032.閑話:エリーのお使い

 ※アレックスたちと戦った後くらいの時系列です。


「こっちかしら」


 エリーは下町を歩いていた。久しぶりに侍女服を着ている。侍女服の方が貴族の使いらしく見え、絡まれ辛いらしいのだ。

 幻影の腕輪も渡され、髪色と瞳の色が変わっている。

 どうやらラントはラントでやることがあるらしい。エリーは結界の魔道具を渡され、食料品を買い込むように言いつけられた。要はお使いだ。


 エリーは男爵家の末子として生まれた。兄二人、姉二人。兄二人はなんとか貴族院に入れたが姉二人は寄り親である伯爵家の子の侍女として貴族院に通った。

 貴族院は貴族全員が通えるほど容易くない。何せ市井の豪商が通うような上級学園の十倍の金貨が飛んでいくのだ。

 更に女性であればドレスの流行を追わねばならない。装飾品もまともなものを着けていなければバカにされる。貴族の女性のマウントは本当に醜いのだ。

 そんな中で男爵家の娘が通えばどうなるかは目に見えている。男爵は爵位としては下級貴族だ。流石に五人も貴族院に通わせる財力はない。後継者とその予備の兄だけで精一杯だ。


「お兄さん、この果物を頂戴。籠一杯ね。これとこれと、あとそれを入れて」

「おうよ、毎度あり。お嬢ちゃん見る目があるな、良い物ばかり選びやがる」


 ラントに指示された果物屋でフルーツを買い込む。これらはラントが加工して瑞々しいドライフルーツになるのだ。通常のドライフルーツと違い、硬くも甘すぎもしない。程よい硬さと甘さで旅の疲れを癒やしてくれる。


「マリーお嬢様、喜んでくれるかしら」


 マリーと出会った頃を思い出す。それはまだエリーが十にもなっていない頃だった。寄り親の伯爵の更に寄り親、公爵家が年若い侍女を募集していたのだ。エリーの両親は祈りながら侍女選考に受かるようにエリーに言い聞かせ、初めて公爵家を訪れた。

 公爵家の大きさに圧倒された。そこは男爵家など格が何段も違うどころか城だった。離れですら男爵家のカントリーハウスがいくつ入るのだろうか。幼い頃にそう思ったのを思い出す。


 そして初めてマリー、マルグリットに出会った。

 綺麗なストレートのプラチナブロンド。煌めく碧い瞳。触ったことすらない美しい絹のドレスに包まれたマリーはそりゃぁ本当にもう可愛かった。天使が降臨したのかと思ったくらいだ。集められた周囲の者たちもマリーに見惚れていた。


 あのお嬢様に侍りたい。側に居たい。幼心にそう決心したエリーは、並み居る他の貴族令嬢たちを押しのけて、専属侍女の一つの枠を勝ち取った。

 両親は両手を上げて喜んだ。何せ公爵家の侍女の給料は恐ろしく高かったのだから。その給料を貯めればエリーは自力で貴族院に通うことすら叶いそうだった。

 だがエリーはその道は選ばなかった。なぜならマリーと共に居られないからだ。


「あ、おじさん、その野菜もちょうだい。これとそれとそっちね」

「あいよっ。お嬢ちゃん審美眼が確かだな。どこの貴族家の者だ」


 エリーは鼻歌を歌いながら大通りを歩いていく。この道なら女一人で歩いていても危険は少ないとラントが言っていた。更に秘策まで渡されている。


 エリーはまた過去を思い出しながら歩いていた。

 年齢は一つエリーが上。しかも男爵と公爵家令嬢。接点があるはずがない。

 もし貴族院に普通に入学していたら、エリーはマリーに近づくことすら許されなかっただろう。何せ公爵家令嬢と男爵家令嬢だ。取り巻きにすら入れない。


 だが侍女としてならどうだ。一緒に通うことができる。寮に入るにせよ、タウンハウスから通うにせよ常に一緒に居ることができる。

 しかし貴族院に連れていける侍女は二人だけだ。当然その競争にも勝ち抜かなければならない。競争率は高かった。何せ相手は伯爵家の令嬢なども居た。

 伯爵家なら普通に通うこともできるだろう。マリーの取り巻きとして仲良くすることもできる。だが彼女もエリーと同じ年でエリーと同じ考えを持っていた。

 すなわち、マリーの側に侍りたいのだ。


 侍女と友人は違う。エリーは年が若い頃からマリーの側に居たので友人のように接して良いと言われているし、実際そうすることもある。だが心は敬愛するマリーに忠誠を誓っていると言って良い。

 幸い貴族院の選考にもエリーの思いは通じた。必死にマナーの勉強や言葉遣いなどを練習した甲斐があった。

 マリーの教育係の言うことを頭に叩き込み、自室で復習し、自分の物にしていった。侍女長は厳しかったが、必死にくらいついていった。

 故にエリーは男爵家令嬢という立場で、マリーの側に侍ることが許されたのだ。


(それにしてもラントは一体何者なのでしょう)


 ラントは突然現れた魔法士を名乗る男だ。襲撃され、騎士たちが負け、絶望的な事態になったとき、颯爽と物語の騎士のようにマリーとエリーを救い出した。ただし見た目は良いが薄汚れていた。これで白馬に乗った騎士ならばエリーも即惚れていたかも知れない。

 ラントの言葉遣いは荒い。北方訛りもある。だが魔の森を抜ける実力があり、反乱軍が占拠し、マリーが指名手配されている中、マリーとエリーと言う足手纏いを連れて旅を続けている。


(明らかにあの実力おかしいですわよね)


