030.魅了・叙爵
クラウスは妻のラエルテと共に王城を訪れていた。目的は王太子殿下とその婚約者となったルイーズ・ドゥ・デマレだ。
調べて見ると五年前に子爵家に養子として貴族籍を与えられている。だが怪しい部分もある。デマレ家は商売に手を出し、失敗し、多額の借金を抱えていたのだ。だが五年前を境にその借金は消え去っている。
「ラエルテ。今回は危ない目に合わせてしまうかも知れない。だがこれは王国の危機なんだ。付き合ってくれるね」
「当然ですわ、あなた。わたくしも王国貴族としての誇りがあります。王国の危機ならば多少の危険、あなたと共に乗り越えて見せましょう」
クラウスはラエルテの肝の座った所が好きだった。学生時代熱心にアプローチしたものだ。
「待たせたか?」
この国の王太子・シモン・フォン・エル・エーファが姿を見せる。その隣には希望通りルイーズの姿もある。シモンの周りには当然近衛が居る。クラウスや騎士たちの剣も預けさせられている。だがクラウスだけは家紋の付いた短剣を持つことだけは許されている。それだけ公爵家の信用が高いとも言える。
「ルイーズ嬢とは初めましてですね。噂に聞いた通りお美しい」
「あら、嫌だ。クラウス様。隣にお美しい奥様がいらっしゃるのにそんなに褒められるなんて、照れてしまいますわ」
「あら、わたくしも可愛らしいと思いますわ。気になさらないで」
茶会が始まる。他愛もない話が進むがマルグリットの話題は出ない。
ルイーズはただの可愛らしい子爵令嬢に見える。
だが調べが進むに連れ、王太子殿下も最初はルイーズを側室に迎え入れたいと国王陛下に言っていたようだ。何度かパーティで国王陛下にも紹介していたようだ。
だが一転、婚約者のマルグリットとの婚約を破棄し、マルグリットを国外追放の令を出している。明らかにクラウスの知る聡明なシモンではない。
ルイーズの後ろには見知らぬ男がいる。目付きの鋭い男だ。ルイーズの執事だと言う。
「わたくしたちの貴族院時代にはこんなことがありましたのよ」
「まぁ、そんな素敵な出会いが。憧れますわ」
ラエルテが話をうまく転がしてくれている。
茶会は王城の中庭で行われている。四人の近衛騎士がシモンを守り、周囲にも騎士たちが見張っている。
クラウスは与えられた魔法具を見た。胸につけたブローチの青かった魔法石がピンク色に色が変わっている。〈魅了〉の魔法が使われている証拠だと手紙には書いてあった。
クラウスはブローチと共に入っていたモノクルをそっと取り出してルイーズを視た。美しい透明のガラスが使われていて魔法金属で彩られた装飾がされた品のあるモノクルだ。
誰もクラウスがモノクルを取り出したことに疑問を抱かない。
モノクルを通すと、ルイーズの髪飾りから怪しい魔力が立ち上っている。説明によると通常の鑑定の魔道具でもわからない魔法具を見破る魔法具のようだ。
クラウスは確信した。ルイーズは禁忌である〈魅了〉の魔法を、魔法具を通して使い、王宮を汚染しているのだ。そして自身が王妃になるのに邪魔なマルグリットをその魅了の魔道具でシモンを操って追い出した。
「ラエルテ、そろそろお暇しようか」
「そうですわね。あなた」
「まぁ、もう少しお話を聞きたいわ、ねぇ、シモン殿下」
「あぁ、もう少し良いじゃないか。クラウス。なかなか俺たちは会えないのだ」
これは二人で決めた合図だった。ラエルテもクラウスが付けたブローチの色が変わっているのを確認している。
クラウスはこっそりとブローチに魔力を籠めた。
瞬間、ピキンと十メルの結界のような物が張られた。クラウスたちを引き留めようとしていた筈のシモンと、後ろを守っていた近衛たちの動きが止まる。シモンがぐらりと体勢を崩し、椅子から転げ落ちる。だが近衛たちも膝を付き、動かない。明らかに異常だ。
