029.公爵家
「ここが、邸……だと。宮殿の間違いじゃないのか」
「えぇ、間違いありません。我が家だと思ってくつろいでくださいまし。この家の本当の主人たちはカントリーハウスに居るようですのでわたくしが自由にして良いと叔母様に言って頂きましたわ」
「マリーお嬢様。ラントが固まっていますよ」
ラントはエリーの言う通り固まっていた。
何せ王城から出て馬車に乗り、辿り着いたのは貴族街でも城に近い広大な敷地。どこかのでかい公園かと思うくらい広い。そこに宮殿かと思うくらいの家がドンと立っている。庭も大きく、使用人棟や騎士棟もある。離れもあり、透明ガラスではないが温室もある。これが個人の家だとは到底思えなかった。
だがそれもむべなるかな、なぜならマルグリットの叔母の実家だ。れっきとした公爵家のタウンハウスだ。
タウンハウスでこれならカントリーハウスはどれほどの物だろう。王都で最も高貴で豪華な家の一つと言って良い。
アーガス王国も公爵家は四つしかない。王城を除けば王都で四指に入る豪邸なのだ。
「「「おかえりなさいませ、マルグリットお嬢様」」」
馬車が玄関まで着くと、扉が騎士によって開かれ、使用人たちが勢揃いしてマリーを迎える。恐ろしい揃い方だ。教育の程が伺える。騎士団並に揃っている。
「久しぶりね、デボラ。サバス。しばらく世話になるわ。こちらはラント。わたくしの恩人よ。決して無下にしてはならないわ。多少言葉遣いが荒いことがあるけれどわたくしが許しています。いいわね。執事たちも侍女たちも、使用人にも騎士たちにも、決してラントを侮ることがないように言い聞かせなさい」
「畏まりました。マルグリットお嬢様のお姿をもう一度拝見できてうれしゅうございます」
デボラと呼ばれた中年の、すこしふっくらとした、しかし美しい女性。侍女長であろう女がマリーに答える。マリーが現れただけで泣き崩れる使用人まで居る。騎士たちも嗚咽を堪えているものたちがいる。どうしたことだろう。
「マルグリットお嬢様が襲われ、行方不明になったと聞いて使用人一同お通夜のようになっていました。旦那様方は今も領地を守っておられますがすでに早馬は出して居ます。旦那様も奥様も、坊ちゃまたちもお喜びになることでしょう」
「久しぶりに会いたいと思ったのですけれどこの情勢ですからね、仕方ありません。公都は魔境に近いので離れることも叶わないでしょう。ですがわたくしは気に致しませんわ。お祖父様やお祖母様、伯父様たちにも会いたかったですが領地の安堵の方が大事です。もしわたくしの為に王都に駆けつけてきたら叱り飛ばしてやりますわ」
マリーは言い切った。ラントとの旅のおかげだろう。自身が強くなったことが実感できる。
「あぁ、マルグリットお嬢様。お美しくなって、やはりアンネローゼお嬢様にそっくりでございます。使用人一同、改めてマルグリットお嬢様に忠誠を誓います。さぁ、お部屋をご用意しております。ゆっくりお休みください。ラント様もマルグリットお嬢様の近くの部屋を用意致しました。夕食はすでに準備中です。それまでごゆっくりお休みください。湯浴みの準備もしております」
「ありがとう、ラント。行きましょう」
「あ、あぁ」
あまりの衝撃に言葉が出ない。王城とはまた違った衝撃だ。王城はある程度覚悟を持って挑めた。更に話の内容が得意分野に及んだ。魔法を披露する嵌めになったのは仕方のないことだが、男たちの会合は女性たちの茶会に参加するよりは余程良い。
だがここはどうだ。ラントの知る実家の伯爵邸など離れと同じくらいのサイズしかなかった。本館はその数倍はあるのだ。テール王国の宮殿ですらこれほど見事ではない。それがタウンハウス。どれだけの財があるのか考えるだけで頭が痛くなる。信じられなかった。
(冗談だろう? いや、冗談じゃないんだよな?)
