027.重鎮との話し合いと恋バナ
「ディートリンデ、お前まで来たのか」
コルネリウスが驚いて問いかける。だがディートリンデは当然とばかりに胸を張った。ディートリンデと呼ばれる王女は確かに美しかった。高貴と言う言葉をそのまま体現したような様相だ。更にマリーに似ている。
ベアトリクスも似ているが少し顔つきがきつい。マリーは少しおっとりとしていて、ディートリンデの方が近いと感じた。
「だってマルグリットお姉様が行方不明だとされたのに、登城されたと聞いたのですもの。長い事心配していたのですよ。お早くお会いしたかったのですわ」
「あらあら、少し手狭になってしまったわね」
コルネリウスにもディートリンデにも従者が当然ついている。それらが全員茶会室に入ってきたのだ。だが全員を入れても狭いとは全くラントは感じなかった。茶会室は恐ろしく広いのだ。
ベアトリクスがそう言うとコルネリウスがすぐさまマリーに向き合った。
「マルグリット、少しラント殿を借りて宜しいか。場所を変えて話したい」
「どうぞ」
ディートリンデが現れて茶会室も騒がしくなってきた。コルネリウスが場所を変えようと提案してくる。
女子率の高い部屋にいるのはラントも苦痛だ。コルネリウスも王太子であるので非礼はできない。
そういう意味では緊張するが男同士の方が余程気楽だ。マリーが許したのでラントはコルネリウスにドナドナされていった。
飛び込んできたディートリンデをもう一度見る。流石従姉妹と言うだけあってマリーに雰囲気まで似ている。姉妹でも通用するだろう。そして流石王女と言うだけの美しさだった。
◇ ◇
「さて、呼び出した者たちは揃っているか」
「はっ、皆揃っております」
王妃の私室のあった区画とは違う。城の中でも無骨な区画に入り、近衛ではなく騎士が守る部屋にラントは案内された。
中には三人の男と騎士たちや魔法士たちが揃っている。部屋の中央には地図が広げられていて駒が置いてある。壁には全国の地図が張ってある。戦略を練る部屋なのだろう。だがそのような無骨な部屋ですら広く、調度品は良いものが使われている。
そして冷たい水が杯に入れられて配られる。使用人の動きもテキパキとして隙がない。
「紹介しよう。右からウルリヒ・フォン・リヒテンシュタイン伯爵だ。第一騎士団の団長をしている。中央にいるのはアドルフ・フォン・アトアハン子爵。子爵ながら帝国との戦争で功を上げ、元帥まで上り詰めた武人だ。左はエックハルト・フォン・シュターレンベルク侯爵。アーガス王国の軍務大臣をしている」
ウルリヒは甲冑を着込み、明らかに凄腕の騎士であることがわかる。四十代の渋みのある中年だ。
アドルフは歴戦の武人と言う感じの初老の男だ。背が百九十を超えているだろう。
子爵だと言うのに元帥まで上り詰めるとは余程戦が上手いのだろう。三十年前の帝国の侵略を退けたと言うから戦略眼もある筈だ。それに初老の域に入っていると言うのに武威が衰えていない。頬に刀傷がついている。それも合って迫力が凄い。
エックハルトはしゅっとした法衣貴族という感じの
(勘弁してくれ)
ラントは心の中でため息をついた。
何せこの国の王太子、軍務大臣、元帥、騎士団長が揃っているのだ。更に騎士やら参謀やらが大挙して部屋の中にいる。王太子が号令を掛けたので当然だ。
部屋は広いというのに暑苦しくて仕方がない。だが国家の大事だ。いつの間にコルネリウスは彼らを集めるように言っていたのだろう。仕事の早さに舌を巻いた。ラントが秘策があると言った途端走り出した使用人が居たのだが、ラントは気付かなかった。
「さて、諸卿らにも紹介しよう。彼はラント。私の従姉妹であるマルグリットを魔の森を抜けて守り抜き、ランドバルト侯爵の支配地域から女性二人を単身で王都まで送り届けてくれた恩人だ。更に戦略眼もある。軽く聞いた程度だが有効な手だとは思う。更に秘策もあると言う。皆にも聞いて欲しい」
コルネリウスはそこで一端区切って全員の顔を見回した。