「魅了の魔法具だ。押さえつけろ!」
「きゃっ、何をするんですのっ」
クラウスは騎士たちに命令を出した。クラウスが連れてきた騎士たちは即座にルイーズを押さえつけ、クラウスは短剣の柄でルイーズが着けていた髪飾りの魔法石を叩き割った。瞬間、ブローチの色が元の色に戻った。ルイーズはクラウスたちも魅了しようとしていたのだ。
周囲を守っていた騎士たちがざわめく。当然だ、王太子殿下は倒れ、近衛も膝をついている。王太子殿下の婚約者をいきなり拘束し、攻撃を加えたのだからクラウスたちが拘束されてもおかしくはない。だが近衛騎士たちは膝をついたまま動かない。
執事だと言われた男が翻って逃げようとする。
「逃がすなっ、そいつは帝国の間者だ」
クラウスが叫ぶと騎士たちが執事を捕らえようとする。だが執事だと紹介された男は凄腕の魔法剣士で何人も騎士たちに犠牲者が出た。それだけで済んで良かったと思わなくてはならない。何せ王宮は魅了で汚染されていたのだ。
それからのクラウスは大変だった。最も汚染が進んでいたのは王太子殿下とその側近候補たちだった。クラウスが魔法具を使うと苦しそうに悶え、倒れた。
他にも国王陛下や王妃殿下、シモンの二つ下の王女殿下も汚染されていた。ただ彼らはそれほど汚染が進んでおらず、すぐに復帰することができた。王太子妃になるはずであったマルグリットを追放したことに疑問を覚えなかった陛下は頭を下げて謝罪した。
与えられた魔法具は十メルしか効果がない。クラウスは王城中を駆け回り、シモンに近く、ルイーズに良く接触していた者たちを洗い出して丁寧に魅了を解除していった。
シモンは眠りに付き、未だ目を覚まさない。近衛たちは汚染が軽度だったのかしばらくして起き上がったが、だが暫くの記憶がはっきりしないようだ。
ルイーズ付きの侍女たちや、ルイーズに王太子妃教育を行っていた教師も汚染が酷かった。
シモンに近く、ルイーズに接触している時間が長かった者ほど魅了の効果が強かったようだ。
「危なかった。本当に王宮が汚染されているとは。〈魅了〉魔法は難しい魔法だと聞く。それを魔法具に落とし込める技術が帝国にあると言うことだ。そしてこれは前哨戦でしかない。帝国が侵略を容易にするために仕込んだ種の一つでしかないのだ」
「えぇ、わたくしもブローチの色が変わったのを見て青褪めましたわ。それにしても事前に対処できて良かったです。ラントというマルグリットを助けてくれた魔法士に感謝しなければなりません。それにしてもラントとは何者なのでしょう。これほどの魔法具を作るとは」
クラウスは妻の言葉に首を振った。
「それは俺もわからん。だがマルグリットたちはそろそろアーガス王都に辿り着いている頃だろう。グリフォン便を出して結果を送っておこう。アーガス王国も乱れていると聞く。手紙にあった通り、これは帝国の侵略の布石だ。アーガス王国の内乱も帝国の手の平の上だろう。恐ろしいことだ。急ぎ父上に知らせねば。ラエルテは先に帰っていてくれ。悪いが暫く帰れそうもない。デマレ子爵家も調べねばならん」
「仕方有りませんわ。王国の大事ですもの。ご無事を祈っています」
「あぁ、大丈夫さ。今回は念の為多くの騎士たちや魔法士を連れてきている。父上には詳しく君から説明してくれ」
〈魅了〉魔法は長くは続かない。常に掛け続けなければならないのだ。すでに卒業して領地に帰ったルイーズの同級生たちもいるが、彼らのリストも入手している。
クラウスはまずまだ王都に残っている貴族たちを徹底的に調べた。思っていた以上に汚染は進んでいたようで、多くの同級生たちが魔法具を使うと倒れた。そしてその理由を都度説明した。