確かめる為に頬をつねる。ちゃんと痛い。呆れを通り越して諦めの境地に達してしまう。更にラントが三着の着替えしかないと聞くと即座に職人たちを呼ぶと言った。少なすぎるそうだ。
ラントにとってはあんな高い服が三着もあれば十分過ぎるほどだが大貴族の標準は違うらしい。
(ここがマリーの住む世界か。本当に世界が違うな)
ラントは使用人の言われるままに案内された部屋が、ラントが最高級だと思っていた宿の数倍広く、豪華なことに更に驚いた。何せ部屋に風呂までついているのだ。
とりあえずラントは使用人に引っ剥がされ、風呂にゆっくり浸かることにした。頭を空っぽにしたい思いでいっぱいだった。
◇ ◇
「ふふふっ、エリー、聞いたかしら。騎士号の授与に魔法士の資格まで与えられるそうよ。魔法士は男爵位相当。叔母様もコルネリウスお兄様もラントの取り込みに必死ね。エリーの助言のおかげよ」
マリーが褒めるとエリーは照れた。
「マルグリットお嬢様。そんなことはありません。王宮はお嬢様の得意分野、あのように華麗にパスを投げるなどとは思いませんでした。お見事な物でした。ラント様も急に言われ、つい本気で献策していました。もうこれでマルグリットお嬢様から逃げる事は叶いません。ただ戦争には連れて行かれてしまうでしょう。ですがラント様ならば心配ありません。どうせ飄々とした顔で反乱軍など叩き潰して帰って来るに違いありませんわ」
マリーとエリーは与えられた部屋に入った途端密談を初めた。
王宮での一連の流れはラントが居ない間にマリーとエリーでどうすればラントをマリーの元へ置けるのか。アーガス王国に釘付けにできるのか。そしてマリーの伴侶としてふさわしいと認められるのかと何度も確認して企んだ結果だ。
見事ラントは王城の華美さに翻弄され、ベアトリクスという最強の鬼札の前では借りてきた猫のようだった。
何せこの国の王妃であるのだ。直接会える者すらそうは居ない。直答が許されるなどどれほどだろう。
案外気さくな人なので貴族夫人たちからは好評で、よくお茶会なども開いているが、平民では一生会うことすらない。そんな存在だ。
「えぇ、そうね。ラントが負ける所なんて考えられないわ。なにせ──」
「そうですね。マルグリットお嬢様の言う通りですわ。ラント様が負ける所なんて想像もできません」
放浪の大賢者様の弟子なのだからと続けようとした瞬間、マリーの口は強制的につぐまれた。〈制約〉の効果だ。
ラントの掛けた〈制約〉は恐ろしく巧妙で、鑑定の魔術具でも判定されない。更にこうしてラントの禁止した事項を口にしようとすると自然と声が出ない。紙に書くこともできない。口パクで伝えることすらできないのだ。
同じ〈制約〉が掛かっているエリーはそれを察して話を続けてくれた。同じ部屋にはエリーの他の侍女が控えている。それゆえ〈制約〉が発動したのだろう。
エリーと二人きりで、誰も居ない所ならばラントの正体や放浪の大賢者の弟子であることも話すことができる。遮音結界の中でも大丈夫だ。
だが人が近くにいて、聞こえる範囲に居る場合は確実に反応する。宿の中で廊下を人が歩いているだけで反応するのだ。
「マルグリットお嬢様、ラント様とはそれほど凄い方なのですか?」
侍女の一人がマリーに問う。彼女にとっては初めて会う男だ。疑問に思うのも当然だろう。
「わたくしたちはラントの護衛によって魔の森を抜けたわ。更にわたくしに掛けられた懸賞金を狙う三級ハンターの襲撃に遭い、傭兵団に襲撃されたのよ。他にも幾度も影で救ってくれていたと言っていたわ。それらをラントは単身で全て退けたのよ。ランドバルト侯爵の勢力圏も彼のおかげで無事に抜けられたわ。それに宮廷魔導士長が驚くほどの魔法を王城で披露したわ。どうかしら、貴女そんなことが単身でできる者に覚えはあるかしら。二人の貴族令嬢と侍女と言うお荷物を背負ってよ」
侍女は驚いてすぐさま言葉を紡げなかった。
だが本心では信じていないだろう。
そんな英雄はそうそういるものではない。だが実際にマリーがランドバルト侯爵の勢力圏を抜けて王都まで辿り着いた実績がある。それだけは信じざるを得ないだろう。
「そんなことがあったのですね。魔の森を抜けると言うだけでも信じられません。ですがマルグリットお嬢様は実際に目の前に存在しています。マルグリットお嬢様の言葉を信用しない筈がございません。このお話、他の使用人に共有しても? 幾人かの騎士や使用人はラント様の実力に疑義を持っています」
