035.王宮図書館
「なんと、王宮図書館に入れるのか」
「えぇ、手配しておきました。禁書庫以外は全て閲覧可能だそうですわ。ベアトリクス叔母様の短剣の威力は凄いのですよ」
ラントは興奮した。なにせアーガス王国の王宮図書館だ。その名の通り王宮にある。ラントはベアトリクスから渡された短剣を見せれば王宮に入ることができる。
騎士や魔法士であっても用がなければ王城には先触れを出し、許可がなければ入ることができない。それほど王城の警備は厳重なのだ。そして王宮は王城の一部にあり、更に警備が厳しい。だがベアトリクスの短剣の威力は絶大だ。ちゃんと申請すれば王宮にすらラントは入ることが許されている。
王城にはラントは幾度も騎士団や魔法士団の訓練場に通っていた事で顔パスになりつつある。もちろん短剣は見せる必要があるが。
「まぁそりゃそうだろう。何せ王妃殿下の短剣だからな。俺なんかが持っているのが違和感しかない」
「それだけ気に入られたと言う事です。何人が持っているかはわかりませんが、両手の指は超えないと思いますよ」
華麗な装飾があり、王家の印章が描かれた短剣を見る。これを腰に下げているだけで王城では騎士も魔法士も頭を下げる。大臣など重鎮たちからも声を掛けられる。マリーに言わせるとラントは今、王城では時の人なのだそうだ。
(こんなつもりじゃなかったんだがな)
そう思うも王宮図書館の魅力には敵わない。マリーを助けた余録は使用人たちの味見だけではなかった。地雷であることは間違いなかったが、見捨てれば必ず後悔する。初めて会ったマリーを見た瞬間、ラントはそう確信したのだ。
そしてその勘は必ず当たる。幾度か地雷を避けようとして後悔した過去があるのだ。ならば踏み抜いてでも実力で駆け抜ければ良い。後悔するくらいなら力で押し通れば良いのだ。幸いラントはその力を持っていた。
騎士の百や二百、魔法士の百や二百、一掃することができるのだ。トールの力も借りなければならないが、ラントの本気は国とまでは行かないが都市くらいなら単身で落とすことができる。興味がないのでしないだけだ。
「じゃぁ早速今日は王宮図書館に行ってみるか。どんな本があるか楽しみだな」
「あら、ラントは愛読家でしたの。知りませんでしたわ」
「魔法書に魔術書、それに歴史書。面白いものは幾らでもある。だがそういう物はなかなか閲覧権がなくてな、見る機会すらなかった。歴史書くらいは大都市の図書館に行けばあるがな。図書館は入館費だけで高いんだ。更に魔法書はな」
「そうですね、貴族籍にあるものか学院の生徒、魔導士の弟子、魔法士でなければ閲覧は許されません。ラントはもう魔法士資格を持っているのですから大丈夫ですよ」
「禁書庫には入れんか?」
マリーが額にシワを寄せる。やはり難しいようだ。
「……流石にそれは」
「やはり無理か」
「戦争で功を上げて、コルネリウスお兄様にお願いしてみてはどうかしら。そうすれば閲覧権も得られると思いますわ」
「戦争など忌むべき物で出たいとは思わなかったがちょっとやる気になってきたぞ」
マリーの表情が歪む。なにか言いづらそうだ。
「それは……ラントには危ない所には行って欲しくないのですが仕方ありませんわね。それにディートリンデがお茶会をしたいと言っていましたわ」
「ディートリンデ王女殿下が? 俺に? 一体何を話したいと言うんだ。悪いが王女殿下に失礼を働かない自信がないぞ」
マリーはニコリと微笑んだ。そして話を続ける。
「ディートリンデは英雄譚が好きなので。王都までの旅路の話をしたら思い切り食いつかれまして、本人の視点からの話も聞きたいそうですわ」
「王女殿下のお召と言われれば断る術を持たん。行かざるをえんな」
「えぇ、申し訳ないですがお付き合いください。気さくで良い子ですよ。でも惚れさせちゃダメですよ」
「一体何の心配をしているんだお前は」
マリーの額をツンと
ラントは早速王宮に行くとマリーに別れを告げ、王城の門を潜り、王宮の衛兵に短剣を見せて王宮図書館に入りたい旨を伝えた。
マリーの言う通り話は通っているそうで、あっさりと入れた。
「これは凄いな。チェコで見た世界一美しい図書館のようだ」
ラントは遥か昔に行ったプルンクザールやクレメンティウム、ストラホフ修道院を思い出す威容に竦んだ。ゴシック様式などとは様式が違うが美しさは劣らない。どれほどの金額が動いたのか考えるだけで頭が痛くなった。
「どのような御用ですか」
年を召しているが上品な貴婦人が問いかけてくる。どうやら司書のようだ。ラントが歴史書を読みたいと言えばわざわざ本人が案内してくれた。
歴史書だけでいくつの棚が埋まっている。
司書はそれぞれの本の説明をしてくれている。簡易的に全体的な歴史を書き記したもの。独立戦争時の物。旧大帝国時代の物。そして近代史。過去の英雄を並べた英雄譚なども同じ棚にある。放浪の大賢者の本もあった。どれも面白そうだ。
(しばらくはここに通うとするか)
見るだけで一年でも二年でも引き籠もれそうだ。ラントは暫く通い詰めになるだろうなと苦笑した。本の魅力には敵わない。
それにこれほど美しい図書館で読む本はそれだけで素晴らしい。ディートリンデやコルネリウス、ハンスなどに呼び出しは受けているが、特段の用事がない限りラントは通い続けるだろう。そうラントは確信した。
◇ ◇