クラウスはリストに載っている貴族たちを訪ね、魔法具を使い、汚染されていたものたちは漏れなく倒れた。だがしばらくすると魅了が解け、回復したようだ。シモンは重度の汚染を起こしていたのか一月ほど眠った。そしてここ二年間の記憶が曖昧だと言う。自身がマルグリットを追放したことを聞かされて驚き、後悔していると聞いた。何を今更とクラウスは吐き捨てた。
公爵家嫡子であるクラウスは貴族たちに説明し、注意喚起した。
王国中を巡ったクラウスが実家に帰れるのは数ヶ月は先のこととなった。何せ並の魔法士ではブローチを使うことができなかったのだ。
宮廷魔導士であれば使うことが出来たであろう。それならば宮廷魔導士たちを派遣するだけで済んだはずだ。
せめてもういくつかブローチと同じ効果の魔法具を入れてくれれば良かったのにとクラウスは珍しく執事に愚痴を吐いた。だが四大公爵家の嫡子であるクラウスにしか貴族たちに説明はできない。彼の言葉だからこそ、他の貴族も真剣に聞き、例え息子や娘が倒れても事情を聞く。そして危機感を覚えるのだ。
クラウスはまだ見ぬラントに真剣に感謝をした。
◇ ◇
(どうしてこうなった)
ベアトリクスとの茶会から十日は経っていた。公爵家での住心地は最高だったが、居心地は悪かった。豪華すぎて合わないのだ。体がむずむずする。
そして今、ラントは王城の謁見の間で跪いていた。ずらりと王国の重鎮たちが立ち並んでいる。横にはマリーも跪いている。少し遠くにはアーガス国王、マクシミリアン三世が玉座に座っている。
宰相がラントの功績を読み上げ、ラントを王国正騎士と魔法士に叙すると宣言した。
「面を上げよ」
ラントは隣のマリーをこっそり見ながらゆっくりと顔を上げた。儀礼に自信がなかったのだ。マリーは自分の真似をすれば良いと言っていた。エリーの姿はない。
(あれがこの国の国王、マクシミリアン・フォン・ウル・アーガスか)
目を合わせないように遠目で見る。四十代でまだまだ壮健なようだ。白髪交じりの濃い藍色の髪色をしている。似た面差しのコルネリウスも隣に並んでいる。目が合った。にこりと笑いかけてくる。
ラントは命じられるまま進み、跪く。立ち上がったマクシミリアン三世から剣で肩を叩かれる。騎士叙勲の儀式だ。ラントはマリーから教わった言葉を一言一句間違えないように発した。
更に宰相からはアーガス王国魔法士の徽章を付けられた。アーガス王国の魔法士は男爵相当の権力があるらしい。平民から一気に男爵まで駆け上がったのだ。
ラントはそんなつもりはなかった。マリーを送り届け、王都で貰った報酬である魔法石を返し、別れるつもりであった。
だが結果はどうだ。見事に王国に捕らわれてしまっている。
思い返してみるとベアトリクスとのお茶会から様子がおかしかった。
(やはり特大の厄ネタだったな。しくったな)
横を見るとマリーがにこりと笑っている。美しいと素直に思った。見事彼女の手の平の上で転がされたと言える。
逃げ出そうと思えばいつでも逃げ出せる。だがマリーは見捨てられない。ラントはついに観念した。
◇ ◇
「うふふっ、ラント。その魔法士の徽章、素敵ですわ。騎士爵も貰い、立派な王国貴族ですわね」
「そうだな。どうしてこうなったのか俺にはまったくわからん。だがこれは返そう。大事な物なんだろう」
公爵家に帰り、ラントは久々にマリーとエリーと三人きりになった。他の使用人たちは人払いをしたのだ。今更ラントと三人きりになったところで文句を言う使用人は居ない。ラントに秋波を送ってくる侍女や使用人も居るくらいだ。
ラントがマリーから受け取った報酬を返すとマリーは驚いて両手を口元に当ててポロリと涙を一粒溢した。返されるとは思っていなかったのだろう。
「ラント、貴方」
「爵位に魔法士の資格。それに道中で十分金は仕入れた。これはもらいすぎだ」
