025.再会と茶会
「まさか登城までするとは」
「ラント様。胸をお張りください。しっかりと前を見て、キョロキョロとしてはいけません。もうここは貴族街で、ラント様はマリーお嬢様の護衛なのです。大体王妃殿下の姪を助けて置いて登城しないなどと考えていたのですか、甘いですよ」
エリーから叱られる。だがラントは貴族街の歩き方など知らない。テール王国とアーガス王国では数倍ではきかない規模の差があるのだ。
いつの間にかエリーは貸馬車の最高級の物を用意しており、イリスがそれを挽いている。
ラントはアレックスに乗っているが、窓を開けてエリーが話しかけてくる。心做しかエリーの姿まで凛として見える。ちなみにトールはラントの影の中にいる。影に潜る際、エリーが悲しそうに抱きついていた。
マリーとエリーは幻影の腕輪をラントに返し、元の髪色や瞳の色に戻っている。
マリーのプラチナブロンドの髪は艶が一切落ちておらず、思わず見惚れた。更に香油までつけている。エリーに徹底的に磨き上げられたのだ。気合の入った化粧も美しい。これまでは化粧のレベルを落とさせていたのだ。
貴族街の門はエリーが短剣を見せただけで簡単に開いた。ラントはこの門を開ける為に本来は許されていない手段を使うことを考えていたのだ。貴族街の門はそう簡単に開く物ではない。ここはラントの知らない世界で、マリーやエリーが本来いるべき世界なのだと思い知らされた。
「ここが貴族街か。案外静かだな」
馬車はゆっくりとした歩調で王城へ向かっていく。途中騎士たちに何度もすれ違ったが、一度も誰何されることはなかった。
アレックスとイリスは宿の者たちによって大いに磨かれ、鞍や手綱も一新されていた。最高級品だ。こんな物、ラントは買おうと思ったこともない。
売っている店ですら知らなかった。
たったの三日で良くも揃えた物だと思う。毛並みも特殊な油を使われたのか明らかに違う。アレックスとイリスも心なしか堂々としているように見える。
宿や服飾店に費用を請求されることすらなかった。何が起こったと言うのだろう。
貴族たちの集団とも幾度かすれ違う。大体騎士が四騎、一つの馬車についている。魔力を探知してみると馬車には魔法使いが乗っていることがわかる。だがそれも不思議ではない。貴族のほとんどは魔力を持ち、貴族院などの学院で魔法の授業を受ける。
魔法士は国家資格だが魔法使いはそうではないのだ。貴族街で探知魔法を使うと魔力持ちの多さにくらりと来る。こんなのは戦場以来だ。
「そうです。姿勢を良くし、真っ直ぐ前を見てください。きょろきょろしていると怪しいと思われ騎士が飛んで来ますよ。……来ても問題ありませんが」
家紋の入っていない馬車に騎士たちに注目を向けられるが、何も言われることはなかった。
それはラントが最高級の生地のフォーマルな服を着ているからだ。腰下まである美麗なジャケットに、履いたことのない滑らかな生地のパンツ。その上に上等な魔物革の外套を羽織っている。靴はブーツで良い魔物の革を丁寧に職人が作ったことがわかる。まるで近衛のようだと思った。
コートにはラントが持つチャチな魔法士の徽章が襟に着けられている。
ラントは与えられた服飾品に魔術を掛けた。安全には石橋を叩いても予定外の事と言うのは急に起こるものだ。警戒は最大級に行っている。
(慣れないな。服も場も場違い感が半端ない)
ラントは伯爵家の出とは言え、小国の戦争中の国だ。貴族という名の蛮族で、前世の暴力団の争いとそう大差はない。
貴族教育はジジイに教わった物に過ぎない。テール王国の王都はアークアよりも小さいのだ。そしてラントの実家は伯爵家とは名ばかりの蛮族であった。周囲の貴族家もそう変わりはない。シマ争いに躍起になっている修羅の国だ。
王城が近づいてくる。その威容に呑まれそうになる。
(大丈夫なのか? 普通先触れとか出しておくものだろう)
だが全く問題はなかった。むしろラントたち、いや、マリーを出迎える為に騎士たちが勢揃いしていた。近衛の姿まである。
「お帰りなさいませ、マルグリット・ドゥ・ブロワ様。王妃殿下がお待ちでございます。そちらの護衛の方は剣をお預かりします」
「おう」