 エリーはアレックスたちが襲ってきた時を思い出した。

 ラントは五級ハンター。相手は三級ハンター五人。どう考えても勝ち目はない。

 だがラントは一瞬で二人を無力化し、相手の魔法使いの魔法を軽く捌き、短剣を構えた素早い男は一蹴し、後に聞いた炎剣と二つ名までついたアレックスまで倒してしまった。あっという間の出来事だった。

 エリーにはわからなかったが、ラントは空間魔法を使ったのだと言う。

 空間魔法は適正を持つものが非常に少なく、国に管理されるべき存在だ。何せ鍛えれば転移などができてしまう。貴族の屋敷や王城に忍び込むことも可能かも知れない。そんな存在を国が放って置くはずがない。だがそれは口に出せない。〈制約〉が効いているのだ。

 更に幻影の腕輪だ。あれほどの魔法具、見たことも聞いたこともない。聞いてみると自作だと言う。


 魔法士だと名乗っていたが、魔法士の徽章は北方諸国の物だった。

 エーファ王国でもアーガス王国でも全く価値のない物だ。

 北方諸国など中央諸国と呼ばれる所と比べれば蛮族の集まりだとしか思われていない。そこの魔法士資格がどんな力を持つものか。

 実際魔法学院にも貴族院にも通わずに、実力を示せば取れるものだと言う。あまりに安易すぎる。

 だがラントの魔法の実力は本物だ。エリーも未来の魔法士や未来の宮廷魔導士と呼ばれる者たちを見たことがある。公爵家に仕える魔法士たちの訓練も見ていた。


 だがラントの魔法を見た時、桁が違う。素直にそう思った。

 ぬくぬくと安全な世界で魔法を磨く同級生と、戦場の中で生きてきたラントは場数が違うのだ。

 帝国は三十年程前に攻めてきてから侵攻をしてきていない。後継者争いが起き、混乱が起きたのだ。

 おかげでエーファ王国とアーガス王国は平和と繁栄を受け取ることができた。だがその分平和に慣れた。戦乱を知らない世代が増え、帝国の脅威に関心が薄れてきているとラントは言っていた。


「ふんふふ~ん、これで頼まれていたものは全部かしら」

「おい、姉ちゃんいい女だな。ちょっと付き合えよ」

「は? 何言っているんですか。嫌に決まっているでしょう。私の仕える方がどなたかご存知で言っていらして?」


 そう言えば大概の平民は引く。どこの貴族がバックについているかわからないからだ。だが男たちはそんなこともわからないバカだったようだ。


「そう言うなって。イテッ」


 バチッとラントに与えられた魔道具が反応し、男の手が弾かれる。


(確かこれに魔力を籠めて)


「ぎゃぁぁぁぁっ」


 男に向かって電撃が走る。プスプスと焼かれたが、まだ生きている男の様子を見て連れの男は怯んだようだ。


「貴方も焼かれたいですか?」

「いや、いい。その形(なり)で魔法使いだとは思わなかった。このバカに無理やりつきあわされたんだ。勘弁してくれ」

「なら行きなさい。その汚いゴミを連れて」

「わかった。だからビリビリするなよ」


 男は必死に連れの男を引きずって逃げていった。


(ラントに感謝ですわね)


 電撃の魔法などエリーは使えもしない。だが魔力を籠めるだけで狙い通りに電撃が走った。殺さず、無力化する。女子供でも魔力がありさえすれば使うことができる。更に周辺被害もない。なんと便利なことか。


「ただいま、帰りました。マリーお嬢様」

「まぁ、エリー。大丈夫だった?」


 髪色が変わっても、瞳の色が違っても、マルグリットは天使だった。


「えぇ、途中絡まれましたがラントの与えてくれた魔道具でどうにか撃退できました」

「あら。それは大変ね。わたくしも出られれば良いのですけれど」

「マリーお嬢様は外に出てはならないとラントから言われているでしょう。お嬢様の高貴さは多少服の質を落としたからと言って、髪の艶が落ちたからと言って損なわれる訳ではありませんよ。ゴミ共が大挙して寄ってきます。辛いでしょうが宿の中でお待ちください」

「わかりましたわ。それにしてもエリー、自力で暴漢を撃退したの? 凄いわね」

「凄いのはラントですよ。渡された魔道具はどれも最適な物でした。どこでこんな物を作る技術を得たのか」

「そうですね、ハンターたちとの戦いも短いですが凄まじい物でした。良い護衛に出会え、神に感謝しています」


 マリーは祈った。マリーの祈り姿こそ神々しいとエリーはいつも思う。

 そうこうしているうちにラントが帰って来る。籠いっぱいに詰められた物を見てラントに釣りを返すとぼったくられすぎだと怒られた。

 どうやら言われた通りの額で払ってはいけなかったらしい。


「むぅ、難しいものですね」

「エリーは幼い頃から公爵家に居たのでお金など触った事はないでしょう。仕方ありません」

「まぁいい。言っても多少高かったくらいだ。貴族家の侍女だけあって物を見る目はあるな。良い品ばかりだ。さぁ、今日はゆっくりと休憩しろ。そう休める時間はないぞ」


 マリーとエリーは同じベッドに寝る。エリーはラントを警戒するがラントは一度たりともマリーやエリーに無体を働くことはなかった。


(もう少し信用しても良いのかも知れませんわね)


 エリーはそう思いながら眠りについた。



◇  ◇


嫌われ侍女、エリーの閑話です。あれほど嫌われると知っていればエリー視点のエピを入れたんだけどなぁと今更後悔していますがもう遅い!ですね笑


いつも誤字報告、感想ありがとうございます。

面白かった、続きが気になるという方は是非ブクマ、いいね、感想、☆評価を頂けるとありがたいです。レビューも大歓迎です。

☆三つなら私が喜びます。宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る