マリーの手を取って改めて握らせる。大事そうに胸に抱え込む。
「マルグリットお嬢様に代わり、礼をさせて頂きます。ラント様」
何も言えないマリーの代わりにエリーが深々と礼をする。ラントは静かに頷いた。しばらくしてマリーが復帰した。
「それにしてもよくも考えたものだ。あれでは俺は逃げられん」
「あら、わたくしを見捨てられるラントではありませんわ。家名を考えなくてはなりませんわね。それにラントでは名が平民に寄りすぎています」
「そうだな、じゃぁランツェリン・フォン・クレットガウと名乗るか」
マリーとエリーが驚く。ラントは薄く笑った。
「良いのですか。テールの麒麟児と同じ名前ですよ。本名ではないのですか。ただフォンはまずいですわね。ドゥを使うと良いですわ」
「そうだが髪色と瞳の色が違う。同じ錬金術師として憧れていたのだと言えば良いだろう。アーガス王国貴族にはクレッドガウ家はないようだしな」
「そういえばラントの真の姿は見たことがありませんでしたわね。こっそりで良いのでわたくしとエリーにだけ見せてくれませんか」
「仕方ないな。一回だけだぞ」
マリーの願いにラントは幻影の腕輪を外した。
薄灰色の髪は元の銀の輝きを煌めかせ、瞳の色も金に近い琥珀色に戻っている。左目は翠色に光っている。神の試練で失った時、ジジイに魔眼を移植されたのだ。
「まぁ、聞いていた通りですわ。ただ金銀妖眼(ヘテロクロミア)だとは知りませんでしたわ。それにしても思っていた以上に美しい髪と瞳をしていましたのね」
マリーの顔が真っ赤だ。エリーも顔を赤くしている。ラントを陥れた罰だ。少し悪戯をしてやろうとラントは思った。
マリーの顎を右手でクイと持ち上げ、瞳を合わせる。キラキラとした美しい碧の瞳だ。ラントは惹き込まれそうになった。マリーのプラチナブロンドの髪が揺れ、日差しを浴びて煌めく。
顎クイをされたマリーは耳まで真っ赤にしている。
「あのっ、あのっ、ラントっ?」
「なんか言うことはないか?」
「ご、ごめんなさい。ラントと別れるのが嫌だったのです」
「正直に言えて結構。エリーは?」
「私も企みに参加しました。マルグリットお嬢様にはラント様が必要なのです。ですが本来の姿のラント様は目に悪いですね。私も惚れてしまいそうです」
その宣言はすでにマリーがラントに惚れていると自白したも同然だった。そのことにマリーは気付いていない。
ラントはマリーを解放した。
トールが影から出てじゃれついてきた。トールは公爵家でも人気者だ。毛並みは常にエリーに整えられ、香油までつけられている。
ラントはトールを撫でた。幻影の腕輪を付け直す。
落ち着いたマリーとエリーもソファに座った。まだ火照っているようだ。その様子を見てラントはすっきりとした。仕返しは成功したようだ。
「誰にも言うなよ、言えんがな」
ラントはニヤリと笑った。
◇ ◇
ここで第一章は終了です。マリーは見事ラントを絡め取りましたが、ラントも反撃に出ます。クラウスは大変ですが頑張って貰うしかありません。貴族がバタバタと倒れるのです。権力がなければ誰も納得しません。
明日は人物紹介なのでお休みの日だと思ってください。特に目新しい情報はあんまありません。バカは死んでも治らないのようにカップ数も書いていません笑 用語集も一緒に投稿します。長いので読みたい方だけ読んでください。
カクヨムコンにこの作品を投稿しています。初めてなので良くわからないのですがとりあえず☆を貰えないと選考対象にならないようなので☆での評価お願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ
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