026.王妃と王太子

(しまった。つい戦場の事を聞かれたから答えてしまった。これでは俺も従軍しなけりゃならないじゃないか。あの秘策は俺がいないと達成できない)


 ラントが心の中で呻いているが、コルネリウスの表情は晴れやかだ。

 何せ万が一があり、大規模な戦闘が起きるのは帝国の影があるために避けたい。そこへ秘策があり、短期決戦で損害も少ないと聞けば誰だって飛びつくはずだ。

 だがそんな簡単な方法はない。ラントの錬金術と魔法の力がそれを簡単にするのであって、誰にでもできる方法ではないのだ。


「はぁ、ラントは本当にお詳しいですわね。秘策までお持ちとか。どうですか、ベアトリクス叔母様。優良物件だと思いませんか」

「えぇ、そうですわね。礼法も作法も市井の出とは思えないわ。着けている徽章は見慣れない物ですが魔法士の資格でしょう。アーガス王国でも魔法士の数は少ないのよ。魔導士の数はもっと少ないわ。もっと増やしたいのですけれどなかなかね」

「そうです。ラントは凄いのです。幾度も窮地を助けられました」


 エリーが後方でベアトリクスと談笑している。マリーもそれに乗っているようだ。だがコルネリウスや近衛の表情は真剣だ。軽く策を披露しただけなのだが本気にしたと言うのだろうか。こんなどこの馬の骨とも知らぬ男の話を? それが未来の王というのならばアーガス王国も先が暗いかもしれない。


 ただ一見してコルネリウスは暗愚とは思えない。むしろ利発そうなハンサムだ。母親であるベアトリクスとは違い、濃い藍色の髪と深い緑の瞳を持っている。背も高く、気品もあり、王太子教育がきちんとされていることを物語っている。

 何せラントのように服に着られていない。最高級の生地を惜しみなく使い、装飾品もいくつもぶら下げているのに嫌味がない。それが自然なのだ。貴公子とはまさにこの男の為にある言葉と言って過言ではない。


「ラント殿。見取り図は即座に用意しよう。冬の間の行軍は軍議に掛けねば成らぬが、書簡は即座に送ることに決定した。王家の信頼厚い貴族にだけ密かに送る。なるほど、そんな手があったのだな」

「裏切りを唆すなど常套手段です。ただ帝国には効き目はありません。むしろ帝国から唆されることを警戒すべきかと」

「む、そうだな。帝国は一枚岩だ。離反する貴族がいるとは思えん。どちらにせよこちらから侵攻できるほどの余裕はうちにはない。北部は信頼できる貴族で固めてあるが、注意喚起しておこう」


 もう三十年近く帝国との戦いはない。つまりこの国は戦争を知る世代が少ないのだ。更に内戦などしたことがないだろう。だから裏切らせるなどという簡単な定石すら思いつかない。軍務大事や元帥、参謀などが思いついても良いはずだ。むしろとっくに行っていると思っていた。

 内乱が起こるなどとは思ってもいなかったのだろう。だから慌てている。


(王宮も余程混乱しているようだな)


 相手方の切り崩しなど基礎の基礎だろう。一度裏切りが起きれば疑心暗鬼になり、士気が落ちる。士気の落ちた軍隊ほど脆い物はない。だが中央集権が強い一枚岩の帝国には通用しない。だから思いつかなかったのかも知れない。

 それに堅牢な要塞と言っているが攻略できない要塞も存在しない。古くからあり、文化遺産のようなものだ。実際に今使われている訳ではない。遺跡を再利用しているだけだ。

 短期決戦で犠牲を出したくないのであれば頭を取ってしまえば良い。頭のない軍など首を落とされた蛇の体のようなものだ。しばらくはうねうねと動くが、即座に死ぬ。


「それで、秘策とはなんだ」

「穴を掘ります。長い穴です。要塞の門の近くまで掘り進め、特攻部隊を結成して門を開けさせるのです。同時に指揮官の首を取ります。これは魔法で行います。この国一番の宮廷魔導士が居ればなんとかなるでしょう。其の為にも見取り図が必要です」


 コルネリウスは少し考えて頷いた。


「ふむ、良い案だ。だがそれでは穴を掘るだけで一月、二月は掛かるのではないか。それに相手に気付かれないとも思えん」

「秘策と言ったでしょう。特殊なゴーレムを使います。帝国が鉱山の採掘に使っているゴーレムです。私は錬金術の心得があり、そのゴーレムを間近で見てきました。再現は可能です。そしてそのゴーレムなら一週間で穴を掘り終えることができます。陣を敷いて睨み合って一週間。そしてランドバルト侯爵の首を取り、門を開けさせます。首魁が死に、門が開いたとなれば降伏を促せば多くの兵が降伏するでしょう。これなら一月も掛からずに一網打尽にできます。ただランドバルト侯爵の首は諦めて頂きたい。燃えカスしか残らないので」


 コルネリウスは素直に驚いた。王太子の威厳はどこに行ったと言うのか。かぶりつくようにラントの顔を見つめている。


「なんと、帝国のゴーレムだと。だが帝国のゴーレムならそれも有りうるか。それに地下の穴か、北方要塞にされては堪らんな。どうすれば対策できる」


 コルネリウスはラントの言葉を真摯に受け止め、考え込んでいる。どこの馬の骨とも知れないラントの進言を聞くなど度量の大きい事だと思う。この男が次の王ならばエーファ王国も安泰かも知れない。ラントは一度下がりかかったコルネリウスの株を上げた。


