は国家資格ですからね。年に一回、魔法士になれるかどうかの試験があります。それとは別に半年に一度、魔法士にふさわしいかどうか審査されるんですよ」
公爵家の魔法士が登城する際に教えてくれる。ラントの祖国であるテールはそんな事はなかった。一発試験を突破してしまえばそれで貰えてしまう。生涯資格だ。だがそれを持っているからと言って権力が付随することもない。魔法士と名乗れるだけだ。
だがアーガス王国の魔法士は違う。まず通常は貴族院や魔法学院を卒業しなければならない。そして魔導士などに稽古を付けてもらい、厳しい試験を突破し、初めて魔法士を名乗れる。ラントは一足飛びに魔法士になり、宰相に徽章を付けてもらったが通常は宮廷魔導士から与えられる物らしい。審査も宮廷魔導士が行うようだ。
アーガス王国の魔法士は男爵家相当の発言力も得られる。平民でさえ学院に通う金さえあればなることができる成り上がりの登竜門だ。だが平民は総じて魔力が低い。そうそう平民の魔法士など現れるものではない。
だがたまに貴族が村を通る時などにお手つきをして出来てしまう子がいる。と、言うか村の者たちが魔力持ちを求めて村娘たちを差し出してくる。そういう子は貴族の子であるので魔力が高い。そういう子が魔法学院を目指すのだ。
ラントは王妃であるベアトリクスと宮廷魔導士長ハンスの推薦で貰ってしまった。異例も異例である。
「それで、訓練場にこんなに人が居るのか」
「えぇ、資格を剥奪されてしまうと大変ですからね。皆必死ですよ。それに魔導士試験も魔法士試験と共に開催されます。だから魔術を必死に勉強するものも居ます」
魔法と魔術は違う。魔法とは自分の魔力を使い、法則を捻じ曲げるものだ。だが魔術はその魔法を触媒や魔術陣などを使って魔法を模倣するものだ。苦手な属性などでも触媒さえ用意すれば使えるという便利な特性を持っている。ただし触媒や魔法石はとても高価だ。その費用ゆえ、学ぶのすら大変なものである。
だが更に魔術は独自の発展を遂げ、一人では簡単には発動できない大魔法も大量の触媒や魔法石を使えば使えるようになってしまった。魔術も模造品ではなく、立派な学問となっている。
ちなみに魔法と魔術を修めていると魔導士と名乗れる。魔導士は子爵相当の発言力があるようだ。
「ふむ、俺も受けられるのか」
「えっ、まさか魔術も使えるのですか」
「俺の専門は本来魔法ではなく錬金術だ。当然魔術が使えなければ話にならん」
「はぁ~、凄い物ですね。公爵家にも魔導士はそれほどいませんよ。それほど希少なんです。ぜひ突破してください。マルグリットお嬢様もお喜びになられると思いますよ」
ラントはもう魔法士にも騎士にもなってしまった。ならば諦めてより発言力を高める方向性にシフトするのもありだろう。
宮廷魔導士などは宮廷に縛り付けられるが、マリーの母の実家ならそんなことはない。
宮廷魔導士は伯爵家相当の発言力があると言う。流石だ。宮廷魔導士長であるハンス・フォン・フィッシャーなど本来王家、爵位を持つ者、先代と次期後継者として指名されているものしか付かないフォンがついている。宮廷魔導士にもフォンを名乗る事が許されるようだ。実際なかなか高度な魔法を披露してくれた。ラントが見ても見事な物だった。
「クレットガウ卿。今日は見学かな」
「これはハンス閣下。お久しぶりです。ラントで構いませんよ。魔導士試験があると聞いたので受けてみようかと」
「ほう、魔術も造詣があるか。さすがよの。魔導士が一人増えるだけで国力が増す。若い芽は大歓迎じゃ。お主なら宮廷魔導士の椅子も用意するぞ」
ラントは誘いをすげなく断る。国に囚われる訳にはいかない。素直に心の内を話す。
「それは勘弁ですね。国に縛り付けられるのはごめんです。平民出の私としては肩が凝って仕方有りません」
「ふぉっふぉっふぉ、平民出で宮廷魔導士になった者はおらぬ。かの大賢者は別格じゃがな。歴史をその手で塗り替えられるぞ」
「その代わりに責任は倍では済みませんよ。宮廷魔導士は激務と聞いています。ご容赦を」
「仕方あるまい。本人の希望もあるからの。それに王妃殿下の実家の公爵家預かりじゃ。そうそう手は出せぬ。それを捻じ曲げるほどアーガス王国は腐っておらぬ。反乱などを起こす馬鹿者がおるがの。クレットガウ卿の策、採用されそうじゃぞ。いくつかの貴族からは色よい返事が返って来たと聞いている。あと一月もしたら出陣じゃろう。クレットガウ卿には期待しておる」
言うだけ言ってハンスは手をひらひらとさせて去っていった。
ラントと共に居た魔法士は恐縮してしまって一言も発言しなかった。何せ宮廷魔導士の長だ。一魔法士では口を開くのも一苦労だろう。
「さて、俺達も行くか。魔法の腕を見てやろう。公爵家の結界では本気で撃てないだろう」
「本当ですか! 嬉しいです」
彼は二年前に学院を卒業し、見習いを経験し、魔法士の資格を一発で通ったという俊英だ。それが高じて公爵家に声を掛けられた。エリート中のエリートである。まだ若い。伸び代もあるだろう。
マリーを守る魔法士は実力が高いほうが良い。ラントが公爵家の騎士や魔法士たちを鍛えているのはそれが理由だ。
