028.爆裂魔法
「この距離から魔法で一点を狙うと言うのか。そんなのは可能か?」
「さぁ、宮廷魔導士に聞いてみなければわかりません。普通の魔法士には難しいでしょう」
「えぇぃ、話にならん。宮廷魔導士長を呼べ」
お歴々は侃々諤々(かんかんがくがく)と議論を交わしている。ついにコルネリウスが宮廷魔導士長を呼べと言い出している。
騎士がそれを言われて走る。ウルリヒは訓練中に呼び出されたらしく鎧姿だが騎士たちは通常の騎士服を着ている。だが剣は佩いている。王城内で剣を佩くことが許されるのは貴族か正騎士のみだ。
近衛はいつ何時何があっても良いように鎧姿だ。
少し時間が経って六十代の禿頭の老人が現れる。杖を持ち、ローブ姿の白髭を携えた老人だ。魔力が溢れ、それを見事に制御している。これがおそらく宮廷魔導士長だろう。
(流石だな)
ラントはアーガス王国の魔法士の質の評価を一つ上方修正した。彼ならば帝国の魔導士にも対抗できるだろう。
「ラント、この方はハンス・フォン・フィッシャー卿だ。宮廷魔導士を纏めている」
「ふぉっふぉっふぉ。王太子殿下に呼び出されたと思えばこの面々。どうしたことですかな」
「うむ、聞きたいことがある。この地図を見てくれ」
コルネリウスが指を指すとハンスが近づいてモノクルで地図を見る。
「宮廷魔導士たちはここから要塞のこの部屋をピンポイントで狙えるか。距離は一キラメル以上だ」
「う~む、出来ぬとは言いませぬが確実性はありませんな」
「ちなみに夜襲が推奨です。寝ている時なら必ず寝室に居るでしょう。もしくは司令官室です」
ラントがそう言うとハンスは目を細めた。
「夜となると更に難しい。私でも怪しいですな」
「そうか」
「できぬとあれば私が致しましょう」
「なんとっ! お主、この距離で一室をピンポイントで狙えると言うのか」
ラントが口を挟むとハンスが胸ぐらを掴み上げてくる。自分でも難しいと言った事を見知らぬ若造ができると言い放ったのだ。その気持ちはよくわかるのでラントは逆らいすらしなかった。
「ラント、本当にできるのか? ハンスは我が国最高の魔導士だ。魔法も魔術も極めていると言える。ハンスができないとあれば我が国の宮廷魔導士は誰もできぬ。それほどだ。過言は許されないぞ。国家の大事なのだ」
「できないことはできないと言いますよ。元よりこの作戦を考えたのは私です。誰もできなければ自分がやる。そのつもりで提言しています」
「お主、ラントと言ったか。その徽章。北方諸国の物ではないか。魔法士もどきが大言を放つとは不敬だぞ。仮にも王太子殿下の御前で何を言うか」
荒ぶるハンスをコルネリウスがなだめる。ただしラントを見る目は厳しい。
「良い、ハンス。ここでは無礼な発言も許している。作戦会議なのだ。変に遠慮されても困る。だがラント、言ったからにはやって貰わねばならぬ。ラントの実力の一端で良い。見せてくれぬか。流石に言葉だけでは信用できぬ」
「では訓練場に行きましょう。そこで見せて貰えれば良いのではないのですか」
「そうだな。マルグリットを守り抜いた魔法士の力、この目で見てみたいと思っていた所だ」
エックハルトが提言し、コルネリウスが承認する。
全員で移動することになった。お歴々もラントの魔法の力に興味があるようだ。
(仕方ないか。あまり見せたくはないがここで見せない訳にも行かないな)
ラントはコルネリウスを先頭として移動する。歩いている顔ぶれに使用人や騎士が慌てて跪く。それほどの面子なのだ。
移動先は魔法士の訓練場のようだ。多くの魔法士が的に向かって魔法を放っている。火魔法系が多いように思える。火魔法は破壊力に優れているし本能的な恐怖も与えられる。人気の魔法だ。ラントはどちらかと言うと得意ではなかった。だが使えないことはない。
コルネリウスたちが訓練場に登場すると魔法士たちは慌てて跪いた。なにせ王太子殿下と宮廷魔導士長が居るのだ。むべなるかなと言うところである。ラントは自身がその一行に入っていることに場違い感を大きく感じていた。
「ヴィクトール」
「はっ」
呼ばれたローブ姿の男が出てくる。三十代くらいだろうか。茶髪のきりっとした顔立ちをしている。見てみると他とローブの色が違う。徽章も他の魔法士たちと違う物になっている。ハンスと同じ色のローブをしているが、ハンスのローブには紫の差し色が入っており、勲章もついている。
宮廷魔導士と通常の魔法士ではローブの色で分けているのだろう。
ハンスは魔法士たちに命令をして一キラメル先に一つの部屋の大きさの的を準備させた。的は土魔法で作られている。
「ヴィクトール、この距離で正確にあの的に〈爆裂〉魔法を当てられるか?」
「〈爆裂〉魔法ですか? 〈火球〉なら自信がありますが〈爆裂〉魔法となると自信がありません。多少ズレてしまうでしょう」
「やってみよ」
「わかりました」
ハンスの命令は絶対のようだ。ヴィクトールは静かに詠唱をし、目を閉じて集中している。魔力が杖に集まっていく。見事な制御だ。あれなら当てられるのではないか。そうラントは思った。
「〈爆裂(エクスプロージョン)〉」