「土魔法士を動員して要塞の前面の地盤を深くまで固めるのです。一キラメルは固めた方が良いでしょう。ゴーレムはあまりに固い地盤は掘る事ができません。帝国の魔法士ならば可能ですがそれならば魔力波動で感知することができます。魔法士を常に要塞に置いておけば奇襲には合わないでしょう」

「なんと、対策まで知っているとは慧眼だな。私の部下に欲しくなったぞ」

「コルネリウスお兄様。ラントはわたくしの護衛です。引き抜かないでください」


 ラントはまずいことになったと思った。献策したからにはその結果まで見届けなくてはならない。もし献策が通ればラントは戦場に出ることになる。城でマリーとお別れだと思っていたのにとんだ誤算。

 だが王太子直々に問われては本気で献策せざるを得ない。やはりマリーは特大の厄ネタだったなとラントは後悔した。



 ◇ ◇



(まぁなんと見識の深いことでしょう。流石常に戦争を行っていると言われる北方の出ですわ。更にテールの麒麟児。放浪の大賢者の弟子。戦略眼や戦術眼まで持っているのね。コルネリウスお兄様が唸っているわ。でもこれでラントは逃げられなくなったわ。狙い通りね。エリーの助言に従って良かったわ)


 エリーはマリーにコルネリウスが来た時にこう問答するようにと策を授けた。そしてその策は見事に嵌まっている。マリーよりもエリーの方がラントの扱いはうまそうだ。エリー相手だと言うのに少し嫉妬してしまう。


「あらあら、殿方は大変ね。それにしても貴女の護衛、凄い見識ね。城の中では参謀たちがどうすれば良いのかと唸っているのよ。それを一発で解決する策があるなんて本当かしら。どこで見つけてきたの」

「叔母様、最初に言った通り襲撃に遭った時に助けて頂いたのがきっかけです。それから護衛して貰うようお願い致しました。そしてラントはそれをきっちり完遂してくれました。道中は危険もありましたが、全て跳ね除けてくれました。ラントは凄いのですよ」


 マリーはベアトリクスにラントの素晴らしさを語った。


「えぇ、えぇ。単身で女性二人を王都まで護衛するなどそこらの傭兵にできることではないわ。一級でも難しいわよ。何せ守るというのは攻めるよりよほど難しいのですから。戦争ではまた違いますけれどね」


 マリーはエリーの助言通りにラントを売り込んでいく。ベアトリクスの覚えがめでたいとなればラントの地位は安泰だ。

 何せベアトリクスは王妃なのだ。更にコルネリウスも味方につけようとしている。王妃と王太子が後ろ盾になれば怖い物などそうそうない。マリーは徐々に外堀を埋めていった。


「それでマルグリット、貴女、その指輪どうしたの。とても美しいわ。見たことのない輝きね。それにその指。王太子殿下に貰ったの? エーファ王国にそんな美しい魔法石があったなんて初耳だわ」

「い、いえっ。これはラントが作ってくれた物です。ラントに頂きました」


 貴族の仮面が剥がれ、顔が赤くなってしまう。いけないと心に気合を入れる。しかしベアトリクスの追求は止まらなかった。


「まぁまぁ、マルグリットの命を救った恩人ですものね。市井の達人と公女の恋愛。まるで劇を見ているようだわ。ですが市井のハンターでは少し都合が悪いわね。せめて騎士に致しましょう。ラントにはマルグリットを護衛して王都に届けた功績を持って騎士号を授与することに決めましたわ。そして此度の戦争で功を上げれば準男爵は堅いでしょう。横で聞いていてもあの策は有効そうだわ。何せ私を守るはずの近衛たちまで本気でラントの話に耳を傾けているのよ。ふふふっ、いくら気になるからと言っても近衛失格ね」


 マリーはラントを私設騎士にするつもりだった。だがベアトリクスから正式な騎士号が与えられるらしい。これでラントもただの平民ではなく、正式な騎士となる。後はマリー専用の騎士にするだけだ。


「はっ、ベアトリクス王妃殿下。失礼致しましたっ」

「いいのよ、この部屋は安全よ。部屋の外にも近衛がいるのでしょう。私には戦略や戦術は良くわからないわ。よく聞いて後で説明して頂戴」

「畏まりました」


 近衛たちが今気付いたとばかりにベアトリクスに頭を下げる。侍女たちまでラントに注目している。何せこの国の王太子と同じ舞台で討論しているのだ。

 それにあのルックスだ。最高級の正装をしたラントは恐ろしく格好良かった。マリーが惚れ直したほどだ。更にエリーが宮廷での振る舞いをしろと言った所、完璧な紳士を演じている。


 これならば騎士どころか貴族を名乗っても許されるだろう。何せベアトリクスの侍女が嫌な顔一つしていない。

 ラントの所作が多少でも品が悪ければ侍女たちは嫌がるだろう。だがその様子はない。ラントは緊張していても、ベアトリクスという王妃に侍る最高の侍女たちにも認められているのだ。

 マリーは自分の事でもないのに内心で喜んでいた。鼻が高くなっている気さえした。


 コンコンコンとノックがされる。近衛に遮られないと言うことは相応の身分のある者だ。更にこの区画に入れる身分の者はそう多くない。


「マルグリットお姉様が来ていると聞きましたわっ」

「ディートリンデ、はしたないですわよ。静かになさい」


 現れたのはアーガス王国王女、ディートリンデだった。



◇  ◇


ラントには予定外。マリーたちには予定のうち。ただマリーはラントの秘策は知りません。多少なりとも内乱を収める策の一端でも披露して貰えれば良いと思っていい出したのです。戦争を知るラントの見識を披露して貰えれば良かっただけなのですが、そうは行かなくなります。


いつも誤字報告、感想ありがとうございます。

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☆三つなら私が喜びます。宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

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