……個人的に体を動かしたいというのもあるが、それも解消された。段々ラントもマリーに毒されてきたようである。
◇ ◇
「うふふっ、マルグリットお姉様とお茶会。嬉しいわ。クッレットガウ卿は連れて来られなかったの?」
「ディートリンデ、ラントは魔法士の訓練場を見学しているそうよ。あと騎士団の訓練場も見たいと言って居たわね。戦争が起こるわ、騎士や魔法士の質を確認したいのでしょう」
「戦争ね、ランドバルト侯爵は何を考えているのかしら。反乱など成功するはずがないでしょう。国力が下がるだけだわ。そして笑うのは帝国よ」
マリーは香り高い紅茶を飲み、美しく育った従姉妹に向けて話を続ける。
カップが空になり、お替りを要求すると即座に準備される。
「ラントの見立てでは反乱も帝国の策謀の一手らしいわよ。帝国にとっては成功しても失敗してもどちらでも良いのですって」
「まぁ、なんといやらしいことでしょう。国が乱れ、国力が落ちたところを狙うという訳ですね。恐ろしいことですわ」
「わたくしは逃亡生活で自身の身は自分で守れないといけないと痛感しましたわ。ディートリンデ、貴方も魔法の練習だけはしっかりしておきなさい。切り札になるわよ。魔法士資格を取れるくらい本気で取り組むのよ。流石に剣は持てないものね」
ディートリンデはラントとの旅路の話を聞きたがった。そして颯爽と現れ、騎士を倒した襲撃者たちを一瞬で倒し、マリーたちを助けたラントに憧れているように思える。
マリーの語り口がラントを美化し過ぎているのかも知れない。ディートリンデのラントへの評価はうなぎのぼりだ。
「まぁ、クレットガウ卿はお強いだけでなく紳士なのですね。素敵な顔立ちをしていましたし、正装もよく似合っておりましたわ。コルネリウスお兄様と対等に話す平民などどこにもおりません。あれには私もびっくりしてしまいました。どこに賢者が隠れているのかわからないものですね。貴族院でもお兄様と対等に話せた者は極僅かだと聞いています。今はお兄様の側近をしている者たちです。それにあの魔法の腕、ハンス閣下が褒め称えておりましたわ。剣の腕もあり、魔法も使え、戦略眼もある。貴族院にすら通っておられないなんて信じられませんわ」
ディートリンデがラントを褒め称える。それは些かマリーには過剰に見えた。心做しか恋する乙女の表情にも見える。
(ディートリンデは婚約者が居たはずよね。まさかライバルになんて成ったりしませんよね)
マリーはフィナンシェをつまみながら可愛らしい従姉妹に警戒した。
マリーは王妃の姪とは言え無爵だ。正式な王女のディートリンデには敵わない。だが流石にラントがディートリンデの相手に選ばれることはないだろう。魔法士と騎士になったとは言え騎士爵しか持たぬ元平民なのだ。
(流石に考えすぎよね)
だがラントがその頭角を現し、戦争で功を立てたらどうか。アーガス王国はラントを引き入れる為にディートリンデとは行かずとも他の貴族令嬢を宛てがうかも知れない。
コルネリウスやハンスの覚えもめでたい。さらにベアトリクスが気に入ってしまっている。
マリーが立てた策謀だが些か効果が出すぎてしまったようだ。だがラントが優秀なのは間違いがない。
(これでテールの麒麟児だとバレたら絶対に不味いわね。隠し通さなきゃ。それに幻影の腕輪も絶対に外させてはならないわ。貴族の令嬢がバタバタと倒れる姿が目に見えるようだわ)
貴公子たちと社交を交わし、多くの貴族令息を見てきたマリーですら正装で本来の姿を現したラントの見目にくらりと来たのだ。
エリーですら惚れそうになったと語っていた。それほどラントの本来の姿は気品に溢れ、その美貌は多くの令嬢を虜にするだろう。金銀妖眼もラントの怪しい魅力に一役買っている。ラントは翠の眼の方が魔眼だと言っていた。魔眼などそうそう持つ者はいない。少なくともマリーは魔眼持ちなど知らなかった。
「うふふっ、マルグリットお姉様。今度はクレットガウ卿も連れていらして。ご本人から旅の話を聞きたいわ。ね、お願いよ」
「わかったわ。聞いてみるわね」
従姉妹とは言え王女の願いだ。叶えないわけにはいかない。
ディートリンデは英雄譚が好きなのだ。そして恋物語も嗜んでいる。ラントなど帝国の脅威が迫りつつある中、現代の英雄になりつつある。
いや、ラントなら必ず言ったことは成し遂げるだろう。宮廷魔導士長が難しいと言った事を容易くできると宣言したのだ。しかもそれはベアトリクスの前で証明されてしまった。
(まずいわ。ライバルが増える未来しか見えないわ)
マリーはラントを引き止める事しか目に見えていなかった。だがラントの有能さが世に知られれば彼を得たいと思う者は増えるだろう。
使用人に手をつけるくらいなら構わない。だが他の貴族令嬢に奪われるのは我慢がならない。
マリーは帰ったらエリーに相談しようと心に決めた。
◇ ◇
ラントはすっきり。抱かれた使用人もにっこり。マリーはちょっと微妙な気持ち。貴族院の淑女教育でも流石に使用人などの事情は話されません。
いつも誤字報告、感想ありがとうございます。
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