どう答えれば良いのかわからなかった。言われるままに剣を渡す。
魔剣ではないがドワーフ製の上質の良い剣だ。幾度も世話になった。装飾も凝っている。
これも持っている剣を見せろと言われ、マリーが選んだ物だ。流石に魔剣コレクションは出さなかった。ラントの切り札だからだ。
下馬して騎士たちに囲まれ、王城へ向かう。門から王城へもなかなかの距離だ。中庭は美しく彩られている。ラントはある植物に着目した。まだ開花しておらず、蕾のままだ。
(アレは椿か? そういえば途中の森でも見かけたな。植物図鑑で見たことはあったが、こんなところにあったのか。アレで化粧品を作れば飛ぶように売れるだろう)
ラントはつい椿の花に目を奪われた。錬金術師の性だ。つい花の美しさよりも素材としての効用を考えてしまう。道中ではマリーたちの安全を考えていたのでそんな余裕はなかった。今は違う意味で余裕がない。現実逃避したい気分だった。
「ラント様、着きましたよ。ほら、前を向いて」
「おう」
「ふふっ、ラントが借りてきた猫みたいだわ。可愛いわね」
そう言われても仕方がない。どう振る舞えば良いのかわからないのだ。
マリーやエリーは慣れているのか堂々としている。城に入ると案内が変わる。
(これが王城か)
あまりの華美さにくらくらとしてしまう。あの調度品一つでいくらするのだろう。間違っても近づかないようにしようとラントは心に決めた。
ラントはてっきり謁見の間に通されると思ったのだがそうではなかった。王妃の私室だと言う。王城ではなく王宮に案内される。王宮も恐ろしく豪華で華美だった。
王家のプライベートスペースに自分のような半端者が入って良いのか全くわからない。だがもうここまで来てしまったのだ。マリーたちに着いて行くしかない。これで仕事も終わりだ。
(マリーに貰った魔法石は返すとしよう。母の形見だと言っていたからな。それに十分稼いだ。何せ司祭がかなり持っていたからな。それに金など稼ごうと思えばいつでも稼げる)
ラントはそう思いながら、王城の奥深くへと入り込んでいった。
◇ ◇
「お久しぶりです。ベアトリクス王妃殿下。マクシミリアン三世陛下やコルネリウス王太子殿下はご健勝ですか」
「久しぶりね、マルグリット。貴方が無事だと聞いて本当にホッとしたわ。ゆっくりして頂戴。貴方が護衛のラントね。マルグリットから聞いているわ。貴方のおかげで南方の紛争地帯を抜けて王都まで辿り着けたのだと聞いているわ。言葉遣いは気にしなくて良いわ。エリーもよ。直答を許します」
「はっ、御前失礼致します」
ラントはピシッとした姿で、アーガス王国風でもエーファ王国風でもないが雅な礼をした。強いて言えば帝国風だろうか。だがそれとも少し違う。最敬礼だと見ただけでわかる。あれは訓練しなければ身につく仕草ではない。
「あらあら、古い礼法を知っているのね。なかなかやるじゃない。貴方も座って良いのよ。お茶を楽しみましょう。コルネリウスも
「わたくしも嬉しいです。ベアトリクス王妃殿下」
マリーが応えるとベアトリクスがくすりと笑った。その姿も美しい。
「いやよ、私室では昔のように叔母様で良いのよ。小さな頃のマリーは本当に可愛らしかったのよ。ね、エリー」
「はい、もう可愛いくて可愛くてどうしようかと思いました」
「……やめてください、叔母様、エリー」
「それにしても本当にアンネローゼお姉様に似ているわね。美しくなったわね、マルグリット」
「ありがとうございます。叔母様も相変わらず美しいですわ」
ラントがベアトリクスにした礼法は古風だが洗練されていた。北方の訛りもない。エリーは見たことがあったそうだが、ラントはやればできるのだ。普段の粗暴さが欠片も見られない。だが慣れないようで、カチコチに緊張している。そんなところも可愛らしいと思った。
ラントは慣れないのだろうが、マリーの野望のためには慣れて貰わなければならない。部屋がノックされる。
ノックの後、入室許可が出ると即座にバンと扉が開いた。
「母上っ、マルグリットが登城したというのは本当ですか」
「あらあら、コルネリウス。王太子たるもの、走る物ではありませんよ。気品を持って歩きなさいと幾度も注意したでしょう」