「ラントは平民だ、彼の無作法は気にするな。ここは無礼講だ。俺の命だ。間違っても彼の言葉遣いにくだらない突っ込みを入れるようなことはするなよ。皆なら大丈夫だとは思うがな。さて、ラント。悪いがもう一度彼らに説明して貰えないだろうか。ホーエンザルツブルク要塞とその周辺の地図も用意してある。見取り図も準備させた。ただこれらは機密だ。間違っても外で漏らしてくれるなよ」
「畏まりました。殿下。では説明を初めさせて頂きます」
ラントはできるだけ丁寧な口調を心掛けて戦略の主な点を説明した。お歴々たちは「むむっ」とか「むぅ」とか唸っている。
「良いのではないか。この策がうまく行くならば冬の間に決着が着けられよう。要塞を抜けてしまえば後は烏合の衆。南西部貴族など簡単に駆逐してくれようぞ」
アドルフが口を開く。しかしコルネリウスが待ったを掛けた。
「駆逐されては困る。国力が下がる。できるだけ兵や騎士は残し、首魁だけ捕らえたい。すでに寝返りの書簡は送るように手配している。その返事が来次第動こうと思うが如何か。今回は俺も出る。初陣が内戦とは情けない話だが総大将が王太子である俺だと言うだけで兵の士気は上がり、敵兵の士気は下がるだろう。王家に多少でも信があれば俺に槍を向けることなどできないはずだ」
アドルフたちが驚く。それはそうだ。未来ある優秀な王太子が戦場に出るというのだ。だがコルネリウスの瞳は本物だった。
「殿下が出られるのですか!?」
「あぁ、その方が話は速い。アドルフ、俺を守り切る自信がないとは言わせないぞ」
「はっ、殿下。必ずお守り致します」
エックハルトが驚いたように声を上げる。これにはラントも驚いた。まさか王太子自ら出陣するとは思っても見なかったのだ。
ウルリヒとアドルフだけでも十分行けるだろう。更に近郊の大都市から兵も出させるのだ。それだけで十分な布陣だ。
この戦争はラントに言わせれば茶番だ。多くの兵を用意するが実際に使うのは少数でしかない。更に一発で大打撃を与え、相手に降伏を促す電撃作戦だ。
今アーガス王国は国威が下がっている。だから大軍を準備させ、圧倒的に勝利させる。それをすることによって王家の威信を回復させるのだ。
あっという間に蹴散らせば、王家の威信は大いに回復するだろう。
だがこの作戦が採用されるということはラントの力が必ず必要になる。ラントはどんどん泥沼に引きずり込まれていく気分になった。
◇ ◇
「良い男じゃない。見目も良いし所作も綺麗だったわ。本当に五級ハンターなの? 信じられないわ」
「マルグリットお姉様、お久しぶりです。ずっとお会いしたかったのです。行方不明になられたと聞いてすっごく心配していたのですよ」
「まぁ、ディートリンデ、ありがとう。わたくしも会いたかったわ。ラントという素敵な魔法士に命を救われ、護衛までして頂いて漸く王都に辿り着いたのよ。これほどの冒険をしたのは初めてよ。貴族院の勉強は順調かしら。今は二年時の筈よね。叔母様、ラントはわざと五級で止めていたのだと聞きました。四級に上がると品位も見られ、貴族からの依頼も増えるのでそれが嫌なのだとか」
「はいっ、仲の良い友人も出来ました。魔法は難しいですがなんとかついて行っています。冒険ですか、私もやってみたいです」
「なるほどね、五級止めという言葉を聞いたことがあるわ。傭兵にもあるそうよ。そのせいで上級傭兵や上級ハンターの数が足らず、五級傭兵や五級ハンターは実力の差が大きいらしいの。でもギルドでの決め事ですから流石に王家が口を出す訳にも行かないわ。本当は実力のある者には適切な級について欲しいものですけれどね」
「ディートリンデ、冒険と言っても大変な物なのよ。鎧を着たまま寝なければならないわ。しかも森の中で魔物の声や音が聞こえてくるのよ。とてもじゃないけれど貴女が耐えられるとは思えないわ」
マリーはベアトリクスとディートリンデの相手を同時に熟していく。このくらい慣れたものだ。
ディートリンデはマリーのことをお姉様と慕ってくれている。育った今でも変わらないようだ。確か公爵家の婚約者が居るはずだ。
マリーも会ったことがあるが紳士な好青年だった。マリーのように婚約破棄などされないと良いなとふと思った。
「ラントは金銭にあまり興味がないようですわ。更に名誉はより興味がなさそうです。王宮で囲い込もうとしないでくださいね。ラントはわたくしの物ですのよ」