「お兄様から手紙が届きましたわ。エリー」
「えぇ、本当にようございました」
グリフォン便で届いた兄、クラウスからの手紙には一連の騒動の結末が書かれていた。更に幾度かに分けて手紙が送られてくる。定時報告のようだと思った。
ラントの睨んだ通り、〈魅了〉の魔法具が使われていたらしい。王太子殿下など魅了に晒されすぎたせいでかなり寝込み、記憶に混濁もあるようだ。だが復調しつつあるとも書いてある。一安心である。
主犯だと思われていたルイーズは単なる工作員であった。デマレ家の借金をカタに付け込まれ、条件としてシモンと同年代のルイーズを養子に取り、貴族院に送り込むことを約束されたようだ。デマレ子爵家は全く陰謀に気付かず、金に飛びついただけだと言う。だが娘として接していたので魅了には掛かっており、解除した途端ぶっ倒れたそうだ。デマレ家は取り潰しだそうだ。一応被害者扱いされたらしい。だが帝国の間者を引き入れた張本人だ。一族郎党皆殺しにならなかっただけ有情だろうか。
「クラウスお兄様は大変そうですわ」
「えぇ、全国行脚の旅に出ているようですね。どの手紙も発信元が違います」
ただクラウスは大変そうだ。何せ魅了を解除する魔法具は一つしかない。
ラントに言わせれば高位の爵位持ちが説得しなければ襲ったと思われかねないというのでクラウスが使うのが妥当なのだが、公爵家は四家あるのだ。四つ送れば東西南北で各公爵家が自領の担当をしてくれたことだろう。だからマリーはそれをラントに問うてみた。
「バカ野郎。あの魔法石が幾らすると思っているんだ。更に高位付与魔術がついているんだぞ。値をつければ王妃殿下が着けているような装飾品並かそれ以上に高い。帝国の皇族が着けているような品だ。そんなにポンポン作れる訳が無いだろう。マリーの兄とは言え俺は会ったこともないんだ。さらに確信もなかった。そんな状態で希少な魔法石を使えと? 阿呆か。少しは頭を使え。いい加減物の価値を覚えろ。公爵家の金銭感覚は明らかにおかしいからな!」
と久々に雷を落とされてしまった。物の価値などほとんど知らないマリーの悪い所である。
だがラントもポンポンそんな希少な魔法具を作ってしまうのだ。財にすればどれだけ持っているかわからない。売らないだけでラントはもしかしたら公爵家に匹敵するだけの財を持っているのかも知れないと思った。
「あれ、これマルグリットお嬢様。エーファ王国に帰っても宜しいのでは?」
「あら、そうね。シモン殿下は操られていて国外追放も無しになるでしょう。でも今更シモン殿下と婚約を結ぶなんて嫌よ」
エリーも頷く。そしてニヤリと笑った。
「そうですよね、マルグリットお嬢様はラント様に首ったけですからね。漸くラント様がやる気を出してくれているのです。しばらくはアーガス王国にいる方が良いと思います。アーガス王国の内乱はまだ鎮まっていません。クラウス様などには危ない国になど居るなと言いそうですが、内乱もラント様が冬のうちになんとかしてくれます。多少荒れるでしょうが帝国が攻めて来なければ大丈夫でしょう。帝国の脅威はエーファ王国でもアーガス王国でも変わりはありません。どちらに居てもいつ何時攻めてきてもおかしくないのです。ラント様の話ではあと二、三年猶予はあるそうですが」
「ラントの情報網は凄いわよね。どうやってあんなに情報を集めているのかしら。公爵家のように影を使っている訳ではないのでしょう」
「それを私に問われてもわかりませんよ、何せラント様ですから」
テールの麒麟児や放浪の大賢者の弟子などは口に出せない。なのでマリーとエリーは合言葉として「何せラントだから」で済ませることにしている。
実際それだけのことをラントは実行している。有言実行でもあるが、無言でこっそり何度もマリーたちのことを助けてくれていたに違いない。
下町は危険な場所なのだ。少なくとも物を知らぬ貴族令嬢であるマリーには。エリーは男爵家出身だけあってある程度如才なく動くことができる。ラントが商業ギルドにエリーを連れて行った所以だ。
「はぁ、ラントの役に立てないかしら」
「十分立っていますよ。それよりも魔力制御の訓練を致しましょう。ラント様から毎日やれとしっかりと言いつけられているでしょう。サボればまた雷が落ちますよ。マルグリットお嬢様の為でもあります。私も付き合いますから一緒に頑張りましょう」
「そうね、──なんて冗談じゃないわ」
聖女の卵と口に出そうとした所〈制約〉に引っかかった。ラントはそんなところまで気を使ってくれていたらしい。これならうっかり口を滑らせることがない。
ラントの秘密を守る為の〈制約〉だと思っていたが〈制約〉はマリーたちの身をも守っている。何せマリーが聖女の卵であることが万が一バレれば、聖国が何を言ってくるかわからない。きらりと薬指に光る指輪がそれを隠してくれている。見る度に見惚れてしまうほど美しい。そしてそれはラントお手製で、ラントが着けてくれたのだ。まるで婚約者のようだと思った。
「やりましょう。やる気がでてきました」
「その調子です。マルグリットお嬢様。一緒に頑張りましょう」
マリーとエリーは休憩を取りながらラントに教わった方法で魔力制御、魔力操作、魔力感知などを毎日鍛えていた。
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