「構わないわよ。何なら騎士と模擬戦でも行わせて見ては如何かしら。ラントはしばらく暴れていないし王城で疲れたようなので騎士と相手できると知ったらきっと喜ぶでしょう。ラントの実力に疑問を持っている騎士たちを集めなさい。魔法士もよ。侍女や使用人たちも集めて見学しましょう。それを見ればすぐにわかるわ。ラントの凄さをね。百聞は一見に如かずよ」
侍女はマリーの言葉に頷き、すぐに部屋を出た。
ラントも鬱憤が溜まっていることだろう。たまにはガス抜きしてやらないと公爵邸から出ていってしまいかねない。それはマリーが困る。
それにラントも公爵家の騎士や魔法士の実力を知りたいことだろう。
「ラント様はお受けするそうです」
「ほら、やっぱりね」
「マルグリットお嬢様の思っていた通りですね。ふふふっ」
マリーとエリーは笑う。公爵邸には訓練場もある。そこには騎士や魔法士が集まっていた。ラントは革鎧に剣、そしてローブを羽織って現れた。
正装のラントも良いが見慣れたラントの姿だ。道中に聞いたが名のある魔物の革で作った特注の鎧らしい。軽く丈夫で、簡単な魔法なら跳ね返してしまう高級品だとか。
見た目はただの革鎧にしか見えないが、更にラントは自身で魔改造をしていると言った。テールの麒麟児が手掛けた革鎧だ。そこらの騎士の鎧より頑丈なことだろう。
マリーたちはラントが傷を負った所を見たことがなかったので鎧の特性には気付かなかった。
「初めっ」
「でやぁぁぁっ」
ガインっ
ラントを侮って直線的に斬り掛かった騎士の剣が宙をくるくると回る。周囲が唖然としている。ラントの剣はマリーには銀閃にしか見えなかった。剣を飛ばされた騎士は唖然としている。
「待て、俺が出る。いいな」
「団長!」
公爵騎士団を預かっている団長がずいと現れた。ラントも背が高いがさらに大きく、体格が良い。大剣を装備していて魔法の剣だ。鎧も魔法の鎧である。
団長との戦いは流石に長く続いた。二十合も剣を合わせただろうか。騎士たちの目は必死にラントと団長の姿を追っている。すでにラントを侮る者など存在しない。
「〈炎槍〉」
「うおっ」
戦いの最中に急に現れた〈火槍〉に団長がのけぞった。それに合わせてラントが間合いを詰める。団長の首筋にラントの剣が添えられた。
「ま、参った。そういえば貴殿は魔法剣士だったのだったな。すっかり忘れていた。俺の油断だ。だが魔法を使えばもっと早く倒せたのではないか?」
「団長の剣の腕を知りたかったからな。おかげで良い汗がかけた。魔法を使ったのは危なかったからだ。刃引きとは言えその大剣で斬られたら痛いでは済まないからな」
ラントはニヤリと笑う。
「おい、団長が負けたぞ」
「次お前が行けよ。あんなの楽勝だって言ってたじゃないか」
「ばか、団長が負ける奴に勝てるわけないだろ。魔法士はどうだ」
「あんな早さで近づかれたら詠唱なんてできませんよ。無茶言わないでください。それに団長と戦いながら無詠唱であのスピードと威力ですよ。冗談じゃありません。間違っても敵対したいとは思いませんよ」
「ラント様、素敵じゃない? マルグリットお嬢様を救った英雄と聞いて居たけれどコレほど強いとは思いませんでしたわ。妾や愛人で良いのでお相手してくれませんかしら」
マリーの狙い通りラントは公爵家の信用を実力で勝ち取ったようだ。ついでにラントの表情も心做しか晴れている。やはり王城は堅苦しかったのだろう。
公爵家の信用も得られ、ラントも憂さ晴らしができる。一石二鳥のマリーの策は完璧に嵌まった。
だが少しやり過ぎだったようだ。侍女や使用人たちの興味はラントに移ってしまった。マリーは使用人たちの言葉を聞いて、しまった、やりすぎたと後悔した。エリーは予想していたようで、ポンポンとマリーの背中を叩いてくれた。
◇ ◇
ラントは公爵邸の大きさに慄きます。そして自分とマリーの住む世界の違いに改めて向き合います。公爵騎士団との戦いはちゃんと書いても良かったのですがスキップしました。戦闘シーンを期待していた方はすいません。
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