ズガァァァンと大きな音が響く。部屋は粉々になっている。だが部屋の左側に当たってしまっている。夜ならばより命中率は下がるだろう。これではダメだと思った。
「ふむ、ずれたな。だが破壊力は十分じゃ。これを夜闇の中でも当てられるか」
「夜闇の中ですか。それは流石に難しいかと」
ヴィクトールが素直に答える。ハンスもうんうんと唸っている。
「儂も試してみよう。的を用意せよ」
即座に的が再建された。穴も埋められている。ハンスが杖を構える。堂に入った構えだ。流石宮廷魔導士長と言われるだけはある。
ヴィクトールよりも遥かに洗練された魔力が収縮される。放つ速度も速い。
「〈爆裂〉」
ドーンとさっきより大きな音が鳴った。直撃だ。部屋の中心に確実に当たっている。これならば行けるのでは、と思った。
「ふむ、こんなもんかの。だが最近は夜闇の中では不安じゃ。目が悪くなっておる。ほれ、お主もやってみろ。大言を放つだけの魔法を見せて見よ。見事儂と同じように当てれば魔法士の資格をやろう」
「ハンス」
あまりの事にコルネリウスが叫ぶ。
「良いではないですか、王太子殿下。宮廷魔導士に取り立てるとまでは言ってはおりませぬ。儂と同じ精度で〈爆裂〉魔法が放てるのであれば確実に魔法士試験は通ります。それに儂は魔法士を認定する権力が与えられている。違いますかな」
「それは、そうだが。彼は我が国の国民ですら怪しい所です。ハンターですよ」
「ふむ、ハンターがそれほどの魔法を操るならば良いではないか。まずは見てからよ。ほれ、大言を吐いたのじゃ。吐いた唾は飲み込めぬぞ」
「わかりました」
更に再建された的に向かってラントは呪文を唱える。無詠唱でなく呪文を唱えるなど久しぶりのことだ。
「なんと、杖を使わぬのか」
「今日は持ってきておりませんので。ですがあのくらいなら大丈夫です」
魔力の収斂は終わっている。もう後は放つだけだ。右手を前にして狙いを絞る。
「〈爆裂〉」
キュンと音がして即座に爆発音が鳴る。ラントの爆裂魔法は的の周囲に影響を及ばさず、中央に着弾し、的だけを吹き飛ばした。その神業に誰も声一つ上げられなかった。一拍してハンスがぐるんとラントを向き直る。目が血走っている。
「なんと、何と言う魔法制御力じゃ。大言も言えるという物よ。殿下、ぜひ彼を宮廷魔導士にして頂きたく」
「待て待てっ、彼はエーファ王国から来た公爵令嬢マルグリットの護衛だ。勝手に我が国に取り込む訳には行かぬ。魔法士資格くらいは構わない。魔法の腕も確かに宮廷魔導士にふさわしいだけの物はあるのだろう。魔法に疎い俺でも見事だと見惚れてしまったくらいだ。だが勝手に宮廷魔導士を増やされても困る。ハンス、落ち着かれよ」
「むぅ、仕方あるまい。ラントとやら、宮廷魔導士に興味があればいつでも儂を訪ねて来い。推薦状を書いてやろう。審査をするのは儂じゃ。合格確実じゃぞ」
ハンスはニヤリと笑った。
◇ ◇
「相変わらずラント様の魔法は素晴らしいですわね」
「えぇ、あれほど見事に的だけを吹き飛ばすなど別次元ですわ。〈爆裂〉魔法とはもっと大雑把な魔法だと思っておりました」
エリーとマリーはラントたちが魔法訓練場に向かったと聞いてベアトリクスやディートリンデたちと共に見学に来ていた。
宮廷魔導士の若きエースが最初に〈爆裂〉を放ち、その後に宮廷魔導士長が〈爆裂〉を放った。距離は一キラメルを超える。宮廷魔導士長の魔法は流石だった。的を中心にヴィクトールと呼ばれた若き魔導士よりも大きな爆発が起きる。
しかしラントは格が違った。的その物だけ吹き飛ばし、更に〈爆裂〉魔法の飛ぶ速度が違った。あの速度で魔法を放たれたら一キラメルの距離があっても熟練の騎士でも避けるのがギリギリだろう。
更にラントであれば爆発の規模も自由自在だろう。ラントの本気は見たことがないが、城そのものを吹き飛ばせると言われても信じてしまいそうに思えてしまう。
〈爆裂〉魔法は本来、拠点に向かって撃つ物で対個人に撃つ物ではない。だがラントの精度があれば対個人でも撃てるのではないか。そう思わせる精度だった。
「凄まじいわね。あれほどの魔法士、いえ、魔術も使えるのでしょう。魔導士ね。どこに隠れて居たのかしら。噂になって勧誘されていてもおかしくはないわ」
「私もあれほど綺麗な〈爆裂〉魔法は初めて見ました」
ベアトリクスとディートリンデがラントを褒め称える。
声までは聞こえないが宮廷魔導士長が褒め称えているのが見える。
これでラントの実力は知れ渡った。もう隠すことは許されない。
マリーとエリーの策略は成った。マリーは貴族の仮面を被りながら、どうだ、ラントは凄いだろうと心の中で思っていた。
◇ ◇
ラントの魔法は別格です。それでもまだ本気を出していません。マリーやベアトリクス、ディートリンデも見学に来ています。宮廷魔導士長をも認める魔法の腕を披露してしまったラントはもう逃げられません。
マリーもここまで予想していた訳ではないのでちょっと戸惑っている部分もあります。
いつも誤字報告、感想ありがとうございます。
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