「あらあら、ご執心ね。もう手は出されたの。長旅の間に何もなかったのかしら?」
ベアトリクスの指摘にマリーは真っ赤になった。
「なっ、何もありません。ラントは紳士でしたし……護衛の為に同じ部屋に泊まりはしましたが何もしてきませんでした」
「えっ、マルグリットお姉様。殿方と同じ宿に泊まられたのですの。それで何もなかったなんて誰も信じませんわよ」
ディートリンデの言葉にベアトリクスが笑う。
「あらあら、こんなに可愛いマルグリットに手を出さないなんて余程我慢強いのね。見た所実力も高いのでしょう。魔力が非常に洗練されていたわ。我が国の宮廷魔導士に匹敵するかそれ以上ね。何者なの」
「私が見張っていましたから誓って何もありませんでしたよ。ラント様はお嬢様の手にすら必要な時以外触れませんでした」
エリーが援護してくれる。
ベアトリクスは魔法に造詣が深い。ラントの実力を見破っていたようだ。
ディートリンデは恋話が楽しいらしく、マリーに突っ込んでくる。瞳がワクワクと輝いている。
今頃ラントはこの国の重鎮に囲まれているだろう。コルネリウスは乗り気だった。ラントの策が採用されればラントの名がアーガス王国に響き渡る。
すでに騎士への登用は決まっている。功を上げれば準男爵、または男爵への昇爵も有り得る。更に帝国の脅威がある。ラントが功を上げる機会はまだまだあるのだ。
ラントは元々伯爵家の出だったと聞いた。伯爵家に序されればマリーとの結婚も夢ではない。婚期は逃してしまうかもしれないがマリーは二年や三年くらい待つつもりであった。
ラントの話では帝国の攻勢はまだ数年は余裕があるらしい。そこで功を上げて貰おう。
「でもそれほどの指輪を送ってくれたのでしょう。ラントもマルグリットの美しさに参ってしまっているのではなくて。久方ぶりに会いましたがますます美しさに磨きが掛かって来ましたね。まるで若い頃のお姉様を見ているようだわ。お姉様は王国の至宝と呼ばれるほどだったのよ」
ベアトリクスは昔を懐かしむように言葉を紡ぐ。
「王妃の話もお姉様が先にあったのですけれど、当時王太子殿下だった陛下とは少し年の差があったのと、エーファ王国との縁談もあったので私が選ばれたの。エーファ王国のブロワ公爵家なら信頼できるお相手ですけれど、お姉様が国を出ると知って多くの貴族が悔しい思いをしたと聞いているわ。惜しい方を亡くしたわ」
「そうですわ。マルグリットお姉様はますます美しくなっていますわ。お兄様の婚約者になりませんか?」
ディートリンデが軽く言い、ベアトリクスが叱り飛ばす。
「こらこら、ディートリンデ。貴女の兄はすでに妻が居てよ。仲睦まじい二人を引き裂くのは可哀想だわ。それに私の姪であるマルグリットを側室にするのはあり得ないわ」
「ちぇっ、本当の義姉さまになって頂ける良い案だと思いましたのに。エーファ王国の王太子妃になると聞いてマルグリットお姉様ならと諦めていたのですけれど、タイミングが悪かったですわね。捨てるならもっと早く捨てて頂ければ良かったのに。ですがこれからはマルグリットお姉様にもっと会えるのよね。王都に滞在するのでしょう」
「そうね、マルグリットには私の実家に居て貰いましょう。姉の再来のような貴女なら歓迎されるわよ」
ディートリンデが過激なことを言う。流石のマリーも笑ってしまった。
マルグリットとラントの住居は公爵家になるようだ。幾度か泊まらせて貰ったことがある。父などは王宮に泊まっていたが、マルグリットたち兄妹は公爵家に世話になっていたのだ。
使用人も良い人ばかりで第二の家のようなものだ。あそこなら安心だとマルグリットはホッと安心のため息をついた。
◇ ◇
ラントはドナドナされ、マリーは王妃や王女と親交を深めます。ベアトリクスとディートリンデの発言が混じっていますがわざとなので見逃してください。読みづらいとは思うのですが、マリーが二人と同時に会話するシーンなのです。
いつも誤字報告、感想ありがとうございます。
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