従兄弟で王太子でもあるコルネリウスが突然乱入してくる。そしてマリーを見てホッとし、ニコリと微笑んだ。
「そんな場合ではありません。マルグリット、本当に無事だったんだね。良かった」
「コルネリウス王太子殿下。お久しぶりです。無事に王都に来ることができました。これも全てこちらのラントのおかげです」
マリーはラントのことを強調した。それだけの事を実際にしてくれたのだ。過剰に言う必要などない。ラントが実際に行ってくれた事を教えるだけで良い。だが教会とのいざこざは言うなとラントに言われている。マリーも当然言うつもりはなかった。
「そんな大仰にしなくていい。マルグリット。以前のように兄様と呼んでくれないか? 貴殿がラントか。マルグリットを護衛してくれて感謝する。王都への道のりは大変だっただろう。褒美は望むだけ……とはいかないができるだけ手配しよう」
望むだけと言いかけたコルネリウスにベアトリクスが睨みを効かせる。コルネリウスは相変わらずベアトリクスに頭が上がらないようだ。
「お初にお目に掛かります。コルネリウス王太子殿下。ラントと申します。市井の出故、言葉遣いにはご容赦を」
コルネリウスは立ち上がったラントの手を取ってぶんぶんと振る。ラントが困っている姿が見えて面白かった。エリーもこっそり笑っている。
「気にするな、そんなことを気にするほど狭量ではない。コルネリウスでいい」
「それは……流石に畏れ多いのでご容赦を」
「そうだ、コルネリウスお兄様。戦況はどうですの。内乱があったと聞いて驚いた物ですわ」
マリーの瞳はギラリと光っていた。ここだ!
「う~ん、良くも悪くもないね。勝つ手段はあるが犠牲が大きい。なんとか犠牲を少なく早期に決着をつけたい所だ」
「ラント、貴方何か良い案はなくて」
マリーは畳み掛けた。ここが勝負どころだ。妖しい笑みを浮かべているのが自分でもわかる。ラントはマリーに無茶振りをされて慌てている。だが少し上を向いて考え、しっかりとマリーを見つめて発言した。
「南西部の貴族にも王家に心を寄せる貴族は多いでしょう。そのような貴族たちはランドバルト侯爵に人質を取られて無理やり従わされているのだと考えられます。
ラントの言に部屋に居たベアトリクス、コルネリウス、そして近衛や侍女たちも言葉を継げない。まさか戦況をそこまで読み、的確な策が出るとは思わなかったのだ。
「ラント、君は軍才があるのかい。その若さで。いや、でもマルグリットを単身で王都まで護衛したんだ。五級ハンターだと聞いていたが驚いた。だが南方守護を任せている辺境伯や公爵は動かせない。動かしたいのだがな」
コルネリウスが本当に驚いている。マリーもエリーも驚いた。ベアトリクスは「あらあら」と言って驚きの表情を扇子で隠している。
「それにホーエンザルツブルク要塞は堅牢だ。どうやって突破する。長い戦いになる。冬場では凍死者もでかねん」
「それには秘策があります」
「本当か!? 騎士団長も軍務大臣も元帥も頭を抱えている案件だぞ」
「私は北方の出です。戦は常に身近にありました。アーガス王国ではあまり知られていない戦法かも知れませんが、ホーエンザルツブルク要塞の見取り図があればなんとかなると思います」
ラントは自信ありげに言う。あの表情をしたラントが間違えたことは一度もない。本当に秘策があるのだろう。マリーは思い通りに事が進んでいることにニヤリとほくそ笑んだ。
「それは良いことを聞いた。マルグリット、そなたは本当に良い護衛に恵まれたのだな」
「えぇ、本当に。短い期間ですが沢山お世話になりました。大切な護衛ですわ」
「あらあら、面白い子ね。わたくしも興味が出てきたわ。話を続けて頂戴」
ベアトリクスもラントに興味を持ったようだ。茶会はなかなか終わりそうもなかった。
◇ ◇
マリーの華麗なパス。ラントはつい本気で献策をしてしまいます。マリーの為に戦況の情報収集をしていた為にどうすれば反乱軍を蹴散らせるか考えていたのです。
いつも誤字報告、感想ありがとうございます。
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